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015 グラースエヴァン王国の動き

 グラースエヴァン王国の王都が例年にないほど騒がしい。商業連合国に騙されて(・・・・)ティファ―ニア農国を併合してからは借金の返済で首が回らない日々が続いていた。商業連合国からすれば、借金で倒産しそうな王国を助ける条件としてティファ―ニア農国の併合を求めたに過ぎない。大陸、そして人類が未曾有の危機に瀕している。そんな中で大陸の食糧庫を小国に預けておくのはリスクが高すぎる。大陸の二大国の片割れであるグラースエヴァン王国が管理してこそ食糧の安定供給が可能になる。商業連合国の商人はその食糧を適正(・・)な価格で売るだけだ。


 グラースエヴァン王国が未だ国の形を保っているので商業連合国の主張には一理ある。商業連合国は王国に資金を貸し過ぎたので、王国の倒産で連鎖倒産するのを恐れて動いている。結果だけ見れば、ティファ―ニア農国を生贄に構築した両国の新関係は二十年ほど大過なく機能した。しかし半年と少し前に発生した南方戦線の崩壊でこの無理な関係に致命的な亀裂が入る。皮肉にも帝国の助力を得てまで成功させた南方戦線奪還がこの関係に修復不可能なほどの駄目押しな打撃となる。遥か東の辺境にあるフェリヌーン隷国など議題にすら上がらない。上がりようが無かった。


 しかし勇者激突の一報からフェリヌーン隷国の対処は王国の最重要課題となる。誰も望んでいない展開が、もはや無視は出来ない。


「困った、これは困った」


 エボルグラス王国のヘルファスト7世は頭を抱えて呻く。30歳と言う若き王だが、その姿は一見すると60歳にも見える。彼は玉座に座ってしまったから王国が既にアンデッドの様に無理やり動かされているのが見える。止めを刺してやるのが慈悲だが、王国が滅びれば人類は滅びる。少なくとも大陸の人間はグラースエヴァン王国が健在な限り異星人(エイリアン)には負けないと信じている。現実と演じないといけない理想の狭間の心労がきつく、玉座に座って一気に老けてしまった。


「心中お察しいたします」


 同じテーブルに付く相談相手の宰相トウサインが心配そうに言う。既に初老に差し掛かっている彼は先々王時代からの官僚で、先王の下で宰相になった傑物として王国の政治を差配している。「国王が変わっても良いが宰相が変わったら国が滅びる」と言う冗談が酒場で良く聞こえる。現国王はトウサインの実力を高く評価し、そのまま宰相の地位に留め置いている。


 それと公然の秘密となっているが誰も口に出さない理由がある。ティファ―ニア農国を自滅させた大戦略の絵図を書いたのはトウサインだと昔から噂されている。トウサインは否定しているが、彼の宰相としての最初の大仕事がティファ―ニア農国の併合だったため疑惑は深まるばかりだ。彼は商業連合国と丁々発止やり合い、二十年続いた偽りの安定を実現させた傑物であるとは誰も否定できない。


 トウサインの言葉に部屋に居る他の重臣も黙って頷く。皆有能ではあるが、全員の知恵を集めてもトウサイン一人に劣る。かつてここにトウサインと並び立つ男が一人居た。彼がここに居れば、と国王以下全員が思う。しかし彼が果たした南方戦線奪還が王国の直面している危機の引き金を引いたのは事実であり、今しばらくは表向き彼の名前を語る事は禁句とされている。


「勇者同士の戦いが終わったのは本当か?」


 国王が宰相に問う。勇者一人が勝手に暴れるのであれば王国はその行動を追認するだけで良い。王国としては望まない結果でも、勇者の行いを持ち上げれば大陸にある他の国家からやり玉にあがる事は無い。


「ミルセンの報告ではイスフェリア軍の敗走を受けて双方が矛を収めたそうです」


 宰相は勇者同士の勝敗を語らず、あくまで地元勢力の敗北と評する。戦いの結果そのものは五日以上前に届いている。ただ敗走からの逆襲もあり得る状況で「戦いが終わった」とは言えない。イスフェリア軍の敗走は本当に敗走で、勇者同士の戦いが終了したと言えるにはこれだけの日数を必要とする。


