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012 アリシアvsレグ

 ヴィアラがシューリアに囚われた時、アリシアはホープエンドの豪商が主催した昼食会から屋敷に帰った所だった。


「はぁ、最悪」


 アリシアは動き辛い事が美徳と言わんばかりのドレスに身を包まれて盛大に愚痴る。主催者から事前に送られたドレスだけに着ないわけにはいかない。ロギなら「無視しろ」と一顧だにしないが、マイケラスはここが売り時と判断しアリシアを積極的にパーティーへ送り出す。政治に強いマイケラスはホープエンドにアリシア閥を作ろうと躍起になっている。ロギがホープエンドを滅ぼすと知らない限り、それを間違った行動と指摘はできない。アリシアもホープエンドを守る気になっているため、アリシアに魔将としての顔があるとは誰も思わない。


「お嬢様は何を着ても似合いますから!」


 ベルがドレスを脱ぐ手伝いをしながら言う。着るのが大変なら脱ぐのも大変だ。本来は数人掛かりで脱がせるドレスだが、パーティー帰りのアリシアの不機嫌は屋敷中が知っているのでベル以外は遠巻きにしている。ベルはベルでお下がり欲しさに頑張っている辺り、アリシアとタメを張れる変人かもしれない。


「似合っても来るのが欲しくない婚約者候補ばかりだとね」


 無自覚なアリシアの美貌はホープエンドでも一、二を争う。美人トロフィーとして貴族に囲われていたサキュバスがほぼ全滅した関係でアリシアをトロフィーと欲する者が大幅に増えている。トロフィー持ちですら、残っていれば古い女を捨てアリシア争奪戦に参加しただろう。


「でもホープエンドでは最近のお相手が上限近くですよ?」


 これ以上となると領主の第三婦人くらいしか残されていない。ベルは結婚して子供を産むのが幸せだと考えるので、アリシアが何故有力者を袖にしているか理解できない。しかしそれには理由があるのだろうとアリシアの行動そのものは非難しない。


『アリシア!』


『どうしたのロギ様?』


 無駄なアクセサリーが取れて、やっとドレス本体を脱ぎだす瞬間にロギがアリシアに連絡を入れる。この時間にロギから連絡が来るのは稀なのでアリシアは何かあったのかと心配する。


『ヴィアラが奴隷狩りに捕まった』


『大変! 助けに行きます!』


 アリシアは奴隷の存在を必要悪として我慢できても、奴隷狩りは未だ許せない。それが違法なら猶更だ。


『転移でそこに飛ばす。装備を揃えたら言え』


『分かった!』


 そこからアリシアは強化された身体能力を活用して一気に身を装備で固める。


「お、お嬢様!?」


「ベル、ちょっと用事で外出する! たぶん明日には帰る!」


 アリシアはドレスにはミスマッチのバトルブーツを履き、神剣ファイアブリンガーを肩に掛けて言う。ロギの声色から一刻を争うと気付いたアリシアは必要最低限の準備で出る事にする。自己の回復能力があれば奴隷狩りに傷つけられても継戦能力にはなんら支障がない。


『ロギ様!』


『ストーンゴーレムで時間を稼いだ。頭上注意だ』


 ロギはアリシアに必要な情報を与えて転移させる。


「お嬢様、ちょっと待っ……」


 ベルがアリシアに手を伸ばそうとする。そしてアリシアの転移に巻き込まれる。


***


「さっきは油断したけど、もう同じ手は通用しないよ、おばさん!」


 アリシアはケーレニオンの紋章が浮かんでいた箱に潰された時はかなり危険な状態だった。ロギが惜しみなく身体強化魔法を掛ける事で箱をさも簡単に退かす事が出来た。


(あれだけの質量に潰されては動けないのか。今回はレアケースに違いないが、対策を検討すべきか)


