010 シューリアと閉じられた関門
「しかし変な話だね」
遠路はるばるラストウォールまで来たシューリアが干し肉を齧りながら言う。
「でさぁ」
エイリアンとの戦いで片方の角が折れたミノタウロスの副官が骨付き肉に齧り付きながら同意する。
「ちっ! 獣人だと見たら奴隷に出来ると思いやがって!」
二人と同じテーブルに座っているレグが毒付く。
「ラストウォールの外にキャンプを張ったのは正しかったみたいだね」
「一泊して通過するだけの予定でしたし」
シューリアと副官が計画変更を余儀なくされて悩む。
「おかしいだろうが! 話と違う!」
元々短気なレグが更に短気になる。
「そうだね」
シューリアは特に宥めず話を合わせる。ここで問題を起こすほど愚かでは無いと期待している。それに二度と帰らないこの城塞都市で騒ぎを起こしても彼女らは特に気にしない。そんなレグを副官が必死に宥めている姿を肴にビールの大ジョッキを飲み干す。
オレグマの客将としてグラースエヴァン王国の反攻作戦に参加したシューリアは約束の一戦が終わると同時に離脱したかった。しかし活躍した将を手放せるほど王国軍の戦力には余裕が無かった。大将軍ミルセン直々に頼まれては断り辛かった。結果的にオレグマのオアシス掌握をアシストする形になる事はどうでも良かった。二度と帰らないオアシスのその後はどうでも良かった。
シューリアとミルセンの話し合いはお互いの望みを言い、素早く妥協点を見つける事で終わった。人間なら早くて数日は掛ける所をシューリアは十五分で終わらせた。シューリアが商人として大成出来ない理由がこの細部に一切拘らない正確にあると副官は思っていたが、指摘しても治らないのは経験から知っていた。ミルセンは王国貴族ではあったが、本質が武人であった事が幸いし、シューリアは知らずに奴隷落ちする様な事態にはならなかった。かつてオレグマにもっと巧妙だが本質的には似た手口で奴隷落ちさせられた事すら完全に忘れていた。
シューリアは防衛用の砦が完成するまで残る。シューリアはレグ率いる獣人をもらい受ける。ラストウォールまでの道中で困らない様にミルセンが一筆与える。この三つを軸に数点細かい報酬が追加された。その一つがシューリアに与えられたケドワードの家名だ。なのでシューリアはグラースエヴァン王国ではシューリア・ケドワードと言う立派な名前を持っている。
グラースエヴァン王国では爵位を持てるのがヒューマン種に限定されている。なのでシューリアが与えられた家名はケンタウロスが得られる最高位の栄誉となる。王国では王国軍に属する男ケンタウロスに家名を与える事は珍しくない。王国の騎兵は重騎兵を中心にしており、軽騎兵は存在しない。王国の経済状況では軽騎兵を育てる余裕がない。なので軽騎兵より早く走れて騎射まで出来るケンタウロスは王国で好まれる。そして何より、流れ者を抜擢するだけなので育てるコストが実質ゼロだ。ただ軍馬の母胎以上の価値を見出されていない女ケンタウロスに家名を与えた例は王国の歴史の中でも一回あったかどうかだ。
シューリアの副官はグラースエヴァン王国にそれほど詳しくないので、家名に如何ほどの価値があるか分からない。シューリアなんかは与えられた傍から忘れている。獣人に至っては家名以前に名前に価値を見出せないので論外だった。そんな感じがしたミルセンは延長契約に一文を追加した。シューリアが離脱する際に、彼女付きの文官を王都経由でラストウォールまで帯同させる条件を科した。シューリアは元々王都経由でフェリヌーン隷国へ向かう予定だったので気にせずに受け入れた。
ミルセンは別にシューリアのために文官を付けたわけではない。文官が一人で王都に帰還すれば敵前逃亡を疑われる。シューリアと一緒なら任務と言い張れるだけの武力が傍にある。ミルセンは文官に本物の戦況報告書を託した。本来は大将軍の仕事である正規の戦況報告書をミルセンが書く事は無い。それどころか一行も読ませて貰えない可能性が高い。今回の戦争の資金を出した北方の商業連合、そして兵士を出した各貴族家が好き勝手にある事ない事を書き連ねる。
