011 罠への招待状
「明日の夕方に盛大な歓迎パーティーが開かれるそうです!」
アリシアとダアガスが宿に帰って夕飯を食べている時に護衛してきた商人が上気した表情で話す。簡単な挨拶と事務レベルでの協議はやっていたが、ホープエンド領主の使者を歓迎する宴は諸般の事情で伸びていた。これが無いとホープエンドは歓迎されていないと受け取り、両都市の関係が悪化する。ただ先触れを送れなかったため、使者が帰る前に開催すれば問題無い。
「やっと終わりか」
ダアガスは興味が無さそうに言う。ここではアリシアに満足行く修行を付けられないので興が乗らない。
「買い物が出来なかった。明日も探す?」
アリシアは今日の買い物がほぼ空振りに終わったのを気にしている。歓迎パーティーが明日なら、最短で明後日に発つと計算した。これまでの商人との話で、その線が濃厚と思えた。商人も商談は終わったかの様に下男に帰還の準備を命じている。。
「まともそうな所は回ったぞ」
「そうなんだよね」
「もしよろしければ、私が……」
商人が売り込みを開始しようとしたその時に宿屋の扉が開き、厳つい人間が数人入ってきた。先頭は顎髭がある三十代後半の男だ。色鮮やかな服装から貴族の伝令だと分かる。それがこんな貴族が利用しない宿屋に何の用かは分からない。話を聞こうと近づいた従業員を一睨みで怯ませ、男が大声で怒鳴る。
「ここにアリシアなる少女はおらんか!」
「は~い」
「ふん。明日の歓迎会への招待状だ。遅れずに来い!」
それだけ言ってその男は取り巻きを連れて退出する。
「なんだったの?」
アリシアは困惑している。宿屋の他の客と従業員も何と言えば良いのか迷っている。
「悩むのは中を見てからにしろ」
ダアガスが無神経に手紙の封を切る。
「え~と、うげ、貴族的な言い回しか。う、う~んと、歓迎会に招待するってだけだね」
アリシアは念のために裏を確認するも、そちらには何も書いていない。
「その、拝見しても?」
「どうぞ」
商人に手紙を雑に渡す。商人は恭しく受け取る。アリシアと商人が貴族に抱くイメージの違いが如実に出る。
「確かに内容はアリシアさんの言った通りです。ですがこれは貴族の常識を知っている前提の事です」
「へぇ」
「送迎馬車の手配、着ていくドレスの用意、更にはダンスのステップは大丈夫ですか?」
「行かないと駄目?」
「総督閣下からの招待状ですから、無視すれば最悪ホープエンドでも犯罪者にされます」
イスフェリアでは確実に縛り首コースだ。
「はぁ、面倒!」
「師匠を誘わないとはなっていない!」
「誘われていたら一緒に逃げたのにね!」
「違いない!」
「「あはは!」」
師弟揃って笑う。
「二人とも、笑いごとではありません!!」
「今から気負っても疲れるだけだ。それに馬車の手配はこの宿屋に頼めば良かろう」
宿屋の従業員が「ええ!?」みたいな顔をしているが、商人はダアガスに同意する。まるで高すぎる宿代の意趣返しをしているかの様に良い笑顔だ。
「ドレスは数着持っている。ただ防御面で不安がある」
「今のビキニアーマーで良いじゃない」
「それは流石に……」
「でもこれって正装なんでしょう?」
「魔導王国の寵妃の正装を貴族のパーティーに着ていくな!」
「え~、残念」
「歴史ある装備だけに質が悪い」
「となるとどれが良いの? フリフリの付いている奴?」
「ここの宿屋の従業員なら最新のファッションに詳しいでしょう」
見かねた商人が一言入れる。彼はホープエンドを代表する人間として招待されるアリシアがビキニアーマーで総督に近づくのを避けなかった。いざとなれば自腹でドレスを用意してでも、まともなドレスを着せねばと強く念じる。
「ふむ、着付けまで出来るのなら任せれば楽か」
「師匠、楽をしようとしているでしょう!」
