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002 強訴するシャドーエルフ

 ルジャールがシャドーエルフを率いて玉座の間に雪崩れ込む二日前。彼は主だったシャドーエルフの小隊長を魔城の外にある拠点に集めた。エルフ攻めの前線砦の名目でシャドーエルフが独自に作った拠点に小隊長達が今後の戦略を話し合うために集合するのは特段おかしい事ではない。おかしくないと思われる様に数か月の時間を掛けて下準備をしたルジャールの手腕の高さが伺い知れる。


 ルジャール以下の小隊長が狭い拠点に缶詰めになる。その形はロギのイメージでは竪穴住居が一番近い。魔城が強化したシャドーエルフは戦う事に特化している。それ以外の事は満足にできない。屋根が落ちない程度の建物を用意出来たのは驚嘆すべき出来事だ。シャドーエルフが敵対しているエルフはもう少し進んだ建築様式を持っている。それでも良くてトリーハウスが関の山だ。ロギ、そして人類から見れば五十歩百歩だ。ただエルフは長い人生を掛けて精巧なデザインを持つアクセサリーを作れる。違うエルフを一括りでエルフとした場合、これがシャドーエルフとエルフの最大の違いとなる。


「よく来てくれた」


 ルジャールが鷹揚に両腕を広げる。


「閣下の招集とあれば何処にでも!」


 小隊長の一人が答える。エルフを殺しまくる事で信を得たルジャールへの忠誠心は一様に高い。


「エルフを駆逐する」


 ルジャールの発言に皆が力強く頷く。ルジャールは全員を一度見まわして言葉を続ける。


「しかし、このままではそれは叶わない」


「何故です!? 今も凡そ常勝ではありませんか!」


 気の早い小隊長が声を荒げる。現場しかしらない小隊長はこのまま勝利で終わると考えている。実際にはそうなのだが、ルジャールは見えすぎるが故に存在しない敵の影に怯える。


「本来なら既に駆逐し終わっている」


「それは! いえ、確かにここ最近の攻めは中途半端です」


「その通りだ」


「しかしそれは魔城様の戦略の一部では?」


 小隊長の中で三番目辺りに偉いシャドーエルフが発言する。経験を積み少し広い視野で物事を見れるシャドーエルフなら最近の攻勢鈍化は戦略上のリソース配分によるものだと気付ける。特に何もせずともエルフ討伐にリソースが再配分されると考えるのはおかしくない。


「然り! だがその戦略ではエルフ抹殺の優先度が低い」


 ルジャールが語気を強める。


「「……」」


「魔城様は西の人間への対処を優先される。勝ち確であるエルフの対処は更に後回しとなる」


「そんな事は耐えられない!」


「魔城様の決定に異を唱えるか!?」


 気の早い小隊長を他が窘める。ただ窘めた方も気持ちは同じだ。戦略が分かる小隊長もルジャールが言うのなら、と信じる方に傾く。「西が片付けばエルフ」と正しく考えているが、ルジャールに反対してまでそれを口に出す気はない。魔城の戦略がどうであれ、後回しにされている事自体は好ましく思っていない。


「私はホープエンドで魔将の戦いを直に見た」


 ルジャールが何故話題を変えたか分からず全員が耳を澄ます。


 シャドーエルフはアリシアを名前で呼ぶことはない。ルジャールはロギの前でなら呼ぶかもしれないが、魔城の中でも接触を避けているので二人が顔を合わせる事は稀だ。シャドーエルフは種族的に人間が自分たちの上に居る事が気に入らない。だが魔将なら自分達より上をギリギリ許容できる。故にシャドーエルフはアリシアが人間だと言う事を記憶の片隅に追いやり、ただ「魔将」とのみ呼ぶ。


