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012 フェリヌーン落日の日 関門は閉じるのか

 深夜を回った頃にロギはヴィアラからフランク戦死の方を聞く玉座の間で聞く。誰かに聞かれては不味いので最寄りのロッドから一々転移で呼び寄せる。


「良い報告だ。レグには肉と酒を増量して送ろう」


「魔城様、お言葉ですが肉は余り気味かと」


「余る? ……ふむ、そうか。なら酒の増量に留めよう」


 ロギは一瞬ヴィアラが何を言っているのか理解できない。しかし寸での所で獣人は人肉を食う習慣があるとヴィアラが報告していたのを思い出す。元はシューリア伝ての情報なのでロギが覚えていないのは不思議ではない。ヴィアラも半信半疑だったが、軍監として獣人が食べているのを見て考えを改める。ヴィアラは情報収集の一環でシャドーエルフは少し細いが十分食えると聞いた事で両種族の未来は決して明るくないと懸念する。


「それとデオノート・アネッセンの死体は先ほどお渡しした通りです」


「確かに」


 所々齧られていたが、ロギは深く追求しない。


「ボードウィン・ヴィスポアの死体は見つかりませんでした」


「逃げたか?」


「可能性としては低いと思われます」


「私見で良い。どう思う?」


「装甲獣に踏み潰されたか、獣人が気付かず食ったか、辺りだと考えます」


「レグが手傷を与えたと言うのが本当ならヴィアラの言う可能性が高いか」


「人間を誤認しても戦果を偽ることはない様に感じます」


 ヴィアラが軍監としてレグ達を監視していたのは作戦通りに動くか確かめる以外に、彼らの戦果を正しく記録する役目を負っている。文字を持たず、敵の遺体を見せびらかす文化を持たない獣人の活躍は自己申告となる。嘘の申告をしないのが獣人の誇りだが、全員が正直者と言うわけではない。そして獣人が他の種族と共闘した場合、獣人の戦果の大部分は他種族が盗んでいく。


「ヨーリス・ブリシックの勧誘に成功しました」


 ヴィアラは続いて自分の功績について語る。


「良くやった、と言うべきだが……」


「ご懸念は尤もです」


 ロギはイスフェリアのサキュバスから奪った機密文書を調べている内にヨーリスは利でこちらに転ぶとと言う一文を見つけた。サキュバス達もガードが堅いボードウィンとデオノートより口が軽そうなヨーリスに注目していたのか、彼についてはかなり詳細な報告が揃っている。サキュバスに転ぶ程度の男なら魔城に転ばせられると考えてヴィアラに指示を出していた。いざ成功すると、やはり失敗した方が良かったかもしれないと贅沢な悩みが溢れ出す。


「信用はするな。使えそうか?」


「口先だけでは無いと信じたいです」


「他には何か言っていたか?」


「イスフェリアに入るための秘密の抜け道を教えると言っています」


「不要だが……」


 ロギは思案する。ヨーリスがイスフェリアに入って裏切る可能性は高い近日中の出来事ならヴィアラに誓った忠誠は生き残るための策略だと言い張れる。だがこれはチャンスでもある。レグがイスフェリアを攻めれば無駄に人間が死ぬ。ロギは勝つために必要な犠牲は気にしないが、魔城の理にならない殺生は好まない。人間が魔城の世界征服を邪魔するので人間の国家を滅ぼすが、魔城は人間そのものには然したる興味を抱かない。


「やはり拒否、または殺害が良いと思われます」


「信用できないなりに活用しよう」


「活用ですか?」


「ヴィアラはヨーリスがその抜け道で裏切ると考えるのだろう?」


「はっ、逃げると睨んでいます」


 ロギはヨーリスが攻撃すると考えて話すも、ヴィアラはヨーリスが逃げの一手しか選ばないと主張する。ヨーリスが攻撃して来たらヴィアラが逆襲すれば終わる。そうならヴィアラはヨーリスを始末するために二つ返事でヨーリスに案内を命じていた。ヨーリスが逃げを打てば土地勘のない場所では見失う可能性が高い。そうなればロギが許してもヴィアラはシャドーエルフの笑いものとなる。


