020 フェリヌーン内戦 敗者たちの策謀
オリバーの動きは早い。レイオスを伴いイスフェリアの本陣へ向かう。
「総督閣下が!?」
そこでオリバーはボードウィン総督が突然現れた獣人に致命傷を負わされたと知る。レグが止めを刺す瞬間に撤退中のベルフラウが本陣へ到着して、ボードウィンは辛うじて命を繋ぎ止めた。
「エミリーが居ればまだ助かるはずだ!」
レイオスがそう言ってエミリーを探す。いつもの彼女なら既に治療を完了させているはずだ。レイオスはエミリーが何処に居るのか心配になる。
「未帰還よ」
ベルフラウが絶望的な真実を告げる。
「くそ!」
レイオスがテーブルを叩くと、叩いた場所に大穴が開く。
「イスフェリア軍の撤退支援をして取り残されたまでは分かっている」
ベルフラウは責任がイスフェリア側にあると言って黙る。
「ここで一番上なのは何方か?」
オリバーが問う。ボードウィンが前後不覚だから彼の副官と話を付ける必要がある。
「デオノートは獣人に殺されて……」
ヨーリスは顎を撫でながら言う。彼の顔はボードウィンに見切りをつけたかの様に冷徹だ。故に順番からして責任者を名乗れる立場にありながら、ヨーリスはただの諸将として振舞う。
「誰かいないのか!」
オリバーが怒鳴る。トップの二人が倒れ、兵站は焼失。詳しく把握できていないがイスフェリア軍の人材は壊滅的な被害を受けている可能性が高い。そんな中で城門から吊るせる責任者がいないのは最悪だ。
「あの、私は総督と一緒にグラースエヴァン王国から派遣されて、その、五番手くらい、かと?」
一人の男が恐る恐る手を上げる。ボードウィンは金魚の糞として軽く扱っていた男だ。サキュバスへの生贄として差し出すためだけに高い地位に置かれている。ボードウィンの策は成功し、サキュバスはホープエンド攻めの事を何も知らずにアリシアに全滅させられた。ロギは得たサキュバスの情報とボードウィンの行動が符合せず大いに苦しめられた。
「異論がある者は? ありませんね。なら、貴方の権限でホープエンドとの停戦に合意しなさい」
オリバーが有無を言わさぬ口調で迫る。
「わ、私は……」
「貴方が責任者です」
オリバーは鼻が当たりそうな距離まで詰め寄る。
「わ、分かりました。て、停戦します!」
男は腰を抜かして後ろに倒れ込む。
「よろしい。私はこれからホープエンドへ向かい、あちらに停戦を飲ませます」
「私は……」
「レイオス殿はここで陣頭指揮を。勇者パーティーの件はおまかせを」
「く……頼む」
イスフェリア軍は瓦解寸前だ。勇者の睨みが無ければただの暴徒に身を落とすのは時間の問題だ。
***
「おお! よく来てくれたオリバー卿!」
オリバーは急ぎホープエンドへ乗り込む。本来なら明日に先触れの使者を出して、明後日に訪問したい。勇者パーティーの安否が気にあり、プロトコルを全てすっ飛ばす。オリバーの持つ情報では三人とも貴族に連なる美少女だ。そんな女性が捕虜となれば扱いは一つしかない。その経験で壊れないのなら犬にかまれたと諦めさせる事が出来るかもしれない。
ホープエンド領主フランクはオリバーの事情など露知らず大袈裟に関係する。ホープエンドにはグラースエヴァン王国が調停官を派遣したと言う情報が駆け巡り、戦争が終わると勘違いした市民が喜び合う。
「外で話す事は無かろう。屋敷で話を聞こう」
「ありがたい。ただ一つ火急の用事があります。それだけはここで済ませないといけません」
オリバーは逸る気持ちを抑え、仕事に徹する。
「して、その用事とは?」
「イスフェリアとの停戦に合意して頂きたい」
「停戦!? ここから逆劇出来る時に!」
フランクは難色を示す。平均的に有能な領主故にイスフェリアの兵站が焼けたのをその目で見ている。ここまで無慈悲に攻められ踏みつけられてきた。ここで攻勢に出なければ領主として失格だ。
「レイオス殿が停戦に賛成です」
「……」
「聞けばホープエンドには勇者が居るとか。彼女の意見はどうなのです?」
