019 晩夏の防衛戦 逆包囲
討伐軍の攻勢開始から3日目の夜。キスーン卿を始めとした首脳陣は微妙な顔をして今後の作戦を協議した。終始不機嫌なキスーン卿に変わり、頭に包帯を巻いた騎士が進行役を務めた。
「これまでの戦いを一言で表すのなら『惜しい』に尽きる」
これについては全員が同意した。魔城が手加減しているとは考えられなかった。教えられたとしても全力で否定していた。
「いつも『後一手』が足りない。もどかしい!」
ジンドが両手を叩き合わせて苛立ちを隠さない。
「初日から作戦にミスは無い」
スライスがジンドの肩を叩きながら言う。初日の昼は城門を攻めながらゴーレムアーチャーを攻撃した。スライスの情報収集は的確で、ロギですら冷や汗を掻いた。
「言っとくが、俺の魔法はちゃんと効果があったからな!」
「魔城があそこまで積極的に破損したゴーレムを下げるとは拙僧も思いませんでした」
ロバートはその口の悪さが黙認されるだけ強い魔法でゴーレムを破損させた。数発叩きこめばゴーレムアーチャーを確実に破壊できた。しかしロギはそれを許さなかった。一発食らった所で後方へ退かせて、予備のゴーレムアーチャーを出した。破損したゴーレムアーチャーを魔城のマナで急ぎ修復し、次に破損したゴーレムアーチャーと入れ替えた。実は破損速度が修復速度を上回っていたが、ロギは相手の攻撃力から「一撃で倒されない状態」を割り出し、的確な自転車操業でピンチを乗り切った。
城壁の上を見る手段が無く、下からの観測で状況を推察するしかない討伐軍は無限に湧き出るゴーレムアーチャーの攻撃に晒されたと信じた。そうなってはこれ以上の攻めは無駄と判断され、その日は日没と共に攻勢を止めた。
「降り注ぐ矢玉の数から一度に動かせるゴーレムの数は少ないと判明した。なので初日は仕事が無く燻っていた者達を使い三方向から攻撃を仕掛けた」
包帯の騎士の考えは半分正解で半分不正解だ。ロギが一度に上手く指揮できるゴーレムアーチャーは十体に満たない。しかし魔城の自動反撃に任せれば動かせるゴーレムアーチャーの数は天井知らずだ。手持ちのマナ残量の問題を指揮力の問題と誤解されたのはロギに取っては幸運だった。更に言えば、ロギは自分の体たる魔城の中なら何処へでも瞬時に転移出来る。複数の場所を矢継ぎ早に回って的確に指示を飛ばす事が可能だ。
「俺達が補助に回るのを断られていなければ」
ジンドが吐き捨てる。
「戦力の集中は常識だろうが! 勝手に各個撃破されるのを選んだ奴らの尻を持つなんてごめんだ!」
ロバートがジンドの発言に噛みつく。二人が殴り合いになりそうなのを双方の陣営が止める。
「ここで味方同士で争うのはいけません!」
この時ばかりはフェインの正論は虚しく響いた。
「理論上は上手く行っていたはずだ。三方からの攻撃で魔城の防御力を飽和させる。それが確認され次第俺達が本命として壁を登る。ミスはゴブリンの襲撃だけか?」
ジンドとロバートの喧嘩を他所に、スカウトとして情報分析に自信があるスライスが呟く。三方面の戦いを見た限り、一方面だけが手強く、残りの二方面は攻めやすそうに見えた。しかしその攻めやすい方面が動くと途端に敵が手強くなった。そこからスライスは一人の指揮官が城壁を駆けまわっているのだと考えて城壁上の動くを注視した。しかし狙っていた移動する指揮官は結局発見できなかった。
「それ以外にあるものか! ゴブリンすら操る呪われた魔城など一刻も早く破壊せねば!」
もう一人の譜代騎士が断言する。スライスはあのゴブリンは野生だと考えていた。ゴブリンが側面攻撃を計画できる知能を持っていれば、その方が問題だ。大草原のゴブリンを知らない人間に取って、ゴブリンの知能は人間の5歳児にすら劣っていた。そんなゴブリンに4級冒険者が6人も殺され、一方面が壊走したのは討伐軍の誰もが認めたくない事実だった。