「勇者レイオスは狂獣討伐に向かったのだな?」


「はい」


「もう一人の勇者は何故動かない?」


「ホープエンドの防衛と言う尤もな理由があります」


「……勝てるのか?」


「勝って貰いたいとは思います」


 国王の問いに宰相が願望交じりの答えを出す。しかし宰相はこの時点で勇者レイオスが戦死した事を知っている。彼は王都に滞在する帝国の外交貴族から非公式な形でレイオスと狂獣の戦いの顛末を聞いている。帝国貴族は決して宰相への友情から話したわけではない。帝国の都合を押し通すには宰相にこの情報をいの一番に伝えるのが最も有効と判断されたに過ぎない。そしてその判断は正しい。ただ宰相の弁舌を持ってしても国王の心を動かせるかは未知数だ。


「どうした、何か懸念があるのか?」


「非公式ながら、帝国より勇者レイオスの戦死が伝えられました」


「な!?」


 これには国王が口を開けたまま驚く。


「宰相! 何故帝国の方が早く情報を知り得るんだ!」


「それより宰相がそれを知っている事をどう説明される!?」


 他の重鎮が騒ぐ。宰相が有能なのは認めるが、目の上のたん瘤でもある。ここで失脚は無理でも数週間謹慎に追い込めれば御の字と思いここ数か月で一番厳しい詰問を繰り返す。


「皆の言いたい事は分かる。だがこの問題では私は路傍の小石に過ぎないのです」


「トウサインが小石なのは悪い冗談だ」


 宰相の発言を聞いて国王が突っ込む。


「陛下が名を言わぬ勇者……」


「聞く気はない!」


「聞いていただきます!」


「くどい!」


「帝国と戦争になりますぞ!」


「……余を脅すか、トウサイン!」


「いえ、帝国皇帝より『そう伝えよ』と伝言を頼まれたまで」


 トウサインが頭を深々と下げ言い放つ。


「皇帝だと!?」


 国王が驚きの余り数年は歳を重ねたかの様な相好になる。


「はい。四大貴族(フォー・ハンド)ではなく現皇帝(ザ・ワン)が直接動きました」


 軍事国家である帝国は皇帝の下に四大貴族を配置し、その四大貴族が独自の軍を持ち皇帝の命令を遂行するために動く。帝国の国風からグラースエヴァン王国とは第三席次(サード)の大貴族が交渉窓口となっている。彼を飛び越えて皇帝が直接動くのは異例であり、帝国に政情不安があるのではないかと疑われかねない。トウサインは帝都に派遣しているスパイに急ぎ確認したが、その様な兆候は無いとの報告を受けている。


 トウサインが何も分からないのは仕方がない。この一件は四大貴族(フォー・ハンド)ですら寝耳に水で、第三席次(サード)以外はまだ事態を把握すらしていない。何せ封印されているはずの大魔王アザンディオスが帝国の侯爵家経由で直接皇帝を動かしたのだから、事が外に漏れる方がおかしい。侯爵家も家の恥であるエミリーの事を隠すために口を貝のように噤む。


「トウサイン殿、正気か!?」


「待て! 皇帝が動くほどの案件なのか?」


 他の重鎮はパニックになり騒ぎ出す。ここで帝国と戦争になれば王国は滅びる。この場に居る人間ならそれを百も承知だ。


「鎮まれ! トウサイン、話すが良い」


「はっ! 帝国は勇者アリシアをティファ―ニア王家の正統後継者と認定いたしました」


「「……」」


 王国が二十年前に獲得した新領土が他人の物だと帝国が認めたが如し横暴に全員が押し黙る。王国の状況がもう少し良ければ、王国の誇りのために帝国と開戦に踏み切りかねない暴挙だ。