「それは……」
フランクはどう答えるか迷う。アリシアはあくまで強い剣であり、政治的な要求は何一つした事が無かった。ホープエンドに利する政治的な教育を施せる前にイスフェリアが攻めて来た。
「なら彼女に直接問います」
オリバーは返事を待たずにアリシアとダアガスの方へ行く。二人は調停官の噂を聞き今一度前線に戻っていた。
「私はオリバー・ライドノールト、グラースエヴァン王国から派遣された勇者調停官です」
「グラースエヴァン」
アリシアの目が細まる。オリバーはアリシアが王国に何か恨みがあるのではと心配になる。
「私はアリシアです」
しかしアリシアは一瞬で笑顔に戻り名乗る。オリバーはあれは錯覚ではとは思うも、調停官の経験から一筋縄ではいかないと覚悟を決める。
「ドラゴニアンのダアガスだ。アリシアの師匠だ」
問われていないのにダアガスが語る。勇者の師匠は法的には特別な身分ではないが、オリバーはそれを侮ると勇者との関係が急速に悪化すると習っている。幸い、これまで出会った勇者の師匠は彼の邪魔をした事は無い。今回もそうであればよいと願う。
「実はイスフェリアとの停戦に同意して頂きたいのです」
「私は良いけど?」
アリシアが答え、ダアガスは何も言わずに頷く。
「わ、分かった! 停戦に同意する。だが終戦は駄目だ!」
慌ててフランクが割り込む。
「ん?」
アリシアは首を傾げる。
「分からんでもない」
今度はダアガスがフランクに同調する。
「分かりました。終戦については明日以降の交渉とします」
オリバーもあっさり引き下がる。オリバーの権限は勇者同士、そして勇者と貴族の争いを調停するものだ。イスフェリアとホープエンドの争いを調停する権限を持たない。停戦すら越権スレスレの危険行為だ。それでも状況を把握するために必要と主張すれば慣例的に押し通せる。
「私からも一つ良いか?」
ダアガスが珍しく自分から会話を持ちかける。
「何でしょう?」
「パーティーの三人は私の捕虜だと勇者レイオスに伝言を頼む」
「しかと伝えます。その、扱いの方は……」
オリバーは望んでいる答えが返ってくると期待して問う。
「装備を剝いで領主の館で貴人として軟禁している」
「ダアガスの言う通りだ。身の安全は私が保証する」
ダアガスから水を向けられたフランクがここぞとレイオスに恩を売り込む。これを聞けばレイオスは無謀な捕虜奪還や領主斬首作戦を取らないだろうと思案する。オリバーは見るからに肩の荷が下りた顔になる。
「それは良い知らせです。従者の一人に停戦合意と勇者パーティーの無事を伝えに戻らせます」
オリバーに指名された従者が二、三言葉を交わしイスフェリアの本陣を目指す。そしてその夜はオリバーの強行軍の疲れもあり、早い段階で全員が眠りに付く。
***
オリバーが到着して三日目の昼前。ホープエンド領主の館で勇者同士が戦場の外で初めて対面する。オリバーは到着して二日でイスフェリアとホープエンドの言い分を聞き、ホープエンドの主要戦場を直接確認した。二日目の昼過ぎに王都へ報告書を送り、城塞都市同士の裁定を任せた。そして三日目にしてようやく主任務である勇者同士の調停に取りかかれた。
「あの勇ましい戦士と同じと言われても違和感の方が強い」
今にも戦えそうなフル装備状態で来ているレイオスに対し、アリシアは布面積が少し足りないパーティードレスで迎える。
「動きやすさを工夫したらちょっとお淑やかじゃないと言われたけどね」
アリシアはドレスを着る事を好まなかったが、動きやすい改造をする条件で同意していた。
「では調停を始めたいと思います」
オリバーは軽く咳き込み本題に入る。二人の話を聞く限り、個人的な恨みはない様に見える。これもダアガスが勇者パーティーに死者が出ない様に苦心した結果だが、それを理解しているのはロギくらいだ。
「レイオス殿は東の狂獣を討ちたい。アリシア殿はホープエンドを守りたい。間違いありませんね?」
