011 フェリヌーン落日の日 潰える希望
ホープエンド領主フランク・ガルダーソンは少し先で起こっている事態に気付かず、渋々馬を進める。貴族の誇りのためにイスフェリアの敗残兵を追撃したのは当然の事だ。しかしもはや七日は経過している。もはや余程足が遅く無ければイスフェリアの城壁の中に逃げ込んでいる。そしてホープエンドの追撃部隊には攻城兵器が無い。開かない城門を見てため息をついて長い帰路につくだけかもしれない。そう思うとフランクは億劫になる。
フランクはふと周りを見る。最初はホープエンドに残っている全ての貴族が意気揚々と参陣した。しかし今は爵位を継承しても立場が危うい者しか残っていない。適当な理由をつけて帰った者にフランクが不在のホープエンドは取りやすい宝石に見える事だろう。特に野心家で知られる食人男爵のズュルーン卿が最初に離脱したのが気にかかっている。フランクがズュルーン卿の悪趣味な行動に口を噤んでいるのは卿の反乱を恐れての事だ。これまでは彼と娼婦ギルド、そして盗賊ギルドが三竦みの様な形でお互いを牽制しながら利を分割していた。娼婦ギルドと盗賊ギルドは「エルフにやられた」と主張しているが、その後すぐイスフェリアが攻めて来た事を考えると、一連の下手人にはイスフェリアか、イスフェリアの介入に見せかける事で利を得る者だ。
フランクはここまズルズル来てしまった事を観念する。とにかく一当たりして勝利を宣言するのが大事だ。ホープエンドの政治工作の遅れは凱旋と同時に挫ける。周りの貴族はホープエンドから逃げた貴族をイスフェリアが根こそぎ処刑した影響でホープエンドに捨てられた捨て駒が爵位を得て者達だ。フランクは継承を認めない訳にはいかず、貴族としても戦士としても三流の当主が乱立している。そしてそう言う者ほど状況が読めず、追撃した勢いでイスフェリアを略奪すると豪語する。
イスフェリアが略奪されるまで弱体化すれば、それはフェリヌーン隷国の終わりを意味する。フランクはガルダーソン家の初代が開拓したホープエンドの事を誇りに思うも、西にあり過ぎるイスフェリアがフェリヌーン隷国の中心だと認めている。イスフェリアがホープエンドの位置にあれば、どれだけ開拓が進んだか。
「領主様、先頭が攻めて来たイスフェリア軍と接敵したとの事です!」
伝令の男が前線から駆けて来る。
「攻めて来た? 確かか?」
「はっ! 敵は悪魔が乗り移ったかの様な狂乱状態で手が付けられません。重装歩兵で押し留めていますが、突破されるのは時間の問題です」
「何か薬物か魔法を使ったか!?」
フランクは常識的な領主だ。籠城戦で舌戦を繰り広げたボードウィンがどれだけの傑物かは分からない。それでもあんな失態を演じた後に攻勢に転じても誰も従わない。フランク自身、この追撃戦が終わった後に貴族の支持を得るために司令官として参加している。そんな中でイスフェリアはあり得ない攻勢に出ている。となると答えは一つ。不自然な方法で兵士を死兵に作り替えたに違いない。前線からの報告もフランクの考えを裏付ける。
「進め! 相手は疲弊している!! 防戦寄りに戦い、敵が息切れした所で一気に攻め落とせ!」
フランクが声を張り上げる。追撃部隊は自分達の領主がやる気なのを見て、疲れている体に鞭を打って武器を構える。貴族達もフランクが見ている戦場で活躍すればその後が安泰になると分かっているため、我先にと戦いに身を投じる。貴族本人は少し前に進むだけで、実際の戦いは先代から継承した兵士がする。その兵士の質は千差万別だが、どちらかと言えば悪い方に振れる。有能な兵士なら当主と一緒にイスフェリアへ逃げて殺されたか、他の当主が逃げなかった貴族の下で再雇用されている。再雇用した方も財政が苦しいだろうが、ホープエンドの周りなら武力は幾らあっても足りない。例年より被害が大きいモンスターの間引きを敢行すれば、自身の配下の間引きも同時に出来る。そんな皮算用もイスフェリアが攻めて来て各家が持つ兵力を大幅に削られる事で終わる。
