011 ヴィアラvsシューリア
ラストウォールを発ったシューリア率いる獣人達は道中で遭遇した弱いモンスターをストレス発散に狩る。王国での強制労働とその後の長旅でかなり鬱憤が溜まっていたのか、戦争の時以上の残虐性を見せる。シューリアは獣人達が絶望の関門で暴発しなかったのはただ単に運が良かっただけだと知る。その事を副官に愚痴りたいが、耳の良い獣人に聞かれると更に拗れるので我慢するしかない。
(戦場が無いと死ぬ種族なんて眉唾と思っていたけど……)
シューリアは王国で蔓延している獣人の生態を信じていないが、レグ達を見ると一抹の真実が含まれているのではと疑ってしまう。幼い頃から小競り合いを繰り返す事で戦闘能力を高める獣人の生態を正しく理解するのは難しい。獣人視点では、ちょっとした小競り合いで死ぬ人間の弱さに首をかしげる。
「あの、遠くに人の気配です」
レグの妹であるアムがシューリアに注進する。シューリアは獣人の五感をフルに使った索敵能力を高く買っていて、その報告を信じる事で道中の面倒事を多く回避して来た。
「数は?」
「そこそこ多いです」
「分かった。位置的には勇者様が開いた経路の近くか」
シューリアはアムがもう少し具体的な数字を出せれば良いと思いながら、ラストウォールで得た情報と照らし合わせて可能性が高そうな状況を想定する。良い速度で進んで既に一泊している。崩落したと言う経路は昨晩の寝床とした。獣人たちに調べさせたところ、空気の淀み具合から何処かで行き止まりになると答えた。なのでシューリアはその南にある経路を目指す。
「盗賊かもしれない」
副官が懸念を言う。密輸に使われていると思われる経路だ。高価な物がフェリヌーン隷国に運び込まれるとは思えない。しかしあちらからは金貨などが流れて来るはずだ。フェリヌーン隷国には絶望の関門を通って王国から定期的に金貨と銀貨が送られる。シューリアが文官から聞いた話では「下手に独自通貨を発行される方が面倒ですから」らしい。
「そっちもあるが、それならレグに任せるだけだ」
「ああ、確かに」
シューリアの言に副官が頷く。相手が敵なら獣人に任せれば骨まで残さず処理してくれる。なら考えるべきは敵でない場合だ。何せ獣人は身内以外は全部敵と思って襲い掛かりかねない。証拠を隠滅出来る相手なら諦めがつく。しかし貴族かラストウォール所縁の文官だと面倒事になる。フェリヌーン隷国へ行けば発生する問題は無くなるが、今はそこに行く方法を探している最中だ。面倒事は出来るだけ避けたい。
「レグ! 人間が多い所は迂回して進む!」
シューリアは接触より迂回を選ぶ。レグは深く考えずに同意する。密輸洞窟を守る人間は大人数が迂回するのを感じて接触を避ける。大規模な盗賊団なら急いでラストウォールへ知らせる必要があるので、謎の集団が近づかない事に胸をなでおろす。
そこから更に一日南に下った所に一人ならギリギリ通れそうな洞窟を見つける。
「ここかい? あたしは無理だね」
「俺もこの角が引っ掛かりそうで……」
シューリアと副官は外から洞窟を見てあっさりと通過を諦める。副官は獣人達に諦めさせるために動いたので、この結果に一番喜ぶ。このままラストウォールへ帰り、絶望の関門が通行可能になるのを待つだけだ。
「ん? ちょっと待て」
膝立ちで洞窟の中を進んでいたレグが声を上げる。手で静かにしろとジェスチャーする。
そして待つ事三十秒ほど。レグが後ろ向きで這い出て来る。
「誰か来る。匂いは三」
「なんだって?」
「通過出来る奴がいるのか」
レグの報告を信じられないと言う顔で聞くシューリア。副官も驚くが、通過出来る可能性を捨てていなかったのでシューリアほど驚かない。
「出て来た所を殺る!」
レグが凶暴な牙を晒して言う。
「待ちな! 相手から情報を得るのが大事だ」
シューリアは止めるが、相手が情報を吐く可能性は低いと考える。
「そう言えば、モンスター捕獲用のネットを持っていたはずだ」
副官が言う。王国ではモンスターを捕らえる文化が無い。しかし砂漠では足を確保するために捕縛術が長く活躍している。
「あれに捕まるとあたしでも身動きが取れない」
シューリアもその効果は認める。
「罠か。気に入らねぇ」
獣人は罠に掛けられる方なので罠を使う事に抵抗がある。ただその身体能力があれば罠を一番有効に活用できる種族だ。
「罠で試して、最悪殺せば良いだろう?」
シューリアがレグを説得する。シューリアはこれが最善なのか分からない。ただ獣人と一緒に居る以上退くと言う選択は取れない。