敵前逃亡で粛清された貴族の次男坊がエイリアンの将軍と壮絶な一騎打ちの末に命を落とした感じに事実が歪められる。ミルセンはエイリアンと長く戦ったが、エイリアンに将と呼べる個体とは未だ出会っていない。しかし王都ではエイリアン十六虫将なる奇怪な敵将が存在するとまことしやかに噂されている。幸か不幸か、四体までは討ち取られた事になっている。今回の報告次第で討ち取られた虫将の数が増えるかもしれない。
文官は王都で報告書を提出したら残っても良いのだが、そうなれば真実を知られた貴族に事故死させられる。ミルセンからすれば無駄の極みだが、貴族の誇りがその分間の生存を許さない。そんな文官もラストウォールまで派遣されれば一先ずは安全だ。ラストウォールまで追って事故死させるのは格好が悪いと言う思いが先に立つ。
「何とか事情を聴き出せました」
戦場に居た頃よりも痩せて髪の毛が薄くなった文官がシューリアの近くに来る。ここ二日は朝から晩まで文官時代のコネを使用して事情確認に奔走していた。
「やっと分かったか!」
「なんとも要領を得ない話ですが……」
「今の状態を考えればそんな話にも真実が隠されていそうだ」
文官とギリギリ話が出来る副官が言う。
「はぁ。ではこれが分かった事です」
数日前にシューリア達はラストウォールを超えて絶望の関門まで進んだ。本来、東へ行く者はフリーパスだ。しかし何故かシューリア一行は止められた。獣人と衛兵が一触即発の事態になるも、シューリアが事情を調べるのが先だと言ってその場はにらみ合いで済んだ。獣人の大半は外にキャンプさせ、シューリアはラストウォールで聞き込みをしていた
「ウェアウルフがホープエンドとイスフェリアの中間で大暴れして大規模な被害が出たそうです」
「おいおい? 俺達をウェアウルフと誤解したオチじゃないだろうな?」
レグが怒りで牙を露わにする。ドラゴニアンをトカゲ呼ばわりすると怒る様に、獣人は獣系モンスターと混同される事を嫌う。ロギなら獣人とウェアウルフは別物だと判別できる。しかしこの世界の大多数の人間は違いがあるとすら思わない。
「ウェアウルフは既に討伐されました」
文官はその事に触れず事実を淡々と語る。
「なら何が問題だ!!」
レグがテーブルをドン!と叩く。
「落ち着きな。見られている」
他の客がレグを見てヒソヒソと話す。レグは周りを一睨みして座る。
「大きい声では言えませんが、勇者が討伐しました」
「あっちに勇者が居たとは聞かないが?」
副官が疑問に言う。
「ボケたのかい? あるって事だよ、あれが」
商人に有るまじき死線を潜って来たシューリアは瞬時に気付く。密輸用の経路があり、勇者はそれを使ったのだと。
「勇者がウェアウルフを撃退したのはこちら側です」
文官が意味深に言う。
「ふ~ん。でも通り道があるんだろう?」
「それが、勇者とウェアウルフの戦いで山崩れが発生し……」
「それは残念じゃねぇか!」
レグは文官の言った通りに取ったが、シューリアと副官は裏に気付く。詳細は不明だが、勇者とウェアウルフの戦いで密輸経路が潰れたと見抜く。
「それで勇者は?」
「……新しい道を開拓したと」
「使えるのかい?」
「それは無理です」
「護衛とか荷物持ちで紛れそうなのに」
「いえ、そこは厳しく私もこれに辿り着けたのは運です」
「運か。そいつほど信用できないものはない」
副官が突っ込む。偶然新しい密輸経路の事を知れた、は運では片づけられない。誰かの思惑が裏で動いている。
「はは、実は王都の学園で同期の男が居まして、彼が色々帳簿を付けていなければ分かりませんでした」