「通せぇぇぇ!!」
「押し戻せ!」
「死にたくないよぉぉぉ!!」
「ならこっちに来るな!」
フランクは前線の押し問答を聞いて困惑する。顔に出ない様に注意して今一度状況を考える。しかしフランクでは敵兵が狂っているとしか思えない。狂っていなくともホープエンドの追撃部隊に被害が出ている状況では全員殺すしかない。殺せなければ領主の、そして貴族の沽券に係わる。ホープエンドの追撃部隊の誰かが迂回して状況を確認する事に思い至ればイスフェリア軍が何から逃げているのか発見できた。しかし発見できたとしても、追撃部隊の練度では逃げ帰れない。フランク・ガルダーソン、そしてホープエンドの追撃部隊はここで足を止める事で自ら死地に根を下ろす。
***
「グルオォォォォ!!」
レグが吠える。
「本番はまだなのを忘れたか!」
続けて獣人全員を叱り飛ばす。
レグが率いる獣人はイスフェリア軍を粉砕した。それはレグですら自画自賛せずにはいられない完璧な勝利だ。獣人が難民キャンプの囚人となってから始めて人類の軍相手に勝利した輝かしい日だ。獣人が歴史を重視する種族なら、末代までこの勝利は語られる。レグが存命な内はしきりに語られるだろうが、次の時代になれば忘れられる。生き恥を晒す古老が酒に酔っぱらって語る事があるかもしれない程度だ。
「そ、そうだった」
「すまねぇ、狩りに熱が入り過ぎた」
獣人達がポツポツとレグの周りに集まる。逃げるイスフェリア軍を深追いしてはぐれる者、新鮮な肉を食うのに夢中で戦いを忘れる者、そして特にやる事なく屯している者。皆がレグの咆哮頼りに集結する。
「許す」
レグは皆の言い訳を聞き流し、これからの戦いに集中させる。レグは自分が勝利の余韻に浮かれ、獣人の統制が緩んだのを恥じている。レグの考える理想の獣人ならイスフェリア軍を粉砕した足で一糸乱れずホープエンドの追撃部隊に躍りかかっている。それが出来なかったのは不満だ。だから次の戦いでその不満をその追撃部隊にぶつけると心に誓う。
レグは浮かれていたのではなく、面倒事の後処理で忙しかったと自分を誤魔化す。南方で獣人とシャドーエルフの間で小競り合いがあった。獣人が追撃していた人間をシャドーエルフが奪おうとした。最終的にはレグがヴェアラを話を付けないといけない事態にまで発展した。レグは「細い女どもが繁殖用にガタイの良い雄をキープしたに違いない」と勝手に考えヴィアラに譲る。ヴィアラがレグの脳内を読めたら、その夜にでも肉に毒を盛られるのは必至だ。
「これで全部か?」
レグが獣人を見回して問う。
「獣をかき集めたらもうちょっと行くかと」
「集めろ。そして突っ込ませろ」
レグの命令を聞いて装甲獣の扱いに長けている獣人が動く。レグが装甲獣を使い捨てる気なのを知り、それなら軽症の装甲獣まで復帰させればよいと結論付ける。重傷のはそのまま死なせる。肉が旨いのなら殺して食うが、生憎肉は硬くて獣人ですら食うのを遠慮する。人間は外皮を良い値段で買うと聞いても気にせず破棄する。近隣の装甲獣を集めている内に更に獣人が再合流する。
「三割ほど死んだか」
レグは笑う。他の獣人も笑う。人間なら三割死亡で壊滅したと首を垂れる。獣人は弱い三割が死んで強者が残ったと胸を張る。レグは西の難民キャンプから一緒に来た獣人が死んでいるのを見つけても彼が弱かった事に失望してもその死に悲しむ事は無い。
「俺より多くの首を上げられる者は居るか!」
「俺! 俺なら!」
「俺も狙うぜ!」
「身の程を知れ、馬鹿ども!」
多くの獣人が「俺、俺!」と意気揚々と叫ぶ。何人かは自制を促すが、他の獣人の叫びにかき消される。
