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019 フェリヌーン内戦 終戦

「火事だ!」


「あそこって食いものがある場所じゃないか!?」


 黒々と空を覆う煙を見てイスフェリア軍の兵士が騒ぎ出す。復讐心に駆られて参加した者達は勝ち切れない戦場にあって徐々に厭戦気分が上がっていた。それでも日々食えればまだ我慢出来た。そんな彼らを支えていた最後の拠り所が轟轟と燃えている。


「閣下、ここでホープエンドを攻めれば勝てます!」


 デオノートがヒステリックに言う。ホープエンド攻めは嫡男の敵討ちだ。それが叶うのが後一歩、後半歩と来ている。ホープエンドの防衛戦力は想定より遥かに弱い。ボードウィン自身が温存していた近侍と攻め込めばホープエンドは落ちる。それは誰も疑わない。


「……角笛を鳴らせ」


「閣下!!」


「ここで突撃しても誰もついて来ない。兵站を守らねば終わる」


 ボードウィンが怒りと悲しみが混じった何とも形容できない顔で言う。連れている兵が理性的なら食糧のためにホープエンドを襲えと言えば理解する。しかし後方に確実にある食糧と前方にあるかもしれない食糧では、後者を想う比重が大きい。兵站の集積所が襲われて燃やされる可能性は当然検討された。それ故に燃やされても前線からは見え辛い場所に配置されている。敵の狙いが兵站を燃やす事より兵站を燃やしている事を兵士に知らせる事を目的に行動するとは想定していない。


 ロギはアリシアに知らせるために派手に燃やした。イスフェリア軍の士気崩壊は考えていない。士気が崩壊するのは食糧不足による物だと決めつけている。燃やす行為を見せつける事でこんな副次効果があるとは思いもしない。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』では小隊(トループ)の維持コストさえ支払日に揃っていれば良かった。途中に不足があっても小隊(トループ)は気にしない。なのでロギはイスフェリア上層部の支払い能力を潰せば軍はいずれ瓦解すると考える。アリシアが居る限り幾らでも時間稼ぎが出来ると算盤を弾く。


「そんな……馬鹿な!」


 デオノートは崩れ落ちる。無理して戦場に付いて来ただけに負けが見えて緊張の糸が切れる。集積所から残っている兵站を回収して戦争を続けることは出来る。しかし今日の攻勢は勝つために必要な事を全てやり、なおかつそれが全て成功した稀有な日だ。同じ作戦を取ろうにもホープエンド側が対策を取るに違いない。アリシアとダアガスが派手に暴れているため、ホープエンドに対策を取れる余力が残っていないとは気付けない。


「捨て置け! 私に続け」


 ボードウィンはデオノートを起こそうとした兵士を制止し、集積所を目指して動く。デオノートに拘っている時間が惜しい。ボードウィンは近侍を引き連れ走る。幸いレイオスがアリシアと戦った辺りで、レイオスが先に向かった現場の兵士に聞き最悪は回避できると安心する。


「敵襲!!」


 しかし後方にある本陣からあり得ない声が届く。ホープエンドは撤退時に仕掛けない。仕掛ける余力がない。敵の勇者とドラゴニアンは防衛はするが攻勢には出ない。ボードウィンはこれまでの戦いでそれが当然だと考えている。


「いつのまにかぬるま湯に浸かっていたか!?」


 ボードウィンは急ぎ本陣へ走る。


「閣下、敵は獣人です! デオノート様が既に!!」


 本陣の兵士が混乱気味に叫ぶ。数は多くないが縦横無尽に走り回る獣人にイスフェリア兵は対応出来ずに死傷者の数だけが増える。少し前にイスフェリアを恐怖のどん底に叩き落としてウェアウルフを想起される獣人の姿は実力以上の戦果を叩き出している。


「獣人だとぉ!?」


「おうよ、俺様が獣王レグ様だ。てめぇをぶっ殺せばイスフェリアは俺様のだ。死にやがれ!」


 一人ずつしか通れない密輸洞窟を通ってホープエンドの南まで来ていたレグが人間を爪で輪切りにしながらボードウィンに迫る。 


***


「燃えている」


 アリシアはレイオスと激しい鍔迫り合いをしながら話す。


「戦争とはこういうものだ!」


 レイオスはアリシアがホープエンドの事を言っていると考え返す。ただホープエンドからは大きな煙が出ていない。レイオスがアリシアの真意を計りかねていると、アリシアが剣の角度を変える。レイオスはそれに映った光景を見て、燃えているのは自軍の方だと気付かされる。


