令嬢は馬で風になりたかった、馬で!
「決めたのなら即実行!」は私の数ある長所の中の一つだと自負している。
私は意気揚々と屋敷の厩舎へと向かった。
だがしかし……。
「ホルサ爺! いる? 馬を出して!」
「これはお嬢様、珍しゅうございますね。馬ですか? どこかに行かれるのでしたら馬車をご用意しますが」
「馬がいいの! 単騎駆けよ!」
ホルサ爺は長年ノアラード公爵家に仕えている馬番だ。
うちでは右に出るものがいないほど馬を熟知している。
私は彼に馬の準備をさせようとした。
もちろん自分の準備はばっちりだ。
最先端の乗馬ファッションとはいかないまでも、二年ほど前から愛用している乗馬着に着替えている。
「お嬢様が馬に?! 失礼ですがお嬢様は乗馬が苦手ではござませんでしたかな? もう二年ほどお乗りになられてなかったはずですが……」
「た、たしかに二年ほど乗ってなくて、乗馬着を用意してって言ったら女中たちにも急すぎるって怒られた後、馬から落ちるんじゃないかって心配されたけど、大丈夫よ! 運動神経は良い方なんだから!」
「は、はあ……」
自分でも変な自信を押し付けてるってのは分かってるけれど、それを差し引いてもホルザ爺の反応がいまいち悪い。
どこか居心地悪そうに、まごまごしている。
「どうかした?」
「それが、今、乗れる普通の馬がいませんでしてな」
「あら、私のジュスティーヌ号は?」
私も令嬢の端くれ、自分の馬くらい持っている。
「お嬢様があまりに乗らないので一年も前に別邸に移してしまいましたわ」
なんてことだ。愛馬で風になる計画が潰えた。
「他の馬たちもいつ旦那様方がお出かけになられてもいいよう馬車用は待機させていなければなりませんし……もともとノアラード家には普通の馬が少ないのですじゃ」
「いや、でも、もうちょっとはいたはずよね?」
「他は産気づいていたり、体調が悪かったりで」
申し訳なさそうに肩をすぼめながら「すみません」と言うホルザ爺に何も言えなくなる。
別に私もホルザ爺を馬の管理が悪いと責めたいわけではない。
馬だって産気づくのは仕方ないし、体調なんて悪くなる時は悪くなるのだ。
ん? 待って?
「普通の馬はいないってことは、普通じゃない馬はいるの?」
「はぁ、まぁ。正確には普通じゃない馬と馬じゃないものと」
「普通じゃない馬と馬じゃないもの?」
「ええ、軍馬とロバです」
なんか極端だな!
軍馬とロバなんて対局にいる存在じゃないか。
「ノアラード家は代々、国の軍部に携わる家系、旦那様も若様も普段から軍馬ですからの」
そ、そっか……。
しかしそれしかいないなら仕方ない。
それに軍馬なんて、かっこいいじゃないの。
「なら、仕方ないわ。軍馬を出して!」
「と、とんでもない!お嬢様の乗馬技術で軍馬なんて!軍馬は人を躊躇いなく踏み潰したり噛みつくよう調教されてます。馬に不慣れな者が乗って、もし落馬でもしようものなら容赦無く頭蓋を踏み砕かれますじゃ」
え、なにそれ軍馬こわい。
「じゃ、じゃあロバで……」
果たしてロバで風になれるのだろうか。