「それは何故か?」


「何故? 人間だからでは?」


「うむ、ヴィアラの言い分に一理ある。しかしヨーリスだぞ? そこまで人間に拘りがあるのならサキュバスの人物評はもっとマシになっている』


「な、なるほど?」


 ヴィアラは困惑しながら同意する。


「要は簡単だ。裏切った方が得なら裏切る。逆も然り」


「魔城様の偉大さを見せるのですね!」


 ヴィアラはとにかく魔城を持ち上げれば良いと美辞麗句を並べる。


(私を偉大に見せようとして盛大に自爆する未来しか見えない。シャドーエルフと獣人は敗者故に私に惹かれた。ヨーリスには私に従う切羽詰まった理由がない)


 ロギはヴィアラの発言を軽く流す。ロギは魔城として凄いのであり、ロギの人間体を評価するヨーリスの前ではただの弱い存在と侮られると考える。ロギの自己評価の低さと裏腹にロギは勇者殺しと言う偉業を成し遂げており、それだけで大半の人間とモンスターはロギに恐れを抱く。


「ジャイアントストーンゴーレムを見せてやれ」


 ジャイアントストーンゴーレムが一体あれば軍隊が壊滅したイスフェリアを落とせる。


「あれを見たら勝ち目がないと諦めると!」


「そうだ。それも今回は十体だ」


「十体も!?」


 これにはヴィアラが驚く。ヴィアラは戦略には明るくないが、軍隊があったホープエンドを滅ぼすのに三体は出したのを覚えている。イスフェリアはホープエンドより大きいが、現在はホープエンドより弱い。三体でも多いのではないかと愚考する。


「総観だろう」


「まさしく! イスフェリアなど一日で落ちましょう!!」


「イスフェリアはまだ落とさぬ」


「はぁ?」


「当面はジャイアントストーンゴーレムを城壁の前に並べて木や岩を投げ込む」


 嫌がらせだ。ただイスフェリアにはその嫌がらせをやめさせる方法が一つもない。もしジャイアントストーンゴーレムを倒そうと誰かが打って出ても、ゴーレムの近くには獣人、そしてロギが配置予定のグールが待っている。


「時間を稼ぐのですね」


 ヴィアラはそこまでは何となく分かる。


「くくく、ここでヨーリスが役に立つ」


「ヨ、ヨーリスが?」


「ヨーリスはイスフェリアが終わりだと気付く。ここまでは良いな」


「は!」


「となるとヨーリスにはイスフェリアから連れ出したい人間や物資があるはずだ」


「馴染みの娼婦が居ると資料にあったかと」


「左様。裏切りそうな男には裏切っても勝てないと見せるのだ。そしてこちらに従えば生きられるとなれば……」


「裏切れなくなります! 流石は魔城様!」


 ヴィアラはロギの言動に感動する。


「油断はするな」


「勿論です」


「で嫌がらせをしている間はレグ達に北を攻めさせる」


 レグ達が大人しく包囲出来ないのはロギよりレグ達自信が一番良く分かっている。ロギに他の目的が無ければジャイアントストーンゴーレムで城壁を崩して一日か二日で決着をつけるのが最善だ。ただそれは獣人を気持ち良くさせるが、魔城の大戦略に取ってはむしろマイナスでしかない。


「フェリヌーン隷国である程度の戦力を残す唯一の勢力にレグを当てると?」


(アリシアが聞けば反対しそうな案件だ。今の内に処理しておく)