「「ない」」
オリバーは「なんで戦っているんだ!?」と叫びたい思いを必死に飲み込み、こめかみを抑える。理由は分かっている。ボードウィン総督とホープエンド領主フランクの争いに巻き込まれただけだ。勇者を人の戦争に巻き込んだ愚図二人には怒りで腸が煮えかえるも、勇者の前では相好を崩さず事務処理を続ける。
「アリシア殿はレイオス殿がホープエンドを滅ぼさないのなら、彼が東へ行く事を認めますか?」
「良いよ」
アリシアがあっさり答える。
「レイオス殿はホープエンドを滅ぼさないと誓えますか?」
「無論だ! 今回の争いは第三勢力の……」
「分かりました! ならこの線で調停します」
レイオスの陰謀論を途中で遮りオリバーが調停の最終調整を始める。オリバーはレイオスの言い分を疑っているわけではない。純粋に勇者調停官の仕事外の問題に首を突っ込みたくないだけだ。
「アリシアは信じてくれるか?」
「エルフには何回か矢を射掛けられたし?」
レイオスはアリシアを説得に掛かるも、アリシアは知っていると答える。
「なら一緒に」
「う~ん、それはちょっと無理かな?」
「そうか、残念だ」
レイオスは意外なほどあっさり引き下がる。レイオスは今朝から領主の館を訪ねており、そこでパーティー三人の無事を確認している。調停に同意する前に三人の安全を確認したいと言う主張が通っていた。そしてそこでダアガスと返還交渉を済ませた。てっきり金で済むかと思ったが、ダアガスは意外な物を求めた。
(ティファ―ニア王家の忘れ形見を学園に……か)
レイオスは目の前の美少女を見る。名前と顔立ちはかの亡国の女王の流れを組んでいると思える。フェリヌーン隷国からは出られない事になっている。しかしレイオスが切り開いた密輸洞窟を通れば良い。オリバーですらイスフェリアの裏をかくために利用した程だ。勇者たるアリシアが西へ出ても文句を言う国はいない。グラースエヴァン王国には面倒事かもしれないが、それはレイオスの感知する所ではない。
「では、ここに署名を」
オリバーが用意した書類を渡す。アリシアはしっかり読み込んで署名する。レイオスは読まずに署名する。これで勇者同士の不毛な争いが終わったとオリバーが胸をなでおろす。
「オリバー卿! これはどういう事だ!!」
フランクがドアをぶち破りそうな勢いで開ける。
「何でしょう?」
「王都からたった今この戦いに付いての裁定が来た! 双方お咎め無しとは!! こちらは攻め込まれたのだ!!」
「私に言われても……」
オリバーには「困る」と続けないだけの分別がある。フランクは相当殺気立っている。下手な発言をすればオリバーの命が危ない。ここで勇者パーティーの捕虜変換が終わっているのが響く。レイオスは三人を安全な場所に動かすのが最優先で、もはや調停官を守る理由がない。アリシアはホープエンド側だ。
「調停は終わった。私とアリシアは今後一年は両城塞都市の争いには関われない」
レイオスが突然発言する。
「は!」
フランクが何かに気付く。
「無論、私のパーティーメンバーに害があればその限りでは無いが……」
「当然のことだ。私はしっかり貴人として扱ったので安心せよ」
レイオスはパーティーの安全を優先してイスフェリアを切り捨てる。フランクはアリシアが敗残兵追撃に動けない事を残念に思うも、レイオスが居ないのなら十分勝てると考える。そして勇者が関わらないのならオリバーは無力だ。
「私は急ぎの用が出来た! ここは必要なだけ使うと良い!」
フランクは急ぎ退出する。
「良かったの?」
「少しガス抜きしたら疲労の方が勝る」
レイオスが実戦での経験則から言う。そうでなくてもホープエンド側は疲弊甚だしい。追撃に百人集まるか怪しい。イスフェリア側の貴族はいの一番に撤退しており、残っているのは右も左も分からない徴兵された市民だ。成り行きに任せるのが最善と締めくくる。
応援よろしくお願いします。




