009 目覚めるアリシア
「ここは?」
アリシアは目を開ける。少し前に目の前が真っ暗になって、その後どうなったか知らない。
「お嬢様、良かった!」
涎後が付いているベルが抱き着く。
「ベル、どうしたの?」
「一週間です! 一週間も寝ていたんです!!」
「それは、凄い寝坊をしちゃったね」
「全くです! それで体の調子はどうです?」
「ちょっと頭が重いかな? また髪の毛が異常に伸びたりした?」
「いえ、そんな事はありません」
「ならまだ本調子じゃないのかな?」
「そうですよ。とにかくまだ休んでください」
「そうする」
「ここ最近は激戦続きだったので、その反動ですよ! 少し休んだら良くなります!」
ベルが気丈に言って退室する。アリシアは窓の外を見る。閉じられたカーテンから入る光で夕方では無いと分かる。
『ロギ様……』
アリシアはロギに呼びかける。しかし繋がっている感じがしない。
『ロギ様!!』
思いっきり強く念じるも、頭が痛くなるだけで繋がらない。
「どうしたら……まさかロギ様に何か!?」
アリシアはオロオロしながら部屋を見渡す。
「そうだ!」
アリシアはベッドが立ち上がろうとするも、一週間も寝続けた反動か上手く立てず絨毯に倒れ込む。そんな事を構わず装備棚まで這う。鎧掻けを杖代わりに膝立ちになって兜を取る。
「お願い、これで」
この兜はロギがアリシアの周りの状況を視認出来るように仕立てた特別な逸品だ。アリシアは実感した事が無いが、通話を補助する能力もあると聞いている。
『ロギ様!』
『!? アリシアか!』
『ああ、良かった、繋がりました』
『どうしたのだ!?』
『実はロギ様に呼びかけていたのですが繋がらず。この兜を被ってやっと繋がりましたが、まだ声が遠い様な気がします』
『そうか……その兜が役に立つ時が来たか』
『はい?』
『……何処から話すべきか。アリシアはこの一週間変わりないか?』
『いえ、一週間近く眠っていたそうです』
『眠って!? 何故!』
『ええとお昼を食べる前に着替えをしていたら急に頭痛がして……それからは覚えていません』
ダアガスがアリシアの石像を壊した時だ。
『私との念話が繋がらない以外は?』
『ええと、詳しくはまだ分かりません。髪の毛は伸びていないみたいです』
『そうか、まずは良かったと思おう』
『はい……ロギ様、その……』
『勇者の事か?』
『は、はい』
『私がこの手で勇者レイオスを殺した』
『!?』
『勇者を殺せるのは魔将だけだ』
厳密には違うが、アリシアへの説明としては十分だ。
『ロギ様が無事なら、それに越した事はありません』
『敵にダアガスが居た』
ロギはアリシアが聞きたがっている本題に移る。
『師匠は!?』
『死んだ』
『そんな……』
『だが勝ち負けで言えば私の負けだ。ダアガスは自分の命と引き換えにとんでもないものを奪っていった』
『それは?』
『アリシアだ』
『え!?』
『私はダアガスを殺し切れなかった。あの男はアリシアの石像を破壊し、自裁する事で私とアリシアの繋がりを絶とうとした』
『師匠がそこまで……』
『アリシアの頭痛、そして念話が通らないのはそのためだ』
ロギが淡々と語る。思い出すだけで怒りがこみ上げる。しかしアリシアはダアガスを師と慕っている。余り口汚く罵る事は出来ない。
『それで、私はどうなります?』
『どう? ああ、魔将であるかの事なら問題ない。アリシアを魔将としているのは石像では無く、額のポーンの駒だ』
『それは良かったです』
アリシアはダアガスの想いを有難いと受け取るも、魔将である事も大事に思っている。
『この石像を修復すれば念話も回復する』
『なら!』
『……だがこれはしばし待とう』
ロギが断腸の思いで発言する。
『何故!?』