 レグがイスフェリアを取らないのなら残しても構わないと考える。レグが参陣する前は残す方向で調整していたため、あの辺りだけはこれまでの争乱と無縁でいられた。ボードウィンの誘いに乗らず、静観していたのも勢力を維持する上で大きく貢献した。ボードウィンが予定通りに事を運んでいれば、新国王の威光と武力を見せつけるために一番最初に滅ぼされる予定だった。そして滅びの未来はレグがイスフェリアを取っても変わらない。場合によってはより酷い未来が待っているかもしれない。ここで死ねるのはロギなりの慈悲だ。


「しょせんは小規模領主の集まりだ。彼らの頑張り次第で十日程時間を稼げよう」


 戦いだけなら一日も掛からない。それでも行き帰りの移動に三日。略奪に三日。他に休息や残党狩りを入れたら十日ほどになる。ジャイアントストーンゴーレムが嫌がらせでイスフェリアを滅ぼす事がない程度の時間でしかない。


「その間にヨーリスに働かせるのですね!」


「左様。それと併せてレグには崩落した密輸洞窟の南に逃げた人間には手を出さない様に伝えよう」


 獣人の足で地の果てまで追われては面倒だ。それにこうすればアリシアが動く際には西へ行くのではなく、一度南に行ってから西を目指せば獣人との戦いを避けられる。ロギに取ってフェリヌーン隷国は既に終わった戦場だ。もはや戦後の配下の領地をどう分配するかの段階に進んでいる。まだ確実な答えは無い。ただ、それでも一つだけ真理に辿り着いている。獣人とシャドーエルフ、そして人間は魔城が睨みを利かせなければすぐに戦争を始める。戦争に特化した魔城が何故平和維持のために苦労している不思議な感覚にロギは頭を抱える。


「安全地帯があればヨーリスめも良く働きましょう」


「吉報を待つ」


「は!」


 ヴィアラは転移でアリシアの隠し洞窟近くに帰還する。そこから少し北へ行き、レイオスの密輸洞窟の掌握作業をやっているヨーリスの下へ急ぐ。ここからは時間との勝負だ。現場にいるヴィアラはロギが考えているより余裕が無いのを肌で分かる。レグが北へ行って安全に動けるのは最大で三日だと試算する。


 ヴィアラを転移させたロギは玉座に背を預け、グラースエヴァン王国が有能である事を祈る。イスフェリアをすぐに攻めないのは城塞都市の人間を助けるためでも、戦後言う事を聞かないと疑うレグに汚れ仕事を押し付けるためでもない。


(絶望の関門を閉じて、フェリヌーン隷国の人間を全て見捨てられるか?)


 ロギでは民を大量に見捨てる真似は絶対に出来ない。敵に容赦が無い分だけ、味方には甘い。その味方全員が頭痛の種なのはもうそう言うものだと諦めている。だからこそ、今の悩みを自分の才覚でコントロール出来る範囲で止まりたい。それを成すには絶望の関門が閉じられるのが最善だ。


(レグが明日攻め込めば関門を閉じるのが間に合わない)


 パニックになったイスフェリアの民が禁止されている西行きを強行する。崖上に配置されている砦群が全力で彼らを止めるだろうが、砦の矢玉の方が先に尽きる。尽きた辺りでレグが関門に入ればラストウォールまで打通しかねない。そうなればグラースエヴァン王国との全面戦争が始まる。


(負けない戦争は出来る。だがリソースと大戦略の事を考えると西は蓋をしておきたい)


 ロギの理想はグラースエヴァン王国と獣人が関門付近で小競り合いを続けることだ。その途中で数回勇者が攻めて来るかもしれない。その時はアザンディオスを頼れば良い。アザンディオスを頼らずとも勝つのが理想だが、勇者レイオスほど準備不足な勇者はもう二度と来ないだろう。


(西に居る人間の王よ、貴様の底を見せて貰おうか!)


 ロギはそう考えながらグラースエヴァン王国の王都があると思われる方向を睨む。フェリヌーン隷国を巡る戦いは現場から王室に移りつつある。

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