020 晩夏の防衛戦 包囲殲滅
討伐軍が攻城を開始して6日目の朝。連日の破城鎚の攻撃で城門を突破する作戦は失敗に終わった。度重なる強打で破城鎚の等身が縦に割れてしまった。討伐軍には新たな破城鎚を用意する気力が無かった。されど城攻めを放棄するわけにはいかなかった。当初貴族と冒険者を入れて82人居た戦闘要員は54人にまで減っていて。勝手について来た非戦闘員の209人は突然消えた出張娼館の30人以外は凡そ残っていた。
「ダグの村から返事は?」
キスーン卿の目の下には深い隈が出来ていた。食糧不足、睡眠不足、進まない城攻め、そして定期的に発生するゴブリンの襲撃から非戦闘員を守る手配。誰の目にも彼が限界なのは見て取れた。
「伝令すら帰らず」
血と泥で茶色く変色した包帯をした譜代騎士が答える。長引く対陣が影響したのか、最近は右目の視力が落ちてきており、それを隠すのに必死になっている。
「伝令を殺したに違いない! 騎士の敵討ちです!」
やたら声が大きくなったもう一人の譜代騎士が積極的な攻勢を進言する。
「どっちでも良い」
「拙僧らは従うのみ」
変わらぬジンドとフェインはキスーン卿に従うと言う。しかし内心は10日ほど城壁の外に出ただけでボロボロになった貴族とその騎士を見下し笑っていた。2級冒険者からすれば「貴族だから」と言う理由でこれまでずっと仕事を邪魔されてきた。邪魔者が消えてからが彼らの本当の戦いだ。ここで無駄な労力を使う気は一切なかった。
「天候が崩れそうだ」
ここでスライスが空を一睨みする。これまで彼の天気予報は8割近く正しかった。
「動くなら今日だぜ?」
ロバートが挑発的な言葉を投げかける。対陣初期なら譜代騎士のゲンコツが飛んでいた。もはやそんな事が気にならないほどに討伐軍は疲弊していた。
「ダグの村の背信はもはや明白。閣下の名の下に誅滅する」
ホープエンド領主の意志を代行していると主張するキスーン卿。
「全軍で向かいますか?」
「いや、魔城の抑えとして俺達と『輝く石頭』はここに残る」
「拙僧が非戦闘員の守り手を一時引き受けましょう」
ジンドとフェインは揃って略奪には関与しないと発言する。討伐軍の最強戦力がダグの村を襲わないと言う事は他の冒険者に取ってはチャンスだ。二人が恐れた通り3級冒険者の半分と4級冒険者のほぼ全てが参加を表明した。もはや魔城攻略を諦めたかのような彼らの行動に流石のロバートですら天を仰いだ。攻略失敗で死ぬのなら、生きている内に楽しもうと思う気持ちを理解できるスライスは数日で復帰すれば良いと考えた。
「全軍に号令だ! 急げば夜までに終わる!」
譜代騎士が主導し討伐軍が取れるものを取ってダグの村へ向かった。非戦闘員は突然の事に対応出来ず、右往左往していた。フェインが「補給のために動いた」と宣言し周りを落ち着かせなければ暴動に発展していた。
餓狼の如き勢いでダグの村に襲い掛かる討伐軍。ロギはこうなると予見し、スケルトンとゴーレムを討伐軍が通る獣道から遠ざけていた。
(ここまで近視眼的なら動かす必要は無かったか?)