『ダアガスほどの漢が命を賭けて成した事だからだ』
『師匠が……』
『そしてアリシアは遠くの学園に行くのだろう?』
『弟がそこに居るか確認してすぐに戻って……』
『駄目だ』
『え?』
アリシアは弟を探すのを許さないと言われた気がして意気消沈する。
『学園へ通うのなら数年はそこにいろ』
『は?』
アリシアは考えていたのと真逆の事を言われ混乱する。
『せっかく人間の学び舎に忍び込めるのだ。吸収できるだけ吸収して帰って来い』
魔城であるロギは人間について調べる伝手が少ない。何か知るにはホープエンドとイスフェリアでやった様に文書を強奪して解析するしかない。それでは偏った知識しか入らない。これまではアリシアを通じて知識を得る事で書物からは分からない事を多く知り得た。聞く所によるとアリシアが通う学園は大陸でも屈指の蔵書を誇る場所だ。各国の訳あり貴族と勇者が通う事で人脈にも期待できる。
『分かりました、魔将として頑張ります!』
『待て。魔将としては頑張るな。それどころか魔城とは縁が切れた体を装え』
『ええ!? なんで!』
『人間は私を恐れる。私が結果的に人類の敵だから分からなくもない』
魔城は既存の国家を全て滅ぼして大陸を統一したいだけだ。そこに住んでいる人間についてはロギ自身が驚くほど目を向けていない。ロギはその油断が前の魔城が倒された理由では無いかと勝手に考えている。実際はロギが遊んだ『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』と似た展開で滅んでいるのでロギの想定は間違っていると言える。
『……』
『だがダアガスのおかげで私とアリシアを繋ぐ絆が一時的に絶たれている』
『あ、と言う事は誰も気付けない?』
『そうだ。学園と言うほどなら以前の私とアリシアの絆に気付く者がいよう。しかし今の状態では気付けない』
ロギはダアガスが石像を壊した事を一生許さない。呪いのせいで修復できないため、アリシアにそれっぽい理由をつけて修復を遅らせないといけない。だがそれを残念がるより如何に活用すべきかに切り替えている。ロギは魔城の身で多くの不自由を被っている。嘆くより悪い状況をそのまま活用する事に慣れている。
『となると勇者として?』
『そうだ。それにその学園近くに私の手勢はいない』
ロギは暗に付近のモンスター勢力を一網打尽にせよと命じる。
『そっちに力を入れすぎちゃいそう』
アリシアは笑顔で答える。
「お嬢様! ベッドから出て何を!?」
『あ、ベルだ』
『なら今はここまでにしよう』
『ロギ様、また後で』
アリシアは兜を取り通話を終える。
「お嬢様!」
ベルのおでこがアリシアに当たりそうな近くまで迫る。
「ちょ、ちょっと兜を被りたくなって……」
アリシアの苦しい言い訳。
「もう、変な事はしないでくださいよ! ダアガス様も留守なんですから」
「し、師匠……」
「あ、ああ! 大丈夫です! 殺しても死なない程タフですし!!」
「ええ、そうね」
アリシアは愛想笑いする。ダアガスが死んでいるのを知っていても、それを口に出して言うわけにはいかない。
「……」
アリシアを見ていたベルが黙る。
「どうしたの? ベルから元気を取ったら何も残らないよ?」
「お嬢様の左目……黄金色に輝いています」
「え!? か、鏡!」
「肩を使ってください」
アリシアはベルの肩を借りながら鏡の前に辿り着く。そしてベルの言った通り、アリシアの両目は勇者の黄金色に輝いている。頭痛で倒れるまでは左目は光らず、アリシアが魔将としての力を使えば赤く光った左目が最初からそうであったかの様に光る。
「そうか……だから……」