 ロギがアリシアの陥った状況を考えながら、改めて敵対しているケンタウロスとミノタウロス達を見る。


「ま、待ってくれ!」


 シューリアがこの事態がどうにもならない程拗れているのを知りつつアリシアに声を掛ける。着地した際に三本の足に違和感がある。ヒビが入っているとすれば商人としても戦士としても廃業が確定する。どこぞの好事家に軍馬繁殖用のメスと自身を売り込めなければ餓死する未来が余裕で見える。


「今更?」


 アリシアは後ろで聞こえる戦いの音を油断なく聞きながら答える。後ろの攻防は互角に見えるが、獣人の疲労が溜まって来ている。ヴィアラ達がベルを守る事に専念していなければ魔城側が一気に押し切れる状況になりつつある。アリシアが現れた直後ならまだしも、今の状況でシューリアが切れる手札は無い様に思える。


「あたし達は大賢者ケーレニオン様の貢物を運んで来た! そしてその荷物はあんたに反応した!」


『どうなの?』


 アリシアが面倒な判断をロギに投げる。


『ケーレニオンの紋章ではある。罠と思うのなら斬れ。彼らが死体でも荷物の回収は出来る』


(本当にケーレニオンの手のものか? このタイミングの悪さは彼女らしいが……)


 アリシアを転移するには多くのリソースを必要としている。そしてそのリソースは距離と共に増加する。なので大陸全土にロッドを刺して大部隊を転移し放題の様な真似は出来ない。逆に一騎当千の魔将だけを神出鬼没に動かすのは可能であり、ロギが『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』でミレニアムを達成できたのは魔将転移を最大限に活用した結果だ。


 今回ロギがアリシアを動かしたのは付近の敵を全部殺せば生き返りの転移リソースが稼げると皮算用した事が大きい。彼らを殺せないとリソースが丸損となる。シャドーエルフがエルフ殲滅を掲げてリソースがカツカツな所にこの消費は痛い。安全マージンは確保しているが、今回の一件で残りリソースがそのマージンスレスレになる。


「後ろはまだ戦っているよ」


 アリシアが多少譲歩する。しかし依然としてヴィアラとベルは狙われている。ここでアリシアが戦いを辞めたら後ろの味方が危険になる。


「分かった! 降参する! おいレグ! 戦いを辞めろ!」


 シューリアはアリシアの相手から解放された一瞬で獣人が押し負けると計算する。なのであっさりと降参を選択する。


「俺様は負けていねぇ!!」


 レグが吠える。他の獣人も似たり寄ったりだ。レグが戦うのなら死のうとも戦う気概だ。


「く!」


 シューリアは歯噛みする。足が万全なら彼女がレグをぶん殴って止める。しかし既に立つ事が困難なほどに三本の足が震えている。無事な一本と刃が粉々に砕けた大斧を杖代わりにしてギリギリ立っていられる。ここで倒れたら、副官が温情で止めを刺してくれる事に期待するしかない。


「そこの人! 一騎打ちよ! 私に勝てたら見逃してあげる」


 アリシアがレグに一騎打ちを申し込む。そこまでする必要は無い。しかしシューリアの話を聞いて、レグを手早くぶっ飛ばすのがベルの安全に繋がると思い込む。


「出来れば殺さないでくれ」


 シューリアはお願いできる立場ではないが、それでも言わずにはいられない。レグは一角の戦士で獣人を率いられるカリスマを持っている。まともな将の下に付いて勉強すれば大きく化けると期待している。それは彼を送り出したカレンティーナも同様だ。しかしレグはその強さ故にそこが理解出来なくなっている。勉強嫌いなのも合わさり、レグはどこまで行ってもこのままだ。


「ガキが! 一撃で引き裂いてやる!」


「合図をお願い」


 レグを睨むアリシアが振り向かずにシューリアに頼む。シューリアとミノタウロス達が背中を襲わないと信じているのか、襲われても対処できると思われているのか。シューリア達には分からない。ただそれを試す勇気が残っているミノタウロスは一人も残っていない。それどころかシューリアが皆の助命狙いで降伏したのに、そのチャンスを台無しにしそうなレグへの怒りが募る。