「当然だ! 弟子を着せ替え人形にする趣味は無い」
「あ~、そうだよね。師匠がコーディネートに悩む姿は面白そうだけど」
アリシアはダアガスが複数の下着をとっかえひっかえしてコーディネートを頑張る姿を幻視してクスッと笑う。
「勘弁しろ」
ダアガスがうんざりした表情で宣う。その台詞こそ宿屋の従業員が吐きたい台詞だった。
「ダンスのステップは?」
商人は度々アリシアを屋敷に誘っているのである程度踊れるのを知っている。踊るたびに踏まれる彼の足が覚えている。
「定番三種なら足を踏まない程度かな」
定番三種は踊れたら人類圏で恥をかかないとされるステップだ。他国同士の交流は限られている。それでも貴族同士が戦場で一堂に会する事はある。そう言う接触を経て、最低限全員が合意できるステップが考案された。共通語や金貨の重量みたいなもっと重要な案件の中にダンスのステップが入っていたのは貴族主導だったからに違いない。
「そうですか、この間踏まれた気がします」
「偶にはミスする」
アリシアはわざと踏んだと言えず必死に誤魔化す。
「はぁ。ですがステップは確認しておきましょう。地域の特色があって最初か最後だけアレンジが入る事があります」
「面倒」
アリシアが顔を引きつらせて思いっきり嫌な顔をする。
「仕方あるまい! 今日は早く寝る」
話が終わったのは夕食が終わってかなりしてからだ。ダアガスは商人と一緒に明日の馬車の手配をしに宿屋の主人と話に行く。アリシアは一足先に部屋へ帰る。
「ロギ様はどう思う?」
「罠だ」
「え?」
パーティーに招待された事を聞こうと思っていたアリシアは驚く。
「総督がアリシアを誘う理由はない。それが突然、取ってつけたように呼びつけた。奴隷商かあのサキュバスの差し金だ」
「何が目的?」
「分からないし、分かる必要もない。全て叩き切れ!」
ロギは人間の総督如きが魔将を呼びつける形になった事に怒っていた。魔城の本能は皆殺しを望んだ。それでもロギが最低限取り繕えたのは彼が用意したマスタープランに沿った行動を心掛けていたからだ。いつでも殺せる総督をここで殺せば不利になるのは魔城だ。
「それなら得意!」
アリシアはロギの葛藤に気付かず、純粋に励ましてくれているのだと思った。
「アリシアよ、まだ起きているか?」
しばらく雑談を続けているとダアガスが部屋に来た。
「師匠!」
「ダアガスか、ちょうど良い」
「ロギか。直接話すとはやはり敵が仕掛けるか」
ダアガスがロギと直接話す事は稀だ。アリシアとダアガスが殺し合ったあの晩以来ではここ数か月で一回も話していない。
「ええ!? 師匠も分かっていたの?」
「当然だ」
「ダアガスはパーティーに出席出来ないから、彼がどう動くかが重要だ」
総督は最強のトループを自由にすると言う致命的なミスを冒した。ロギはこれを最大限に利用し、イスフェリアに地獄を見せるべくダアガスに接触した。
「従卒のフリをして忍び込むか」
ドラゴニアンの従卒なんて悪目立ちするだけだ。
「ここは退路の確保を頼みたい」
「並みいる総督の手勢を切り捨てて血の道を作れば良かろう」
ダアガスの常識もまた人間の世界では理解を得られないものであった。
「そうなったらなっただ」
ロギもまた『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』の魔将基準で考えるのでダアガスの案をそのまま採用しそうになる。
「待って! 待って! ここからホープエンドまで帰るんだから!」
唯一人間らしい理性が残っているアリシアが必死に止める。この理性こそがアリシアが強く成り切れない足枷だ。
「アリシアならそう言うと思った。だからイスフェリア城を脱出して城門を飛び越えるまでの道を確保する必要がある」
歓迎パーティーが開催される時間は遅い。閉じた城門は朝まで開かない。