そうして岩登りが得意な数人の獣人がネットを持ち上げながら洞窟の上で待つ。シューリアを始めとした他の者達は茂みに隠れる。
「来た!」
皆が息を殺して待つ。出て来た女性三人は見るからにすらっとしている。獣人達はあれなら罠が不要だと舌なめずりする。
「おかしい。静かすぎる」
先頭の女性が異常に気付く。獣人がいるために野生動物が息をひそめていた。シューリアはそれを瞬時に異常だと気付ける相手は厄介だと気を揉む。そして作戦通りにネットが落とされ、三人を捕らえる。
***
「ネット? 上は獣人が三人」
ヴィアラが瞬時に状況を分析する。これだけならまだ逆転できると考える。しかし他に十数人の獣人が茂みから出て来る。ヴィアラは最後の最後で油断した事を悔いる。ここまで来て魔城の任務を達成できないのは筆舌に尽くしがたい。
「くくく! 良いご身分だな!」
リーダーの様に振舞う男が笑う。
「何者? なぜこのような事をする?」
ヴィアラは自裁する前に少しでも情報を得ようとする。彼女は敵がネットを落としてからの行動が変だと気付く。本来なら抵抗できない様に棒で叩いて別々に拘束するはずだ。または殺すのなら矢を射掛けて仕留める。まるで捕らえた獲物を自慢する様な真似をしている眼前の男の狙いが読めない。読めないのならそれで構わない。シャドーエルフは死すとも任務を完遂させると魔城に見せるだけとヴィアラは後ろに二人に指で合図を送る。
「俺様か? 俺様は偉大なる獣人のリーダー、レグよ!」
「……そうか。私はヴィアラと言う」
シャドーエルフらしく「たった二十人しかいないのに?」と煽ろうと思うも、任務達成の妨げになると思いグッと堪える。ホープエンドには獣人がほとんどいないために獣人の生態には詳しくない。しかし伝え聞く所によると「馬鹿」だ。そしてヴィアラはレグとの短い会話でそれがある程度正しいと確信する。
(他にいる)
ヴィアラがレグに集中していると後ろの二人がヴィアラの背中を指でなぞって伏兵の存在を伝える。ヴィアラはレグが前座で、本命が後ろに控えている可能性に思い至る。それはヴィアラに都合が良過ぎる妄想だが、レグを見ていると正しい様に思える。
「はっ! すぐ殺す女の名前なんてどうでも良い!」
「そう、なら殺しなさい」
「泣き叫んで命乞いしても止めねぇぞ!」
レグが一歩前に進む。他の獣人も牙と爪を露わにして襲う準備をする。
「ちょっと待ってお兄ちゃん!」
「邪魔をするなアム!」
「東への道の事を聞くんでしょう?」
「東から来たのが分かっているんだ! 聞かなくてもこいつらの匂いを追えば良いだけだ!!」
レグは獣人らしい感性で妹を否定する。
「ふっ。松明すら持てない漆黒の洞窟でどこまで行けるか見ものだな」
ヴィアラは獣人の無知をあざ笑う。それがレグの怒りの炎に油を注ぐ。
「まずは貴様を血祭りにあげてやる!」
「準備出来た」
「いける」
後ろの二人が捕まってから初めて話す。
「ん?」
レグは何か攻撃が来るのかと身構える。しかし二人は一本のロッドを掲げて大地に刺すだけだ。
「がはは! そんな玩具でこのネットを持ち上げようとしたのか! 滑稽過ぎて笑える。なぁ、皆!」
「「わはは!」」
獣人達は一斉に笑う。しかし本当に笑っているのはヴィアラだ。このロッドを刺す事がヴィアラの任務だ。本来はもう少し戦略価値が高い場所に刺すのが理想だが、グラースエヴァン王国内で刺せたのは間違いなく成功だ。
『これはどういう状況だ?』
ロッドが刺される事でその辺り一面が魔城の支配領域となる。なればロギはそのロッドを起点に辺り一面を見ることが出来る。囚われたヴィアラ達。取り囲む獣人達。詳しい状況は援軍を送ってからゆっくり聞こうと手配を開始する。
「私の仕事は終わった。貴様の手に掛かる位なら自ら命を絶つ」
ヴィアラは任務が完了したのを見てナイフを首筋に当てる。もはや生き恥を晒す必要は無い。後ろの二人には悪い気がしたが、まだ自我が固まっていないのなら死へ恐怖も少ないと割り切る。
この状況を見てシューリアが一番焦る。東から来た組織だった動きの出来る一団だ。バックにはそれ相応の勢力が存在する。そしてそれは人間が多いイスフェリアと関係が微妙なはずだ。微妙で無ければもう一つの洞窟を堂々と使う。ここで出て行くべきかどうか迷う。彼女らを捕らえたのはレグだ。そして獣人は獲物を捕らえた者に優先権があると考えている。シューリアが待ったを掛けたら、横取りと判断される。獣人がその事でシューリアを攻撃するとは思っていないが、短気な獣人が何処で切れるかは計りかねている。そしてこの一瞬の躊躇が双方の明暗を分ける。