目を閉じ、光点で表示されるレーダーマップで状況を見守るロギは脇目も振らず突っ走る討伐軍しか見えなかった。少しでも周りを確認する余裕があれば来る時に冒険者が放尿した大きな岩が無くなっている事に気付けたはずだ。ロギの想像以上に様々なストレスが討伐軍を蝕んでいた。
そしてその勢いのままダグの村を襲った。ダグの村は一体何が起こったのか理解できる間も無く、女子供に至るまで全員が殺された。特に家付きの騎士を殺されたと思い込んだ男爵の攻撃は苛烈で、殺された村人全員を中央の広場で串刺しにして放置した。その狂気の行動に参加した冒険者は恐怖して近寄らない様にした。生き証人となりそうなものを全員殺した後は各々が略奪に精を出した。討伐軍だけなら三か月は持つ食糧をかき集める事に成功した。ただし、その日の夜に開いた宴で大量に消費したので、実際確保できたのは2か月分弱となった。
「久しぶりに良く寝た気がする」
半壊させた村長の家で目覚めたキスーン卿は上機嫌だった。
「追いつめられ視野が狭まっていたに違いありません」
「ここまで貯め込んでおいて、一切供出しないとは、滅ぼされて当然かと」
譜代騎士の二人も意気揚々としていた。
「これからの行動は?」
「……城攻めに戻るしかあるまい」
「魔城は冒険者に任せて一度帰還する事も可能かと」
「駄目だ! そんな事をすれば負け犬として笑われる」
キスーン卿は靡きそうになるも、その献策を必死に否定する。キスーン卿は特別一級依頼に拘束されてはいない。彼が帰還しても罰せられる事は無い。しかし貴族社会には敗軍の将に居場所なんて無い。目の前で甲斐甲斐しく仕えている二人の譜代騎士に毒を盛られて幼い息子に家督を奪われる未来しかない。家に忠誠を誓う譜代騎士は家長が駄目になれば独自判断で家長の首を挿げ替える。それはキスーン卿でもホープエンドの領主でも違いは無かった。
キスーン卿が魔城攻略を諦めホープエンドに帰るのなら、ホープエンドの領主を力尽くで交代させ権力を掌握しないと自身の安全は確保できない。そしてキスーン卿にはそれが出来るだけの軍事力も政治力も無かった。よしんばホープエンドで成功してもイスフェリアが黙ってはいない。前進か死か。そう思えばキスーン卿の気が楽になった。
「なれば回復した英気が続く内に速攻を決めしかないかと」
「冒険者どもにたらふく食わせて昼夜問わず攻めさせる」
キスーン卿が無理と知りつつも、彼の頭では唯一と言ってよい勝ち筋を選択する。譜代騎士の二人もそれ以上の策は思いつかなかったので反論を控えた。
「なら非戦闘員で戦える者を使うべきです」
「使えるか?」
「木の板を装備すれば倒れるまでに矢を数発は凌げます」
「良かろう。それに無駄飯食らいはもはや不要だ」
追い込まれる事で寛大な貴族のメッキが見る見る剥がれ落ちる。こうして攻城戦が始まってから8日目の昼前に戻ったキスーン卿は2級冒険者ですら異を唱えそうな修羅の如き決断を下した。
***
「攻め方が変わった?」
ロギは討伐軍の動きを見て冷静に分析した。
「少しはマシな攻めになったか?」
ここまで出番が無いアザンディオスが問う。
「う~ん、逆だ。あの貴族がダグの村に行く前の方が脅威だった」
戦う能力の無い人間がゴーレムアーチャーの餌食になる。昼夜を問わず攻めているから疲れて冒険者が矢避けに失敗して絶命する。流した血の総量が結果に繋がるのなら、今頃キスーン卿は奇跡の大勝利を飾っている。
(動画で見た第一次世界大戦のマシンガンで守られた塹壕に突進する兵士みたいなものか)
無駄でもそれ以外の方法が分からないから、その無駄を繰り返す。もはやロギに取って討伐軍の相手をするのは時間の無駄でしか無かった。しかし魔城もまた「アリシアの単騎突撃」以外にこの戦いを素早く終わらす方法を持っていなかった。
「ロギ様! 私ならいつでも行けます!」
ロギの葛藤を察してか、アリシアが自分から声を上げる。
「……分かった。一手試す。それの結果次第で動いて貰う」
「はい!」
アリシアは頼られたことが嬉しかったのか、笑みを浮かべる。
(あの騎士を殺した事に良心の呵責は無い。だがあれは魔城を襲った相手に対する正当防衛に近い。戦意が無い後方要員を斬れるか? 斬っても大丈夫なのか?)