「金貨を使うぞ」
「何か案があるのか?」
ドラゴニアンが金貨を使うと聞いて純粋に驚き、何をするのか興味が沸いた。
「別行動をしている時に貧民街を散歩した。アリシアを襲ったスリみたいなのがゴロゴロ居た。あいつらは金貨のためなら両親すら殺す」
「酷い!」
アリシアが過酷な生活で壊れなかったのは家族仲の良かった幸せな記憶があったからだ。それすらも無いこのイスフェリアに住む人々の行く末を心の底から心配する。
「確かに酷い。そしてこれが統治失敗の結果だ。アリシアはいずれ同じ立場になる。気を付けよ」
ダアガスが淡々と述べる。だがドラゴニアンが本当に代々の勇者を育てて来たのなら、偉業を成し遂げて領主になった勇者を多く見ているのだろう。そしてロギはそう言う勇者の末路が幸せだとはとても思えなかった。
「そのために面倒な勉強をやっているんだ。それで失敗したらマイケラスの責任だ」
「それはどうなの?」
「それくらいの気概の方が良いのやも知れん。俺の知っている勇者は責任感が空回りしたのが多い」
ロギの余りな発言にアリシアが疑問を呈し、ダアガスが経験則からアドバイスをする。
「さて、明日のドレスだが戦いやすい奴を選べ。いざとなったら裸で暴れれば良い」
「なら脱ぎやすいのを選ぶね」
「神剣はこっちに返して必要に応じて呼び出す方が良いと思うが?」
「武器の持ち込みを許す程の度胸はあるまい。気にするは精神に影響を及ぼす魔法の類だ」
ファイアブリンガーとビキニアーマーには精神に影響を及ぼす魔法に対する防御力があるらしく、その二つを外したアリシアは彼女が自覚しているより弱体化している。
「対抗用のアクセサリーがある」
「あまりジャラジャラしたのは嫌」
ロギはアリシアが戦いの邪魔になりそうなアクセサリーを好まないのは喜ばしいのか迷う。ある程度着飾った方が絶対に美しくなるだけに少し残念に思う。
「やるべき事はこれくらいか?」
「あの商人に『生きて帰りたいのなら夜までに城門を出ろ』と伝えるか?」
魔城は商人の安否を関知しない。なので珍しくロギ自身の心赴くままに提案が出来た。
「死んでほしいほど嫌いじゃない」
「だが追っ手に追いつかれるぞ」
「私の手勢を動かす。帰路は襲われる事はない」
「え?」
「あれは貴様のか!」
「二人以外を殺さないように手加減するのは苦労した」
「襲わなければよかったのじゃ?」
「それは逆に不自然だ。俺がいたから乗り切ったと思われる方が良い」
「そうだ。これは通商破壊と言う戦略だ。予想通りに彼らの怒りを買い、彼らは魔城を目指す! そこで私が勝てばフェリヌーン隷国は落ちる!」
ロギは自信満々に語る。
「おお!」
「関心するな」
ロギの行動に思う所があり過ぎるダアガスが注意する。
「フェリヌーン隷国の事は取った後で話そう。それよりは明日の段取りだ」
貴族的なイロハに詳しくない三人が頭を揃えてもとんちんかんな結論にしか至らない。マイケラスの不在がこんな所で響くとは誰も予想しなかった。その中でロギは「次に買う奴隷執事は戦闘能力が高い奴にしよう」と斜め上過ぎる結論に達し満足する。
そして次の朝からダアガスは外に出る。アリシアも散歩をしようとするも、宿の従業員に止められる。そして少し早い昼食を取らされ四時間に及ぶ着付け作業になだれ込む。アリシアの体力を持ってしても、その精神的な苦痛は相当なものだ。
「ふぃ、終わった?」
「お、終わりました!」
従業員が両膝を付いて涙を流している。
「どうしたの?」
「いえ、目にゴミが入っただけです」
着飾った自分の姿にそれだけの力がある事にアリシアは気付かない。ダアガス、そしてロギですら想定していなかったアリシアに流れるカレンティーナの血が覚醒しつつあった。
応援よろしくお願いします。




