018 フェリヌーン内戦 指し手の多い戦場
「策はあるか?」
イスフェリア総督ボードウィンは出征よりやつれた顔で諸将を見渡す。五日前に勇者レイオスが勇者アリシアと激突してから数度同じような戦いが繰り返されるも、イスフェリア軍はホープエンドへの侵入を未だ成功させていない。諸将は勇者同士の争いを無きものと扱う。あの戦いに介入できる人間はおらず、自分の受け持つ部隊の近くで戦うのだけはやめて欲しいと毎晩祈る事しか出来ない。勇者がホープエンドの攻防から除外されたのなら、イスフェリア有利は誰の目にも明らかだ。それをひっくり返しているのがアリシアの師匠を名乗るドラゴニアンのダアガスだ。ダアガスには勇者パーティーのベルフラウがギリギリ食らいつける状態だ。他の人間では相手にならない。
「あの二枚看板を退かさないと無理じゃね?」
ヨーリスが陽気に言う。沈んだ士気を何とか持ち直させるために努めて明るく振舞っている。
「いっそレイオス殿がアリシアめに一騎打ちを挑むのはどうか?」
デオノートはヨーリスの言う事が容易なら既に実行していると思いながら、違う切り口で攻める。
「勇者同士の一騎打ちとなると、その間に双方は戦闘をしない誓えるのか?」
レイオスが問う。
「それは……」
「何日掛かる?」
デオノートが言い淀むのでボードウィンが答える。
「三日」
レイオスが答える。
「もっと短くならないか?」
「俺が倒されるまで三日だ。その前にアリシアを倒せれば倒すが、彼女をどうやって拘束しておく気だ?」
レイオスが敗北を認める発言をして諸将がざわつく。そして捕らえたアリシアの処遇で更に頭を抱える。
「殺……ひっ」
デオノートが何か言おうとするがレイオスに一睨みされて黙る。レイオスはイスフェリアに協力しているが、この諍いで勇者が死ぬような真似があってはならない。世界にはいつもの狂獣だけでなくエイリアンと言う正体不明の脅威が巣くっている。勇者は同時に八人しか存在出来ないとされている。アリシアを失えば彼女の後釜がいつ現れるか分からない。レイオスは経験豊富な勇者だ。アリシアを倒す術に苦慮しているが、殺す術なら確実に成功すると思えるのを複数用意している。
「レイオス殿が負けると?」
ボードウィンが話題を逸らす。
「俺の方が戦士としてはアリシアより全ての面で優れている。俺が上手く戦場をコントロールして友軍の被害が少ないのはそのためだ。だがアリシアの強さはあの回復能力だ。俺はあんな勇者の力を見た事も聞いた事もない。即死以外ならほぼ瞬時に回復する。罠で拘束しても、拘束された部位を斬り捨てて瞬時に回復する。一騎打ちが長引けば俺の傷は増える。回復魔法の援護がない状態で三日続けてかすり傷が増えたら、流石に持たない」
レイオスが淡々と事実を述べる。彼の話を聞いて諸将はここ数日の事を思い出す。アリシアがモンスターの足を拘束する虎バサミに左足を挟まれた時には、一瞬の躊躇もせずに左足を斬り飛ばして何事もない様に戦闘を継続した。勇者パーティーの仲間が一度刺されば簡単に取り出せない様に特別な返しの付いたミスリル矢をアリシアに打ち込んでも、アリシアは周りの肉ごと矢を抉り出して戦闘を継続した。どちらの怪我も普通の人間なら即死しかねないほど深いのに、アリシアの闘志に燃料を注ぐだけの結果に終わった。
「私が無茶するしかないわね」
ベルフラウが心底嫌な顔をしながら発言する。
「どうする気だ?」
「飛行魔法で城壁の上に行くわ」
ベルフラウが飛べば羽根が目立つ。
「え? それで何とかなるの?」
ヨーリスが困惑する。
「城壁の兵を助けるのならダアガスは動くでしょ? 彼が居なければイスフェリア軍の出番よ」
ベルフラウが胸を張って宣言する。
「可能だ」
ボードウィンが一定の理解を示す。そして最終的に代案が出なかったためにベルフラウの案が採用される。
***
「何度来ても無駄だ!」
ダアガスが迫るベルフラウに叫ぶ。ベルフラウは笑みを浮かべて飛び上がる。前回は飛び上がって全力で鞭を繰り出した。ダアガスはそんな攻撃が来ると思い身構える。
「フラッシュ!」
ダアガスの予想に反して勇者パーティーの誰かが辺り一面を光で満たす。一瞬目が見えなくなったダアガスが神経を研ぎ澄ませて攻撃を待つ。しかし攻撃は来ない。目が回復るのと同時に上から悲鳴が聞こえる。