文官は笑いながら言う。王都は密輸経路の事を知っていて、あえて見逃している。品物、そしてごく少数の人間の出入りには目を瞑る事でフェリヌーン隷国の安定を計っている。文官の立場ではこれ以上分からないが、フェリヌーン隷国で何らかのトラブルが発生している事までは分かる。
「そう言う事にしておくとして、お手上げって事かい?」
シューリアが本題に戻す。
「実はもう一つ経路があると言われています」
文官の話を聞いて、シューリアと副官は「話が旨すぎる」と警戒する。事実、この情報はラストウォールのサキュバスが流したものであり、非正規手段でフェリヌーン隷国に入りたい人間を人柱として調査に送る一環だった。ここのサキュバスがフェリヌーン隷国のサキュバスともう少し交流があれば、シューリア達が偶然来た一団では無いと気付けたはずだ。
「「……」」
「は! 罠なら食い破る! それだけだろう!」
レグが勢い良く叫ぶ。
「その場所を確認するまでなら……」
シューリアはどっちつかずの答えを返す。罠ならどうとでもなる。しかしそれ以上の面倒事だと手に余る。ただでさえ貢物を届ける予定が大幅に遅れている。これ以上の遅延はシューリアに仕事を命じたナーガ族の顔を潰しかねない。ただシューリアにはその場でレグに反対できない理由がある。フェリヌーン隷国へ正規の手段で入ればもう出て来ることが出来ない。そしてあんな僻地では商人として大成出来ない。シューリアは商人に向いていないが、彼女には彼女なりの拘りがある。誰も知らない経路で出入りすれば、彼女がフェリヌーン隷国へ行ったと誰にもバレずに済む。
「運動がてらに場所を確認しましょう」
副官は獣人とミノタウロスに身体を動かせてストレスを発散すべきと考える。弱いモンスターを屠りながらの散歩は丁度良いとむしろ歓迎する。ただ彼は謎の経路を進む事には反対している。獣人に諦めさせるには実物を見せるのが唯一の方法だと理解しているが故に、その場所へ向かう。
「私は五日ほどここに残り、それから王都に帰還します。席があると良いですけどね、ははは」
文官が渇いた笑いを出す。シューリアがラストウォールに着いてすぐに王都に帰還していればまだしも、少し長居し過ぎた。貴族がまだ彼の首を狙って血眼で王都を探している事を知らず、文官は早く王都へ帰りたかった。彼がここまで残ったのは大将軍の命令だったのと、手綱を握らないと周りに尋常ならざる被害が出るのを心配した。シューリアとミノタウロスは見た目とは違い理性的で王都なら小規模な商人としてはギリギリ黒字になりそうな商才を持っていると結論付けた。獣人の方は、その考え方が余りにも異質で彼らがどうやっても王国で住めないと再確認させられた。そんな獣人が纏まって東へ進む。道中のトラブルには事欠かなかったが、ミルセンが旅行費として渡した金貨の袋のおかげで何とか切り抜けて来た。文官が去った後にシューリア達が帰って来て問題を起こせば絶対に文官の責任問題にされる。それなら最後まで面倒を見た方が自分の将来に傷が少ないと諦める。
「思えばかなり世話になった。もしオアシスに行くことがあれば私の名を出すと良い。ナーガ族まではケンタウロスの誰かが繋ぎを取ってくれる」
シューリアは文官に礼を述べる。シューリアは軽い気持ちで文官にナーガ族との繋ぎを約束したが、それはとんでもないものだった。王国はナーガ族の後ろにあの書痴卿が居るのを知っている。しかし近年は彼へアクセスするルートが閉じ困っていた。王国、そしてこの文官はシューリアが書痴卿の貢物を輸送しているとは考えすらしない。そのため、この文官がナーガ族と接触する事があれば、それは盛大な歓迎を受ける事になる。
翌朝、シューリア達は噂の経路を下見に向かう。
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