「魔将は魔城様に逆らいホープエンドを守った」


「やはり人間……」


 何か言おうとするシャドーエルフをルジャールが手で制止する。これからアリシアと同じ事をするのに、アリシアの行動を非難する事は出来ない。


「そこで答えを得た」


「その答えとは!」


「力だ。魔城様に力を示せばシャドーエルフの悲願を通せる!」


「「力……」」


 ルジャールの発言の意味が理解出来ない小隊長はいない。彼らはルジャールを力尽くで制すべきか横目で隣のシャドーエルフを盗み見る。


「魔城様に弓を引くわけではない。ここは間違えるな」


 数人が動こうと思った瞬間にルジャールが補足する。まるで動くのが誰か謀っていたかの様なタイミングだ。


「となると強訴」


 小隊長の一人が呟く。反乱では無い強訴なら、と言う思いが強まる。彼らはルジャールが最初に無理筋な行動をぶち上げた後に彼らが同意できる過激な行動を押し通す策に嵌る。ロギは反乱だろうと強訴だろうと、この一件の後はシャドーエルフの評価を変えると気付かない。ルジャールは誰かが気付く前に一気に勝負を決めに動く。


「そうだ。シャドーエルフは力を示し、魔城様の許可を得てエルフを滅ぼす! 私に付いて来てくれるか!? シャドーエルフの明日のために!」


 時間を置き理性的に考えればこれは下策だと分かる。しかし狭い拠点の中に集った者達の一体感が彼らの思考を鈍化させる。


「「勿論! 私たちはルジャールと共に!!」」


 ルジャールの考えに小隊長達は賛同する。そして近く訪れる決行日を心待ちにする。


***


(裏切りか!?)


 玉座の間になだれ込むルジャール達を見て、ロギは想定していなかった魔城への謀反を疑う。


(魔城は敵認定していなかったぞ!)


 ロギは敵味方を識別出来るレーダーマップを使える。魔城の中ならその性能は大幅に強化され、見えない敵であろうと存在を感知出来る。そしてルジャール達は玉座の間になだれ込むまで味方と判別されていた。今では中立になっており、魔城はルジャール達をまだ敵とは認識していない。ただ遅いながらクラウンガーディアンがロギを守る様に数歩前に出る。


(私の認識が敵味方の判別に使われている?)


 ロギは目の前のルジャールを忘れて頭を抱えそうになる。ここでまた万能と思われた索敵能力に致命的な大穴があると身を持って知る。ロギが味方と思う存在は敵でも味方と判別される。今の状況が手遅れで無いとすると、手遅れになる前に発覚したのは良かったと切り替えるしかない。


「ルジャール、小隊長を引き連れてとは物々しいな。如何なる理由だ?」


 ロギは何処でしくじったと必死に記憶を漁りながら、少しでも時間を稼ぐべく平静を装い問いかける。アザンディオスに助けを求めたり、アリシアを強制召喚したい気持ちを必死に抑える。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』ではピンチと思ったのに大山鳴動して鼠一匹な状況が多くあった。ルジャールがロギを討つつもりなら既に死んでいる。ルジャールはロギの何かを欲している。そこまで必死に考えてルジャールの言葉を待つ。


「おお、偉大なる魔城様! このルジャールめにエルフ誅滅をご命じくだされ!!」


「「何卒!」」


 ルジャールはいつもの芝居が掛かったオーバーアクションでアピールをする。他のシャドーエルフは片膝をついて忠誠を誓う風を装う。ロギはそれを聞いて次の瞬間に首が落ちる事は無いと安堵する。


「エルフは現在攻めている最中ではないか」


 ロギはルジャールの言い分を理解出来ずに改めて問う。ルジャールがここで動くのは奇妙に思える。彼に何か急ぐ理由があるのだろうかと頭をひねる。


「さも、その通りでございます! しかし、ここ最近は西へ目を向けるあまり、エルフどもが息を吹き返す兆しが!!」


 ロギはそんな事は無いと思うが黙っている。敵を侮るのは下策だ。優先順位の関係からエルフは後回しになったが、敵に少し時間を与え過ぎたのはロギも認めるしかない。


「最後まで、か」


 イスフェリアの出来事を考えると、本来なら全軍を西に動かすべきではある。しかし全軍を指揮出来るルジャールが東へ進みたいと言うのなら一行の余地はある。


「如何にも!」


 ロギの発言にルジャールは笑みで答える。ルジャールが連れて来たシャドーエルフが全員首を垂れたまま嘆願する。


(アリシアを優先してエルフへの圧力を減らしたのがまずかったか)


