↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/144

010 フェリヌーン落日の日 レグの咆哮

 時は遡り、ロギが無理をし過ぎて勇者レイオスに打ち勝った翌日。奇しくも勇者レイオスの死がフェリヌーン隷国滅亡の嚆矢となる。大半の者は偶然の一致でしかないと言う。しかしロギはそれを全力で否定する。勇者は死ぬ事で勇者が与えていた無形のバフが消える。末端の村人にすら戦闘能力一割アップの様な恩恵がある。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』でこの勇者バフのせいで勝てる一戦を負けた事は多すぎてその回数を数えてすらいない。ただロギが国を制圧しそうになれば何処からか勇者が現れ、勇者の組する勢力が急激なパワーアップを果たす。これからフェリヌーン隷国で起こる一連の流れは当事者に取ってはリアルタイムで発生する。しかしロギに取っては予め決まっていた結末へ向けて映画を見ている様なものでしない。


「レグ! 人間の匂いが東から来ている」


 鼻が利く獣人がレグに報告する。西にはイスフェリアの城壁が見える。遠すぎて矢は当たらないが、日に日に増える獣人を見る事は出来る。イスフェリアは獣人がいつ攻めて来るのか分からない恐怖で完全に機能不全に陥っている。更に総督が不在の間に倉庫を開けて食糧を持ち逃げしようとした不届き者達の働きで、あると思われた備蓄が底を付いていると露見してしまった。イスフェリアの住人は城壁の守りに命運を託し祈るしか出来ない。ホープエンドを滅ぼしたボードウィン・ヴィスポア総督が精鋭を率いて帰還すれば獣人など一捻りだとから笑いをして恐怖を紛らわす。


「チンタラやっているんじゃねぇ!」


 レグはまだ見えぬイスフェリアの敗残兵に怒鳴る。ロギの考えた詰まらない作戦を嫌々実施している真っ最中だ。勇者同士の戦いを横から殴る作戦が大成功しただけに今回も配下の獣人が「ロギの作戦は良い」と勝手に思い込んでいる。レグとしては前回、そして今回の戦いは獣人のプライドから許してはならない臆病な行いだ。されどレグほど「正しい獣人」は配下にはいない。レグは自分こそがこの群れの絶対者であると言う自負で、ロギの作戦に乗っている。いずれはそのロギすら自慢の筋肉でへし折れば良いと笑みを浮かべる。


「おら、戦いだ! 肉食ってんじゃねぇ!」


 レグは配下の獣人に檄を飛ばす。ロギの予想より敗残兵の足が遅く、暇だったレグ達は周りの獲物を狩りつくしている。ロギは近くに立てたロッド経由で援軍と食糧を絶やさず送っているので狩りをする必要は無い。ただ暇な獣人がやる事は狩りか喧嘩か子作りのいずれかだ。ロギは知らないが、獣人が大人しく狩りをしていただけ非常に運が良かった。獣人は大きな戦いがあると約束されたからこそお行儀が良かった。これが普通の軍事行動ならレグ達は遥か前に自壊している。獣人を上手く使うには暇を感じられないほど戦地に連続して送り込む以外ない。


 レグの激を受けて総勢三百近くに膨れ上がったレグの群れが戦いの準備をする。西の難民キャンプから付いて来た男獣人は二十人も残っていない。守って来た女獣人に毎年子供を産ませてもレグの代では小規模な組織にすらなれない。しかしレグが頼ったのは魔城だ。魔城の力で獣人を生み出せば足りない数を補える。レグは最初その自意識が乏しい獣人達を見て期待できないと思った。上下関係を確立すべく仕掛けたらあっさり敗北を認める不甲斐無さだ。ロギに「しばらく使ってみろ」と言われ群れの弱い獣人に面倒を見させた。そうしたら、いつの間にかその弱い獣人より強くなっていた。


 レグはこの結果に驚きロギを問い詰めた。ロギはあっさり白状した。「小隊長の影響を受ける」と。レグはそれ聞いて見込みがありそうな新獣人を直接鍛え始める。そして難民キャンプ時代の群れより精強な群れが出来上がりつつある。レグの力による下剋上精神までしっかり受け継がれている事にレグは気付いていない。今はレグが最強だ。しかしレグが弱みを見せればレグが育てた新獣人が最大の敵となる。