「始め!」


 二人の一騎打ちを見るために周りが静まる。そしてシューリアの声が良く通る。


「死……ごふぅ」


 レグの内臓からメキョっとしてはいけない音がし、レグは後方に突き飛ばされ、立っていたストーンゴーレムで背中を強打して倒れ伏す。アリシアが左手で放った正拳突きを目視できた者はいない。レグが突然消えてゴーレムの横で死にかけている事に気付く。


「お兄ちゃん!」


 堪らずアムが駆け寄る。


「しょ、勝者アリシア!」


 勝者が決まる前に誰かが介入すれば殺されても文句は言えない。シューリアはアムの事を心配して急ぎ勝者を宣言する。宣言せずとも誰が勝ったかは誰の目にも明らかだ。あれを見てアリシアと戦いと言うのならそれはただの自殺だ。シューリアは一切弁護しないと心に誓う。ミノタウロス達もシューリアの判断が正しかったと鼻を鳴らす。


「あれ? 弱すぎて手加減を失敗した?」


 アリシアは左手を見ながら、無自覚にレグを死体蹴りする。それを聞いて獣人達は更なる絶望に沈む。


「きゃああ、お嬢様!! 強すぎて最高です!!」


 ベルが大はしゃぎで喜ぶ。彼女を一撃で引き裂けそうな獣人に囲まれているのに自分が傷つくとは露程も思っていない。そんなベルの姿を見て、ヴィアラは胃がキリキリと痛む。


(ホープエンド防衛戦の時とは強さの次元が違う。私達は今の対応で本当に大丈夫か?)


 シャドーエルフはアリシアを名前で呼ばず「魔将様」と呼ぶ。最低限の礼儀を見せてはいるが、疎遠であると言われたら反論は難しい。アリシアとシャドーエルフだけなら今の関係に問題は無い。しかしアリシアはいつの間にか派閥を持っている。これがそのまま魔城に味方すればシャドーエルフは立場を失うのではと危惧する。シャドーエルフは他の種族と仲良くする事に抵抗がある。それでもアリシア個人とくらいなら、とヴィアラは決心を固める。


「流石はアリシア様です。感服いたしました」


「あ、ヴィアラさん! 初めて名前で呼んでくれましたね」


「は、はいぃぃぃ」


(これは正解か? 失敗か?)


 ヴィアラはどう答えれば良いか分からず頭の中がパニックになる。


「これからも名前で呼ばないと拗ねますよ?」


 アリシアが悪戯っぽく追撃する。


「わ、分かりました!」


 ヴィアラはそうとしか答えられない。


「それであたし達はどうなるんだい」


 シューリアが苦しそうにゆっくり近づいて問う。


「ロギ様に聞いて」


 アリシアがロッドを指差す。そしてロギの幻影がその場に現れる。


「魔城様!」


 ネットから脱したヴィアラ達が膝をつく。


「ヴィアラ、ご苦労だった。良くぞ西への道を見つけた」


 ロギはまずヴィアラを褒める。


「西? となるとここは!?」


 アリシアが周りを見回す。


「かつてティファ―ニアと呼ばれた国の一部だ」


「では、ロギ様はずっとあの約束を!」


 アリシアが目を見開いて言う。


「その通りだティファ―ニアの王女よ。私の魔将となる事と引き換えに攫われた弟を見つけると誓った通りだ」


 ロギはルジャールを真似てオーバーアクションを交えて大仰に言う。この場にアリシアのみが居たらこんな回りくどい発言はしない。アリシアももう少し砕けた態度で接する。だがここには複数の勢力が揃っており、それぞれの仲は未知数だ。この中で最弱のベルがほぼ確実に敵対勢力なのはドジっ子の一言で片づけられるかロギには分からない。