 ロギは「こうでは無いか」とルジャールの行動を分析する。実際はアリシアがホープエンドで力を示す事で魔城の行く手を遮った事がルジャールの行動に繋がっている。しかしロギはそうだとは気付かずに次の一手を考える。魔城の戦力を充てにしていたからロギに首を垂れた。なら必要な戦力を提供すればこの局面は乗り切れる。ロギはフェリヌーン隷国の征服が終わるまで不要な波風を立てない方針を堅持する。


「シャドーエルフの小隊長を二人残せ。他の戦力はエルフとの戦いに当てるが良い」


 アリシアが潰した戦力の補充はもうすぐ終わる。それで一気呵成に攻めれば今のエルフでは耐えられない。戦線を一つに限定すれば魔城が勝てない敵勢力はフェリヌーン隷国に存在しない。この国の後ろにいる王国が動くのなら話は変わるが、未だ動く素振りを見せていない。魔城の勢力が絶望の関門を超えない限り王国は動かないと博打を打っても勝てるだけの状況証拠が揃っている。


「「おお!!」」


 シャドーエルフから歓声が上がる。声色からここまで事が上手く運ぶと思っていなかったのが伝わる。


「半年だ。半年でケリを付けよ」


 勝利目前のシャドーエルフがエルフとの決着を意図的に遅らせて軍権を手放さない方が大きな懸念と認識し、半年で区切る様にくぎを刺す。ロギならグールとゴーレムの指揮権を強制的に奪える。しかしルジャールほどの男ならグールとゴーレムを前線の捨て駒にする。そして魔城と捨て駒の間にシャドーエルフを展開する。ルジャールが魔城を討つために反転した場合、ロギを守る戦力は表向き存在しない。ロギ、そして魔城はそこまで無防備では無い。だがルジャールにはそう思わせた方が今後が有利だろうと黙したままにする。


「半年も頂けるとは感謝感激! 我らシャドーエルフ、魔城への忠誠は一層厚くなりましょうぞ!!」


 ルジャールが勝ち誇って宣言する。ロギの心配していた謀反をまるで考えた事が無い素振りを見せるが、ロギはその演技を信じる程ルジャールを侮っていない。


(故有れば裏切りそうな男が良く言う)


 ロギは口に出さず黙ってルジャールを見つめる。シャドーエルフがこれからの戦いに付いて来てくれるか。シャドーエルフは安全保障のためにイスフェリアを落とすまでは死力を尽くして戦う。そこは疑う必要が無い。しかし絶望の関門を超えて西へ行く理由がない。シャドーエルフはフェリヌーン隷国の全てを手に入れたとして、その三分の一すら統治できるだけの人員がいない。ロギの力で補充出来るシャドーエルフでは小規模な組織すら運命出来ない。次世代には期待が持てるが、出生率が低いエルフ系なのを考えると、完全勝利後の未来は決して明るくない。魔城と共に飽くなき戦争の日々を送るのなら、そんな現実的な問題と直面せずに済む。シャドーエルフがそこまで割り切れるかロギは自信を持って言えない。


 故にロギはルジャールを完全には信用出来ないが、フェリヌーン隷国を落とせばもはや理由なく裏切らないと考える。もしルジャールに裏切る好機があるのなら、それは今日をおいて他にない。ロギはそんな千載一遇のチャンスを「エルフ誅滅」という可愛いお願いで無駄にしたルジャールを嫌いになれない。これすらルジャールの作戦通りなら凄いが、そんな事は無い。粛清の可能性すら頭を過っていた所に満額回答を貰ったルジャールはひたすら困惑した。そして自分の動きすらロギの手のひらの上だと錯覚する。そしてこれがシャドーエルフが力の信望者へと変異する道を開いてしまう。

応援よろしくお願いします。

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