この段階にあって、ロギの懸念は後方の非戦闘員だった。下手に残したり逃げられたりしては面倒だ。少数で離脱を謀った者達はダグの村へ向かう道中に待ち伏せして殺した。キスーン卿と一緒にダグの村へ行き、そのままホープエンドへ帰った少数以外は見逃す気が無かった。ロギはアリシアをホープエンドに潜入させるには多少の情報漏洩は必要だと考えた。だからこそキルレートが悪化しても隠せる手札は隠した。
ここで討伐軍を返り討ちにする作戦を実行すればその隠していた手札の一枚か二枚を見せる事になる。見せるのなら誰一人帰すわけにはいかなかった。
「包囲開始!」
夕暮れを待ち、魔城とダグの村の中間に配置した戦力を魔城に呼び戻す。この時間から動けばちょうど深夜に討伐軍の陣地の外周に到着する。狙いは非戦闘員だ。戦闘員の攻撃は最初から無視前提で命令を下す。
「これは明日に終わるな」
アザンディオスがロギの指揮する見事な包囲陣を観察しながら評す。アリシアも興味深そうにロギがテーブル上で動かしている駒を見ているが、「格好良く動いている」以上の感想を抱けなかった。そして深夜。連夜の攻勢で冒険者の疲労がピークに達しつつある中で包囲軍が襲い掛かった。
***
「攻撃だ! 後方! 後方から……」
それだけ言って太った商人は頭から矢を生やして絶命した。
「矢だと!?」
裸で寝ていた4級冒険者が眠い目を擦りながら立ち上がるのと同時にゴーレムのパンチが頭に当たり、彼は二度と立ち上がる事は無かった。陣地に文字通り特攻したゴーレムトループは馬車の車輪と荷馬を中心に破壊の限りを尽くした。暗闇と奇襲の混乱が無ければ、人間は道を開けたら襲われないと気付けたかもしれない。ゴブリンアーチャーが放った火矢が馬車に当たり、一面に火の手が広がる。
「誰か、消化!!」
「こっちはゴーレムの相手で、うぎゃ!」
「糞、前線から冒険者を呼び……」
「助け……」
「死ぬんだぁぁぁ!?」
騎士と冒険者20人余りが状況把握に努めるが、150人を超える非戦闘員のパニックの前では暖簾に腕押しでしか無かった。非戦闘員を見捨てる気概があれば再編成から包囲網突破が現実的に可能であった。
「ゴーレムアーチャー、長距離射撃に移行!」
弓の友好射程は100メートルだ。バリスタでも300メートルは超えない。それが世界の常識であり、キスーン卿はそれを踏まえて良い感じで布陣した。ただそれは人間が基準の場合でしか無かった。ゴーレムアーチャーと言えど300メートル越えは厳しい。しかし魔城からの攻撃が陣地に届くかもしれないと思わせれば十分だ。人間は前後からの同時攻撃に弱い。
「陣形を整えろ! キスーン卿がここに来られるまでねば……」
ロギに取っては幸運な事に、陣地より少し前に出て奇襲に対応していた騎士にゴーレムアーチャーのヘッドショットが決まった。ロギが魔城の魔法でゴーレムアーチャーの命中率を一時的に高めていたのが功を奏した。ゴーレムアーチャーにバフを掛けるのは非常に非効率的でロギが好む手ではない。しかし勝負所でケチる事の方を嫌ったロギが大盤振る舞いをした。パニックが冒険者にまで伝搬し、そこからは一方的な戦いとなった。
「見事!」
「ロギ様、凄い!」
アザンディオスとアリシアが惜しみない賛辞を贈る。もはや陣地に籠っていた討伐軍は一人残らず死ぬ。しかしキスーン卿を始めとした2級冒険者はまだ残っている。彼らがここで逃げたら魔城には彼らを倒す手立てが無い。
(どうする? ゴーレムアーチャーの攻撃を集中したら数人は殺せるが、そうなれば全力で逃げるはずだ)
悩むロギに思いがけない提案が飛び込んで来た。
「城門を開けよ」
「動くか?」
「最後は大魔王が締めねば格好がつかぬ」
アザンディオスはロギの良い戦いを見た。なら観戦の代金を払うべきと考えたのは自然の成り行きだ。そしてアリシアに戦い方を見せる良い機会とも考えた。アリシアは強くなる。しかしこのままではこれ以上伸びない。真なる、そして絶対的な力の片鱗に触れねばならない。大魔王アザンディオスが友と後輩のために遂に動く決心をした。
何をしてもビクともしなかった2重城壁の城門が轟音をたてながら開く。進むは地獄。退くは恥。
「進め!」
キスーン卿は迷わず命じた。
「「応!!」」
『巨人の鉄腕』が『輝く石頭』雄叫びを挙げて突っ込む。晩夏の防衛戦の最後の戦いが今始まる。
応援よろしくお願いします。