アリシアはロギがこれを予見して魔将として行動するなと言ったのかと勘違いし、存在しないロギの天才的な手腕に今一度感服する。もしベルが真横で睨んでいなければ兜を被ってロギを称える弾丸スピーチで日が暮れている。
「ええと……」
ベルは何と言えば良いか迷う。アリシアが笑みを浮かべているので良い事だと考えるも、両目の事で喜んでいる感じではない。かと言ってそれ以外で喜ぶ事を思いつけないので言葉に詰まる。
「うん? ああこれからは勇者として目一杯頑張らないとね」
「そうですよ!」
アリシアの取って付けたような発言にベルは全力で同意する。
「お嬢様、お目覚め何よりでございます。しかし病み上がりで余り騒いでは困ります」
マイケラスが部屋の外から声を掛ける。アリシアが裸であった場合の事を考え、ベルが半明けのままにしていたドアの傍から声を掛ける。
「心配をかけて……とにかく入って来て」
アリシアは「ごめん」と言いそうになるのを必死に堪える。勇者になると悪いと思っても簡単に謝罪出来なくなる。アリシアはそう言う事を嫌うも、マイケラスが悲しむ顔を見る方が嫌だ。なのでマイケラスの前では立派な勇者の相好を崩さない様に努力する。
「これ以上目覚めないのならどうすべきか迷っていました」
マイケラスが部屋の扉を閉じて開口一番に面倒事を匂わせる。
「何かあったの?」
「領主のフランク・ガルダーソン及び主だった貴族の当主が討ち死にしました」
「え?」
アリシアは聞き間違えかと思う。
「昨晩の早馬で一報が齎され、今朝の早馬でほぼ確定しました」
マイケラスが沈痛な表情で話す。
「ホープエンドはどうなるの?」
「分かりません」
「……」
アリシアが無言でマイケラスを見る。
「統治機構が壊滅した城塞都市の未来は様々です。フランク様のご子息が権力を掌握すれば存続出来ましょう」
「可能性は低い……ない、でしょう?」
アリシアはマイケラスから政治を習っている。そしてこの状況でフランクの血縁が継承出来る可能性はゼロに等しい。
「はい、有力諸侯の小規模な内乱か完全な無政府状態になります」
「猶予は?」
「二日と見ています」
マイケラスはホープエンドが正常であった前提で答える。彼にしても籠城のすぐ後に領主以下主だった者が討ち死ぬ戦いを経験した事が無い。彼が考えるより人心の不安は膨れ上がり、既に最初の血が所々で流れている。
「信の置ける者達を集めて自衛ですね?」
アリシアがマイケラスの習った通りに答える。
「はい」
「それとベル達を解放します」
「そ、それは……」
「私が奴隷を好まないのは知っているでしょう?」
「手配します」
マイケラスは眉一つ動かさず頭を下げる。ここで奴隷を解放するのは上策ではない。中策でもない。だが下策かと聞かれたら答えに窮する。この屋敷の奴隷はアリシアへの忠誠心が高い。アリシアも見捨てはしない。だからここはアリシアの望み通りに事を通し、他の事で我慢を強いるのが最善と算盤を弾く。
「た、大変よぉぉぉ!!」
奴隷メイドの一人がマナーを忘れてドアを蹴破って入って来る。
「貴様! 何を!!」
「近所の大衆が大挙して!! もう大変なの!!」
メイドは泣けば良いのか笑えば良いのか分からず叫ぶ。
「なんと!」
マイケラスが驚き一瞬動きが止まる。
「マイケラス、お客様を客間に案内して。私は着替えてから向かいます」
「お嬢様、その体では!」
ベルが反対する。
「私が顔を出さないと収まらないでしょう?」
「その通りでございます。時間稼ぎはお任せを」
マイケラスが優雅に一礼し、暴徒の相手をしに行く。
「ベル、急いで! それと何か摘まめるもの! 一週間も何も食べていないと流石にお腹が減ったわ!」
そこにはもう先ほどまで立ち上がるのもままならない少女は居なかった。
応援よろしくお願いします。