 ロギは獣人以外には装甲獣と呼ばれる魔物を生み出し派遣していた。生み出すのに一定量の肉と鉄が必要な装甲獣は名前の通り硬い外皮を持つ。見た目が鉄に近く、鉄より整備が簡単という理由でグラースエヴァン王国では中堅の冒険者が装甲獣由来の鎧を好んで装備する。フェリヌーン隷国は環境が生育には向かないのか、イスフェリアとホープエンドの近くには見かけない。もし自然に生息していたとしても、最初の入植者達が全力で狩って全滅に追い込んだ後だ。


 ロギは『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』では騎獣した獣人がかなり強い小隊(トループ)だったのを思い出し、急遽用意した。しかしロギの考えとは裏腹に獣人は騎乗しない。食わないだけマシなのかもしれない。レグとの話し合いで「五十頭を敵に突撃させる」で合意できたのは上々な結果だ。


 ガサガサ、ドスドス、と思い足を運ぶ音が聞こえる。微かに呻き声も聞こえる。もはや痛いと叫ぶ元気すらない敗残兵が前すら碌に見ずに進む。そして前を確認するまで待つほどレグは無能ではない。


「グルオォォォォ!!」


「グオォォォォ!!」


 レグが雄叫びを上げる。二百近い獣人が合わせて雄叫びを上げる。大地が響き、森が揺れる。この世の物とは思えない大音量に敗残兵は完全に混乱する。最前列にいた敗残兵はある意味で幸せだ。何が起こったか気付ける前に獣人の爪で切り裂かれて絶命する。そしてそのすぐ後ろを尻を火で炙られて狂乱する装甲獣が突っ込む。獣人の先方が何故装甲獣より先に走っているのかは誰にも分からない。ロギがこの戦場を見たら確実に頭を抱える。


「助け……」


「魔物の軍勢だぁぁぁ!!」


「ウェアウルフだ! ウェアウルフはやはり生きていたんだ!!」


 敗残兵は敵が獣人だと気付かず各々悲鳴を上げる。まともな中隊長が残っていれば最低限の組織的な抵抗が出来たかもしれない。怒り任せに突き進み、必勝と思われた攻囲戦で大惨敗を喫した状態では指揮系統らしいものは残っていない。数人単位で纏まり抗戦をすれば装甲獣にひき殺され、個人単位で応戦すれば獣人の爪に引き裂かれる。イスフェリア側に取って最悪だったのは獣人を見てウェアウルフだと誤解した者がかなりいた事だ。イスフェリア市民に取ってウェアウルフは恐怖の象徴だ。保護下にある村の多くがウェアウルフに皆殺しにされた話は酒場経由でイスフェリア中に広まっている。イスフェリア市民が勇者レイオスを熱狂的に受け入れたのは彼がウェアウルフの首を持参したのが九割だ。三体でも恐ろしい忌むべきモンスターが百体以上いる。もはや残っていた抵抗する最後の意志は見る見る砕ける。


「おい、なんか上等そうな死体だ!」


 獣人の一人がデオノート・アネッセンの遺体を見つける。獣人には見た目で人の区別はつかないが、匂いで価値がありそうな死体かの判別は出来る。デオノートの遺体はイスフェリアで埋葬しようとここまで頑張って持ってきた家臣に取っては絶望しかない。遺体を奪われまいと決死の戦いを挑むも、それが血に酔った獣人達の注意を引く。弱者を嬲るよりは強者をかみ砕きたい本能が疼く。結果的にデオノートの遺体を守ろうと戦った地点がもっとも血みどろな戦場となる。


「あり得ん! こんな事があるなど……」


 ボードウィン・ヴィスポア総督はレグに負わされた怪我が治らず、熱でうなされながら呟く。彼をここまで背負って来た騎士は既に茫然自失で立ちすくむだけだ。


「あ……」


 その騎士が声を上げようとした所、装甲獣が突っ込む。その両足でボードウィンは騎士共々粉砕されて絶命する。フェリヌーン王にならんとした男にしてはあまりにみすぼらしい最期となる。判別不可能な肉塊になった事でボードウィンの死は確定せず、フェリヌーン地方での抵抗運動の指導者は代々ボードウィンの名を騙る事になる。