「上か!」
ダアガスはベルフラウが城壁の上まで飛んだと気付く。そして彼は壁走りでベルフラウの所を目指す。ベルフラウは「反則でしょ!?」みたいな顔をしながら城門より遠ざかりながら城壁で殺戮を続ける。このまま彼女を放置すればホープエンドの弓兵は壊滅的な被害を受ける。
「城門を頼む!」
大声で後を託す。ダアガスは領主フランクからはベルフラウ対策を優先する様に命じられている。フランクは城門に攻め込むのが同じ人間である限りホープエンド軍が活躍出来ると信じている。それが本当かはダアガスには分からないが領主に立てついでまで主張する事柄ではないと判断する。
「あら、私を優先して良いの?」
城壁の一角を血の海に沈めたベルフラウが問う。
「城門が開いているから勝てるほど簡単な戦いではあるまい!」
ダアガスは自分が一番信じていない台詞を声高に言う。これを聞いたホープエンド軍が自信を持てば、と期待する。
「それはそうね」
ベルフラウは肩を竦める。ベルフラウはダアガス以上に自軍を信じていない。
これ以上の話し合いは無駄だと言わんばかりに二人は獲物を構え戦いを始める。ベルフラウは城壁の上ならダンピールの力を使っても友軍にはばれないと決めつけ、本気の攻撃を繰り出す。
「威力が上がっても命中精度が減れば回避は簡単だ!」
ダアガスは軌道が読みやすくなった攻撃を必死に回避しながら相手を挑発する。片腕では対処に限界が来る。もし夜になってもベルフラウが退かなければダンピールの本性を現した彼女に後れを取るかもしれない。
二人が城壁の上で戦うペースが上がる横でイスフェリア軍がホープエンドの壊れた城門を越える。いつもはベルフラウの援護をしている勇者パーティーが一緒に行動しているために恐ろしい突破力を発揮する。ホープエンドが数日掛けて壊れた城門を囲う堅牢なバリケードを築いていなければこの時点でホープエンドは負けていた。
「守り通せ!」
フランクが剣で点を刺し檄を飛ばす。もはや彼が陣頭指揮を取らないとホープエンド軍は持たない。取った所で彼の傍から瓦解している。もはやイスフェリア軍の略奪に怯える感情が残っている人間だけが必死に応戦する。
「攻めるんだよ! 明日の朝陽を拝みたいだろう!!」
第一陣を率いるヨーリスが怒鳴る。こんな死地へ入るのは彼の願いでは無い。しかしイスフェリア軍は大部隊を動かせる人材が枯渇している。指揮が出来て戦死しても替えがきくヨーリスが抜擢されるのは当然の流れだ。もう少しやる気がある男が抜擢されていればホープエンドは本当に落ちていたかもしれない。
「良し、重騎兵を突っ込ませろ!」
ボードウィンとデオノートに取ってヨーリスが接敵しながら前に進めないのは織り込み済みだ。最初からヨーリスは捨て駒だ。生き残ったら良し程度の評価を下している。動き出した重騎兵は余りにも情けない走りを披露しながらホープエンドへ向かう。彼らはデオノートの命令で軽騎兵や荷馬車の馬に鎧をつけて重騎兵の真似をしているだけだ。それでもその重量と助走後の体当たりだけなら重騎兵に匹敵する。
「バカな! 重騎兵だと!?」
先にホープエンドに入った同僚の背中を踏み潰しながら全力で走る重騎兵は止まる事が出来ずにフランクが築いたバリケードにトップスピードでぶつかる。そして馬は騎手を放り出して痛みで暴れる。それがさらにバリケードの被害を増やす。
「もしかして行ける? 勝ち馬に乗るんだよ!」
ヨーリスが奮起を促す。勇者パーティーが全力で頼りない味方を援護する。イスフェリア軍がホープエンドになだれ込むのは時間の問題だ。もし指し手が二人ならこの戦いはイスフェリアの勝利で終わっている。
***
「オリール、出番だ」
ロギがホープエンドの北西に待機しているオリールに呼びかける。ダアガスが城門から動いたのを見て時が来たと知る。
「やっとですか! このままこの地で腐り果てる運命かと思っていました」
ロギの強化で身長二メートル超の大男に変わったオリールが満面の笑みで言う。かつて粗暴ながら洗練されていたシャドーエルフの面影はなく、ゴブリンよりは色彩豊かな腰蓑一つを纏っている。体中にタトゥーともボディペイントとも思えるマーキングを入れている。
(強化し過ぎて先祖返りしたのか?)