 レイオスは力任せにアリシアを吹き飛ばす。アリシアは多少滑りながら両足で着地する。アリシアは後方を振り向いているレイオスに仕掛けない。それで勝てる相手なら仕掛けている。アリシアとて死線を多く潜っている。レイオスが勇者の本分を忘れるほどの怒りに囚われたら勇者アリシアは一気に押し切られる。魔将アリシアならまだ食らいつけるかもしれない。しかし魔将の姿を見せるのは普通に負けるよりも酷い敗北となる。


「後方に別動隊か!」


「そんなのいないよ?」


 レイオスの怒声にアリシアが困惑して答える。アリシアは位置的に魔城のオリールが動いたと考える。ロギがこの件について何も言っていないので確証はない。ロギは事前に伝えればアリシアの顔に出ると正しく理解し、彼女の与り知らない所で作戦を進めた。シューリアとレグの件が無ければオーリスを北方に配置した事すら知られたくなかった。


「嘘ではない……みたいだな」


 レイオスはアリシアを見て言う。だとしてもアリシアと戦いを辞めるわけにはいかない。アリシアをフリーにすればイスフェリア軍は彼女一人に潰される。思案中のレイオスは固まる。アリシアは大人しく待つ。二人の間には勇者同士しか分からない暗黙の了解が確かにある。そしてレイオスが決断する前に撤退の角笛が鳴らされる。


「終わり?」


 アリシアが気が抜けるような質問をする。


「終わりだ。私は集積所へ行く」


 レイオスはそれだけ言って駆け出す。アリシアは追わない。左右のイスフェリア兵を睨む。彼らは半を押したように我先にと一歩下がる。アリシアは詰まらなさそうに軽く息を吐き出してホープエンドへの帰路に付く。ダアガスが城門を守っていないのをチラッと見ている。ロギの言った様にホープエンドは持たない。アリシアは急いだら援軍として間に合うと信じて走り出す。


***


「二度は言わぬ、退け」


 ダアガスがベルフラウに言う。


「ちぃぃぃ!」


 ベルフラウは傷ついた身体を起こして威嚇する。ダンピールの力を使い出した時は優勢だった。それがある時を境に一方的に押され出す。それは勇者レイオスが本気になった時に似ている。ドラゴニアンは勇者には劣るが、闘気を操れるだけあって覚醒状態を持つ。これがベルフラウに六:四で傾いていた状態を逆方向の二:八に傾かせた。


「あれを」


 ダアガスは遥か西を見る。ベルフラウは少し首を動かして見る。


「燃えて!?」


「終わりだ。今日の攻勢は見事だ。だが同じ作戦は通用しない」


 ダアガスが戦争(・・)の終わりを告げる。彼は当事者の中で一番両陣営の状態を理解している。イスフェリアにはもう攻勢に出る余力が無い。敗北を認められないのならもう数日戦いがダラダラ続く。しかし結果そのものは変わらない。アリシアとする毎晩の話し合いで、レイオスはアリシアを殺してまでホープエンドを落とす気はないのを知っている。アリシアが狂獣討伐の邪魔をすれば、レイオスはアリシアを斬る覚悟を決める。ダアガスはその点だけは大いに心配していた。しかしアリシアもロギも邪魔をしないと言う。ただ、アリシアが狂獣討伐に参加しないのは確定的だった。ダアガスはそれで凡そロギの正体に気付く。


「ひ、退いてあげようじゃない! 感謝しなさい!!」


 撤退の合図を聞いてベルフラウが引き攣った笑みを浮かべて城壁から飛び降りる。ダアガスは宣言通りに追撃しない。彼は勇者が仲間の死で覚醒するのを熟知している。ベルフラウの死でスイッチが入っては折角の引き分けが水泡に帰す。


「不味いな」


 ダアガスは一人残った城壁からアリシアが全速力で戻ってきているのを見て呟く。勇者パーティーはホープエンド内にいる。アリシアなら確実にダアガスの教え通りに主力である彼女らを狙う。彼女らが有能ならいの一番に逃げるべきだが、彼女らは残っている友軍を援護して歩みが遅い。自分達の価値を理解していないのか、自分たちが無敵だと勘違いしているか。ダアガスが故郷で伝え聞いた話から後者だろうと考える。