「よぉぉぉし! 首狩りレースを開催する!! 雑魚首はいくら集めても無価値だ」
レグが一際大きい声で話す。それを聞いて獣人の目の色が変わる。首狩りレースで活躍する事は獣人社会で上に行くのと同義だ。あわよくばレグに取って変わる事が出来る。こんな楽しい催しがあるのにイスフェリア軍相手に頑張り過ぎたと反省する獣人が多い。他にはとにかく腹ごしらえを優先してそこらに転がっている人間の死体の腕に噛みつく。
「俺に続け! 狩りを開始する咆哮だ!」
「おお!!」
「グルオォォォォ!!」
「グオォォォォ!!」
レグと獣人達の雄叫びが今一度大地を揺らす。そしてその咆哮が終わるかどうかの時に獣人達が駆け出す。中にはまた咆哮を上げる者がいる。そのすぐ後ろを装甲獣が追う。レグはその全てを仁王立ちで見送る。
「大将首はフランクと言ったか。おい?」
「ここに居ます」
ヴィアラが何処からともなく現れる。
「その首は何処だ?」
「硬直した前線から少し奥、馬に跨り白が灰色になった鎧を着ています」
「ああ、あれか」
レグは目を閉じて人差し指をこめかみに当てながら言う。
「見えるの?」
ヴィアラはこの位置から見えないはずだと思い問う。
「獣人の感覚なら見えずとも分かる」
首を左右にポキポキ鳴らしてレグが進み出す。
「私は行くわよ」
「好きにしろ」
レグの答えを聞く前にヴィアラは消える。ヨーリスの身柄を得る交換条件で追撃部隊の司令官の位置を探っていた。レグがフランクを狩れるかはヴィアラのあずかり知らない所だ。
レグは振り返らずに真っ直ぐ走る。生まれながら王の自負があるレグは難民キャンプから逃げ出した当初は情報を軽視していた。そのためにグラースエヴァン王国では良い様に利用され砂漠の戦場に奴隷同然で連行された。そこでシューリアと出会い、将に必要なものを吸収した。王の威厳と将の奸智を併せ持つレグはかつて大陸を席巻した獣王の後継者になりつつある。そんな男が獲物と見据えたのがフランクだ。
レグは大股で獲物に迫る。道中にいる獣人と人間には目もくれず、時には足場として使って獲物へ一直線に駆ける。ある種、正面から完璧な奇襲と言える。フランクとその近侍はまだ余裕があると思っていた所に、戦場最強の獣人が至近距離に飛び込んでくる。近侍の二人は何が来たのか理解出来る前に物言わぬ肉塊となる。
「獣人風情が!」
フランクが怒鳴る。
「獣王レグ。ホープエンドは俺様のハーレムにしてやろう」
レグは初めて獣王を名乗る。そして獣王は後方にハーレムを置く伝統がある。イスフェリアが前線ならホープエンドがハーレムを設置するのにちょうど良い。
「ふ、ふざけるな! ガルダーソンの血と汗で作ったホープエンドを貴様等に渡すものか!」
草臥れた男には見合わぬ執念を持って吠える。
「来るが良い。殺してやろう」
いつの間にか攻めるレグと守るフランクの構図がひっくり返っている。フランクが冷静なら逃げの一手を打てた。レグに笑われるだろうが、臥薪嘗胆を考えるのなら逃げるしかなかった。逃げて勇者アリシアに縋りつけば勝てる戦いだ。
「勇者……様」
しかしフランクの体は無謀にもレグへ吶喊する。そしてまるで五月蠅いコバエを叩く様に振るわれたレグの右腕で馬ごと膾斬りにされて大地に落ちる。フランクは死ぬその時まで何が起こったのか理解出来ず絶命する。
「前に進めた事だけは褒めてやろう」
レグの王の威光に当てられてなお動けた人間に敬意を表す。
この場の誰も気付いていないが、フランク・ガルダーソンの戦死でフェリヌーン隷国の統治権を持つ人間は一人残らず死に絶えた。後継者を僭称する者は多く現れるだろう。魔城を屠れば追認されるかもしれない。しかしロギはそんな事を許す気はない。フェリヌーン隷国は魔城の持ちたる国となる。それを実現するために最後の一手を打つ。
応援よろしくお願いします。