ロギはオリールの生活痕を見て考える。エルフの自然尊重が鳴りを潜め、菜食より生の肉食を好む生活を続けている。エルフとシャドーエルフはオリールの様な男が祖先に居たとすれば発狂してその痕跡を全力で消しそうだ。確実にそうだとは言えないが、エルス種族の未来の姿と言うよりは信憑性がある強化になっている。
「待たせた分だけ暴れ甲斐のある戦場だ」
ロギはオリールの事を忘れたわけでは無い。ただレイオスと戦うアリシアのバフが切れない様に注意を払いながらブラッディトレントと死闘を制する必要があり、必然的に後回しにならざるを得なかった。これまでの戦いでレイオスがアリシアを殺す気が無いと分かって多少余裕が出来る。更にはレイオスとの戦いでアリシア自身の強さがメキメキ上がりバフが効き過ぎてレイオスが危険な時がある。
ロギはレイオスを殺せる時に殺したい。しかしそれはアリシアの将来に暗い影を落とす。なので伝え聞くグラースエヴァン王国の介入を見るまでアリシアにはレイオスを殺さない様に伝えてある。勇者パーティーの人間は積極的に殺して良いと思うも、そちらを担当しているダアガスが殺さない様に立ち回っている。数回踏み込み過ぎた勇者パーティーがホープエンドの攻撃に晒された時なんかはダアガスが身を盾にして攻撃を防ぐほどだ。無論、故意にやったとばれない位置取りを忘れない辺りがダアガスの巧みさを物語る。
「では遂に憎き勇者の頭にこの斧をぶち込めるので!!」
「まずはイスフェリア軍の兵站を焼け」
「そんな! レイオスを殺すために……」
「聞け! 兵站を焼けばレイオスが来る」
「本当ですか!」
「疑うか?」
「いえ、そう言うわけでは……」
オリールは不満を隠さない。
「兵站を焼いてレイオスが来ない場合はオリールの好きに動け」
ロギはオリールではレイオスに勝てないと知っている。なので出来ればレイオスにぶつけずに温存したい。しかし不満を貯め過ぎた小隊長がどう動くかはウェアウルフとルジャールで嫌と言うほど経験している。なので戦略上絶対に外せない兵站焼きを確実に成功させる事を優先する。
「おお!!」
「そしてレイオスを討て」
「お任せを!」
オリールが我が意を得たりと胸を叩く。オリールは小隊を構成する二人のシャドーエルフバーサーカーを引き連れ動き出す。
オリールは少し遠回りをし、北方から兵站の集積所を襲う。
「敵し……」
歩哨が叫び終わる前にオリールの投げた斧が彼と彼の後ろに居た数人を斬り裂く。
「ほぉおおお! ほわぁぁぁ!!」
猿叫を上げながら三人がイスフェリア軍に遅いかかる。一人一人が勇者パーティーの構成員並みの強さを持つシャドーエルフバーサーカーの小隊の前では徴兵されたてで歩哨くらいしか出来ない兵士など鎧袖一触だ。何人かが本陣へ報告に走るが、ホープエンド攻めが上手く生きそうな状況で後方に気を回せるほどの名将はイスフェリアにいない。
「燃やせ!」
ロギが与えた可燃性の高い液体を兵站に掛けながら着火する。ロギの命で集めた激しい煙を出す草も一緒に焼く。止める者がいない状況では火の手が一気に広がり、兵站の六割は確実に燃え出す。
そしてボードウィンとレイオスが空に舞う真黒な煙に気付いた頃には手遅れとなる。
応援よろしくお願いします。