 イスフェリアの敗残兵は終始組織的な反攻が出来ず、特に語る事も無く大半が屍となる。何人かは南北へ逃げるが、北へ逃げた者は獣人の追撃の前にあっさりと殺される。そして南に逃げた数人の中にヨーリス・ブリシックの姿がある。


「旦那、何処に行けば……」


「バカ野郎! 密輸洞窟だよ。あそこを越えてグラースエヴァン王国……いやもっと遠くへ行くか?」


 ヨーリスはほとんど無一文だったが、イスフェリアで発揮した才覚があればまた良い暮らしが出来ると自惚れている。ボードウィンが利用しやすい小者だから厚遇したと気付きもしない。


「流石でさぁ!」


 取り巻きの太鼓持ち三人がヨーリスを持ち上げる。彼らはヨーリスの言葉を疑わず付き従う。


「それはどうかしら?」


「だ、誰だ!?」


 突然の声にヨーリスは震えながら剣を抜こうとする。


「止めておきなさい。股間の物同様に役に立たないわ」


 嘲る様な笑い声が森から聞こえる。


「し、正体を見せやがれ!!」


「ならお言葉に甘えて」


 ヴィアラが突然ヨーリスの二歩先に現れる。それを見てヨーリスは飛び退こうとして取り巻き三人にぶつかって尻持ちを付く。


「な、なにが目的だ!!」


「獣人が迫っているわ」


 後方で足音が聞こえる。


「お、俺は助かりたいだけだ!」


「人間を裏切ってまで?」


 ヴィアラが試す様に言う。


「勿論だ! 何らならアンタに忠誠を誓っても良い!」


 ヨーリスが躊躇せずに言う。


 ヴィアラはしばらくヨーリスを見る。彼女が自分の意志で判断するのなら、ヨーリスは既に死体となっている。しかしヨーリスはロギの言った通りの行動を取った。ならばロギの言った通りに彼を活用するのが最善と考える。ロギはヨーリスを一切信用できない男と言っていた。ヴィアラが見た限り、その評価を更に下方修正すべきだ。されどロギの言い分も理解できる。魔城に味方する人間はアリシアみたいな個人(・・)を除いて希少だ。ヨーリスの組織(・・)を丸抱えする価値は高い。ヨーリスがトップなのも反逆対策と考えれば及第点なのかもしれない。


「レイオスの洞窟が欲しいの」


 ヴィアラが口を開く。


「お安い御用だ! あれは俺の部下が抑えているも同じだ!」


 嘘だ。ヴィアラは嘘だと知っている。しかしヨーリスに任せる事にする。


「あの洞窟を押さえたら、西へ行く人は無料で通しなさい。でも東から来る人には税を取りなさい」


「西へ行く奴らなんて残るのか?」


 ヨーリスが純粋に問う。彼はヴィアラに良い事を言ってそのまま逃げる気だ。しかし金儲けの匂いがしたためその決意が揺らぐ。


「あら、気付いていないの?」


「……」


「ホープエンドの勇者アリシア。彼女はティファーニアの王族よ」


「う、嘘だぁ!?」


 ヨーリスが純粋に驚く。


「この国の惨状を見て、彼女は西へ進むでしょう。私たちは勇者と戦うのはもうこりごりです」


 ヴィアラはヨーリスの口の軽さに賭けて情報を流す。


「もう?」


「勇者レイオスは戦死しました」


「うへぇ……」


「ホープエンドは孤立し、イスフェリアはもう落ちます。勇者アリシアが進めるべき道は一つ」


「お、俺にその道を確保しろってか?」


「ええ。下手にイスフェリアに突っ込まれては困ります」


「わ、分かったぜ。くくく、勇者王女とは傑作だぜ!」


 ヨーリスは笑みを堪えられない。アリシアに取り入り旨い汁を吸う完璧な未来を思い描く。


「アリシアが目を東に向けない様にしなさい。レイオスの洞窟の上りは貴方が差配しなさい。私達には不要です」


 ヴィアラは密輸洞窟そのものを切り捨てる様に言う。魔城はあんな洞窟を頼らずとも物資のやり取りが可能になっている。しかしそれを隠し、レイオスの洞窟が如何にも価値があると思わせるのが狙いだ。果たしてうまく行くかロギですら分からない。


「任せろぉぉぉ!!」


 ただヨーリス・ブリシックと言う一切信用できない男の忠誠心だけは得られる。

応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。