「王女……様なのかい!?」


 シューリアが驚く。ティファ―ニアが滅んだことは知識として知っている。しかし王女が生きているなんて情報は聞いた事が無い。それでも活動範囲が余りに違うので特に問題視しない。もしグラースエヴァン王国の貴族がこの場に居たら天地がひっくり返るほどの衝撃を受けていた。


「そうなのです! お嬢様は押しも押されぬ第一王女なのです!! えっへん!」


 何故か関係無いベルが自慢げに語る。


「亡国の姫なんてただの流民だよ。気にしないで」


「俺達と同じだと!? 目にゴミが入ったぜ……」


 ケンタウロス、そしてミノタウロスは住処を追われた流浪の民だ。高貴なるアリシアが自分達と一緒だと発言すれば、おのずと好意的に受け取る。


「責任はあたしの首だけで頼めないかな、ロギ様」


「事情を聞いてからだ」


 ロギはレーダーを見る。シューリアとミノタウロス達は味方と表示されている。


「その前に……グレーターヒール」


 ロギが魔法を発動する。かなりのリソースを消費する魔法なので連発は控えたい。しかしこの場ではこれが一番効果的だと判断する。


「あ、足が?」


 シューリアが驚いて後ろ足で大地を数回蹴る。


「ヒビが入っていた三本はこれで治ったはずだ。事情を聞いている最中に折れては面倒だ」


「姉御の足を治して頂きありがとうございます!」


 副官がいの一番に礼を言う。シューリアと他のミノタウロスが続く。


(パフォーマンスは成功か。高位の回復魔法は希少と言う情報はフェリヌーン隷国の外でも有効か?)


 ロギは決して善意で治療したわけではない。力を見せ、恩を押し売れば相手の口が軽くなると期待する。


「お願い! お兄ちゃんを治して!」


 シューリアが治ったのを見てアムが懇願する。


「それは……むぅ……出来ん」


 ロギは多少勿体ぶって言う。


「なんで!? 獣人だから!?」


「落ち着けアム! ロギ様を責めては駄目だ」


 シューリアが必死にアムを止める。


「私の力は私に一定の忠誠心を持つ相手にしか使えない。魔将たるアメリアと魔城に忠誠を誓うヴィアラは当然として、降伏したシューリアもこの範囲に入る。だが獣人はどうだ?」


 ロギは獣人より激しい敵対反応が出ているベルが転移出来たのはアリシアの付属品扱いだからだと考える。アリシアの奴隷なら一緒に転移出来るのは魔城の使い方としては想定されていない穴だ。後日調査する必要があると手元の羊皮紙に書き綴る。


「ああ、どうすれば……」


 アムには自覚があるのかその場で座り込む。


「シューリア、このレグは救うほどの男か?」


 ロギはシューリアに問う。シューリアに決めさせると言うのは鬼畜だが、ロギはレグを助ける事を求めるのはシューリアだけだと見抜いていた。


「今のレグは足を引っ張ります」


「そんな!」


 アムの顔が絶望に沈む。


「ですが鍛えれば光るものがあります」


 シューリアはこの発言に八割方希望的な観測が混じっているのを知っている。これ以上の事を言えばただの大嘘になる。嘘を言わずに出来る最大限の援護だと自負する。


「信じよう。そのポーションを飲めば一命は取り留めよう」


 ロギは話しながらポーションを転移させる。アムは急いでそれを開けるも、レグは既に飲める状態ではない。アムは口移しでポーションを流し込む。するとレグがせき込み意識を取り戻す。


(効果があって良かった。獣人の生命力が他より強いのか?)


 ロギは治療が成功した事に安堵する。失敗すれば獣人をどうするかで揉めるのは目に見えていた。外から見たら「無様な戦い」のおかげで死人は出ていない。これなら事態を無事に納められると期待する。

応援よろしくお願いします。

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