ズドーン。
「なっ!?」
レグとヴィアラの間に三体のストーンゴーレムが突然現れる。
「召喚術!?」
シューリアが驚く。
「違う、発動を感じなかった!」
副官が珍しく厳しい口調で叫ぶ。
「なら何?」
「ダンジョンに近い気がする。違う気もする」
「即ち、最悪ダンジョンマスターを怒らせたって事!?」
シューリアが焦る。ダンジョンに間借りして生活していたシューリアは知っている。怒ったダンジョンマスターは脅威だ。
「また死線ですかい」
副官は震える手でメイスを握る。シューリアと一緒についてきた他のミノタウロスも打撃系の武器を手に取る。獣人は確かに強いが、牙と爪ではストーンゴーレムと相性が余りにも悪い。ストーンゴーレムを倒すのならミノタウロスの様な打撃系武器が最良。
「あのロッドをどうにかしたら何とかなると思うか?」
「でなければお手上げでさぁ!」
「なら付いて来な!」
シューリア達が飛び出す。レグ達が全滅する前になんとかロッドを破壊しなければならない。
「おい、出て来るな! こんなデカブツに負けるかよ!」
レグが猛抗議をする。獣人はロギの想像をはるかに超える巧みな戦闘でストーンゴーレムと拮抗している。ストーンゴーレムの一撃が当たれば獣人はお終いだ。だが獣人は回避を優先してその一撃を躱す。獣人の攻撃は最初から効かないので、勝利は時間の問題だ。だがここでロギのレーダーで強いと分かる伏兵が動いた。
「次が来たらどうする! あのロッドは破壊する!」
シューリアはケンタウロスの脚力で大地を駆け、飛び上がって大斧をロッドに叩きつけようとする。隙が大きい代わりにどんな強敵すら退けて来たシューリアの切り札がロッド目掛けて放たれる。ネットに捕らえられた女が身を挺してロッドを守ろうとするも、その程度で威力が減衰する事は無い。
「貰ったぁぁぁ!!」
ガキィィィン!!
「何!?」
シューリアは一瞬空中で制止させられる。そして大地に足を付くのと同時に押し戻される。
「バカな!?」
そこには先ほどまでは居なかったパーティーに行くようなドレスを来た少女が立っていた。
「私は魔将アリシア。ここからは私が相手だよ、おばさん!」
アリシアは煌々と光る赤い左目でシューリアを睨む。炎を纏ったその剣は最低でも魔導剣の一種だとシューリアは瞬時に理解する。そしてエイリアンの外殻をぶん殴っても欠けなかった愛用の大斧が刃こぼれしている事に気付く。
「お嬢様、ここ何処?」
そこに気の抜けた弱音を吐く少女がアリシアの後に座っている。
「あれ? なんでベルまで居るの?」
アリシアも毒気が抜かれるも、シューリアから目を離さない。
「魔将様。その人間とロッドは私らにお任せを」
「お願いね、ヴィアラ!」
シューリアは舌打ちをする。新しく出て来た少女は自分より強いかもしれない。そして捕らえた女の知己だ。洞窟の上で隙を伺っている獣人を動かすか迷う。だが彼らはあそこに居た方が敵にプレッシャーを掛けられる。それが分かっているのか飛び降りては来ない。
アリシアは獣人を無視して距離を取ったシューリアに迫る。シューリアがそれに気付いた頃にはアリシアは必殺の距離にいる。
「速!?」
シューリアはその剣閃にぎりぎり斧をぶつける事に成功するも、まるで木の葉の如く吹き飛ばされる。
「人間の膂力じゃない?」
空中で姿勢を制御しながら、細い足が折れないのを祈りながら着地する。
「躱せるんだ!」
アリシアが笑顔で言う。最近はダアガス以外に強い敵が居なかったので成長した身体を十全に使える敵に飢えている。
「うおおお! 姐さんから離れろこの化物がぁぁぁ!!」
副官が援護をしようと大事な荷物を投げる。直接戦えば瞬殺されると知り、物を投げたのは知恵者らしい行動だ。
「ば、馬鹿! それは大事な……」
シューリアが悲鳴を上げる。副官が投げたのはラミア族から託された貢物だ。何かあればシューリアの首だけでは済まない!
「はぁぁぁ!」
アリシアがその荷物を斬ろうとする。
その時!
荷物に紋章が浮かぶ。
『斬るな!』
「え?」
ロギの言葉を聞いてアリシアが一瞬止まる。そして荷物の下敷きになる。
「姐さん、逃げ……」
「ま、待て。貢物に紋章なんてあったか?」
「いえ。然るべき場所に持って行けば分かる……」
シューリアと副官は気付く。荷物を乱雑に退けて戦意一杯で立ち上がる目の前の少女こそが、シューリア達が探し求めていた「然るべき場所」だと。
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