「気が進まぬ」


 ダアガスはそれだけ言ってホープエンド内に飛び降りる。彼が飛び降りた衝撃で出来の悪い石畳が砕ける。その欠片が勇者パーティーのヒーラーにぶつかり、彼女は昏倒する。偶然に見えるが、ヒーラーを昏倒させた欠片はダアガスが蹴った欠片だ。残った二人がヒーラーを担いで逃げるかと期待するも、彼女らはダアガスに仕掛ける。


「勇者パーティーは勇者アリシアの師匠、ダアガスが倒したぁぁぁ!!」


 ダアガスは呆れ気味に宣言する。敵から返還交渉があるのは確実だ。それまで兵士の玩具になっては後が面倒だ。我先に逃げているイスフェリア兵はこの宣言を後方に伝えれば勇者レイオスが奪還のために単騎突撃しないと期待するしかない。


「師匠! もう全員殺したの!?」


 そこにアリシアが到着する。


「死んでいない」


「良し、なら早速止めを!」


「待て、こいつらは私の捕虜だ。殺しはしない」


「ええ~? 面倒な程度に強いよ?」


「レイオスが本気で怒るぞ」


「殺すのは保留で」


 アリシアはあっさり手の平を返す。


「うむ」


 ダアガスは満足そうに頷く。


***


「やっと来たか勇者レイオス! 逃げたかと思ったぞ!」


 燃える兵站を後ろにオリールが仁王立ちする。


「貴様は誰だ! 何故この様な事を!?」


 レイオスは聖剣を構えて問う。レイオスの勇者のカンはこのエルフが城塞都市同士の戦争を煽った黒幕に通じていると告げている。


「俺はシャドーエルフバーサーカーのオリールだ! 貴様にはホープエンドとイスフェリアの中間で一度倒された。俺は恥ずかしくも生き残った。もはや貴様を殺す以外に死んだ同僚に顔向けできない!!」


「あの時だと!?」


 レイオスは困惑する。彼があの時に戦ったエルフにこんな二メートル越えの化物は居なかった。


「この姿に驚いているのか? これは偉大なるあの御方に授かった力よ!!」


「そいつが東の狂獣か!」


「くくく、死にゆく貴様が知る事ではない!!」


 それが合図かの様にオリールが迫る。隠れていた二人が飛び出して別方向からレイオスを狙う。レイオスが剣を振るえば二人までは確実に殺せる。しかし三人の攻撃には時間差がある。三人目の一撃は確実に受ける。それで死ぬとは考えないが、死兵が死に物狂いに放つ一撃は食らいたくない。


「おおお!!」


 レイオスは雄叫びを挙げて最初に来る二人を斬り捨てる。


「勇者とてシャドーエルフ秘伝の猛毒なら!!」


 オリールは勝利を確信し叫ぶ。


「毒など!」


 勇者パーティーのヒーラーなら簡単に解毒できる。そのヒーラーが虜囚の身だとは知らない。もしオリールの一撃が当たればレイオスの命運は尽きる。


「がはっ?」


 ドンと言う音を立て、オリールの無防備な右わき腹に槍が深々と刺さる。


「今だ!」


「応!」


 レイオスはその声に答える前に剣を振り抜きオリールを一刀両断する。


「こんな……馬鹿な……おゆ……るしを」


 オリールの瞼が数回瞬き、それ以降は動かなくなる。ロギの恐れていた通り、まるで世界が勇者に味方しているが如し事態が発生しオリールの覚悟を踏みにじる。


「助かった」


 レイオスが礼を言う。


「非才の身で勇者のお役に立てたのなら末代まで自慢できます」


 白馬に跨っていた槍を投げた男が降り、レイオスと握手をする。


「申し遅れました。私はオリバー・ライドノールト、グラースエヴァン王国から派遣された勇者調停官です」


「勇者レイオスだ。丁度良い所に来てくれた」


 レイオスは笑顔でオリバーの肩を叩く。勇者調停官とは勇者同士、そして勇者と国家の争いを調停する特別な官僚だ。幼い頃からそれぞれの国で養育された文武両道の逸材で、大半は王家か上位貴族の血筋に連なる。勇者調停官となる際に実家の縁は切れるが、実際に切れるのは貴族の特権と相続権だけで、実家との関係は更に深まるのは暗黙の了解だ。


 ここに来て四人目の指し手としてグラースエヴァン王国が現れる。ホープエンドとイスフェリアの指し手は既に死に体であり、フェリヌーン隷国を巡る争いはロギとオリバーのにらみ合いに移る。

応援よろしくお願いします。

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