「そんな事は認められるか! そもそもアリシアと言う名前だけ王女だと言うのか!? 血の正統性をどうやって証明する?」


 重鎮の一人でトウサイン失脚に一番熱心な男が叫ぶ。


「そのアリシアが誰だって良いのよ」


 反対側に座る恰幅の良い女性がパイプを齧りながら反論する。


「何だと! 王の血筋を何とする!」


「旧ティファ―ニアなんて吹けば飛ぶ小国。その血筋なんて市井に紛れたら分からないわ」


「なら、反対なのだろう!」


「逆よ。もはやアリシアが誰なんてどうでも良いのよ。帝国が認めたからアリシアはティファ―ニアの王女よ」


「うぐぐ!」


「両者、そこまでにしろ。陛下、どうされます?」


「帝国の言い分は認めてやれ」


 国王は必死に言葉を絞り出す。


「そんな! ティファ―ニア領(・)を失陥させるのですか!」


 左目に眼帯をした軍人が声を上げる。


「落ち着きなさい。帝国はアリシアを王女と認めるだけです。領地については一切語っていません」


 トウサインが説明する。此度の件はアリシアに滅んだ小国の王位継承権があるのを認めるものだが、その小国を復活させるものではない。


「領地無き王家に価値があるのか!?」


 軍人は驚いた様に言う。軍人、そして大半の領主貴族に取って王権と領地は切っても切れないセットだ。


「アリシアの身を守る、と言う一点において意味があるかと」


 トウサインが意味深に語りながら国王から必死に顔をそむける。国王は宰相と共謀し、アリシアを「偽勇者」として捕縛後処刑するか、それが叶わないのなら暗殺者を送ろうと計画していた。その計画を実行すれば、帝国に開戦する口実を与えかねない。帝国が開戦に踏み切るとは思えないが、更に王国に不利な条件を突きつけるのは明白だ。トウサインはアリシアとティファ―ニアは帝国が己の覇道を進めるための道具でしかないと結論付ける。如何にトウサインでも帝国のこの動きが帝室の誇りに関する事柄だとは見抜けない。


「アリシアはティファ―ニアに来ると思うか?」


 国王が問う。


「ティファ―ニアを通過します」


 宰相がどっちとも取れない答えを返す。


「どういう意味よ?」


 パイプを噛んだ女性が言う。


「アリシア姫(・)は勇者レイオスの紹介状を携えて学園に入学されます」


「何! 止めろ!!」


 先ほど質問した女に丸め込まれた男の怒号が響く。


「あら、どうして? 勇者が学園に通うのは普通でしょう?」


 女が不思議そうに言う。


「……」


 黙る男を見て、トウサインは何か違和感を感じる。しかし彼の領地は王国の東側にあると思い出し、潜在的に怯えているだけと結論付ける。


「関門は超えられぬはず」


 眼帯の男が不思議そうに言う。


「どうも密輸洞窟があるらしく。勇者レイオスはそれを通って東へ向かったそうです」


 トウサインが答える。


「何だと! 関門の方には『絶対に通すな』と命じていたから、どうやって通ったのか疑問だったが……」


 男が悔しそうに言う。


「その密輸洞窟を潰せるか?」


「はっ! 勿論です!」


 国王に問われて眼帯の男が自信満々に返す。


「陛下、まさか!?」


 国王は驚くトウサインを手で制す。


「西に来られないのなら問題はない」


「賛成です!」


 先ほどの男が全力で同意する。


「軍も活躍の場所を求めています」


 眼帯の男は支持基盤のために前向きだ。こうなってはトウサインとて反対出来ない。


「で、誰を司令官にするのかしら?」


 軍事に疎いパイプの女が問う。疎いとは言え、使える残っている軍人で使えるのが乏しいのは情報として知っている。本来なら十年後を見据えて若手を鍛える時だが、王国にはその十年が無い。


「……近衛大隊の隊長格から一人選ぶ」


 国王がしばし逡巡し決を下す。


「手配します」


 トウサインはこの無駄な出兵に掛かる費用をどうやった捻出すべきか悩みながら国王の命令を遂行する。


 ラストウォールを始めとした現地の城塞都市は前の密輸洞窟が塞がった事とレイオスが新しい密輸洞窟を開いた事を当然のように報告していない。この後、意気揚々と近衛大隊から抜擢された新司令官は命令通りに塞がっている方の洞窟を潰し、任務を達成したとして王都へ帰還する事になる。

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