ジンドとフェインがパーティーを率いて救援に向かい、何とか全軍の壊乱だけは防いでいた。この件を直接見ていたキスーン卿は怒りに身を任せその方面を指揮していた男爵を一刀の下に斬り捨ててしまった。その男爵の私兵は当然黙っておらず、事態が鎮圧される頃には同士討ちで10人近くが死体になって転がっていた。キスーン卿も左腕を折られるほどの怪我を覆い、フェインの治癒魔法が無ければ戦線離脱を余儀なくされていた。
「しょせん烏合の衆! やはり戦力の集中こそよ!」
あの時を思い出したのか、左腕を擦りながらキスーン卿が声を張り上げる。
「全くその通り! それを実践した今日は良い結果に終わりました」
包帯の騎士が主君を持ち上げる。これ以上不機嫌になっては困るのは全員の共通した認識だった。
「人足に丸太を伐らせて破壊槌を作るのは実に貴族らしい発想だ」
「拙僧らにはとても思いつきません」
ジンドとフェインが追随する。
「であろう! であろう!」
上機嫌のキスーン卿が大笑いする。
「城門突破に戦力を集中。主力を破壊槌の護衛に付ける。破壊槌の材質が違えば……」
譜代騎士が今日の問題を材質のせいにする。
「けっ!」
ロバートはその判断に不満だったが、自分がやり玉に上がらないのなら気にしない事にした。
「明日も同じ事を続けるのか?」
スライスもこのまま攻めては結果に繋がらないと考えたが、まずはキスーン卿の判断を仰ぐ。
「当然だ! このまま城門を破壊する」
キスーン卿は自分の作戦が失敗に終わるとは認められなかった。幸い今日の攻勢で死んだのは一人。もう数日続けても被害はそう出ないと考えた。方向転換をするにもそれからで良いと自分に言い聞かせた。
「それは良いのですが、そろそろ食糧の残りに不安が出てきました」
包帯の騎士が遂にこの場の雰囲気が悪い理由に言及する。ここまでの城攻めでゴブリンの襲撃以外では死者の数が少なかった。大規模な城攻め経験がある者が居たら、余りにも不自然な死者数に言及していた。フェリヌーン隷国にそんな人間はいないので魔城が意図的に死者が出ない様にしていたと理解できない。ロギが直接指揮している中で出した死者は初日から合わせてたった3人だ。ロギは討伐軍の数を見てまずは兵站に注目した。貧弱の一言だと確証を得てからは討伐軍を飢えで自壊させる方法を選択した。魔城の本能は異議を唱えたが、皆殺しに出来ると聞いて当面は静観する事にした。
「あの村から返事はまだ来ないのか!」
キスーン卿が苛立つ。最寄りのダグの村に食糧の供出を命じていた。しかし村へ送った使者はまだ誰も帰ってきていない。
「冒険者だから舐められたか」
ジンドが自分の過去を振り返りながら言う。昨日は弱い4級冒険者数名を伝令に出したのだが、彼の腕では強硬に反対する村人を説得する事は出来ない。場合によっては既に村人の手で殺されている。ただ酔っぱらわされて一泊しただけなら良いのだが、ダグの村人の目を見た限りそれは余りにも薄い希望に思えた。
「今日は騎士様だろう?」
ロバートが皮肉たっぷりに言う。騎士が失敗すれば、討伐軍は村人が騎士を殺したと決めつけて襲う。最初からそう言う段取りだ。失敗する事を望まれての派遣だった。それも初日に城壁にかぎ爪を掛けた貴族の家付き騎士を送ると言う鬼畜な一手だった。これで騎士を失えば、その貴族が初日に稼いだ功績と騎士を失った失態が相殺される。騎士を失った分だけ、最終評価はマイナスに傾くだろう。
「暇そうだったのでな」
キスーン卿は悪びれずに言う。
「急がずとも明日か明後日には答えが分かります」
明日までは伝令の誰かが帰って来る事に期待する。明後日なら有無を言わせずに村を襲って答えを出す。討伐軍は生き残るためにギリギリの戦いを開始した。
***
「はぁ……はぁ……何という事だ! ここまで! ここまでだったのか!?」
手負いの騎士が森の中を当て所もなく彷徨う。背中からは3本の矢が生えており、治療を受けなければもう長くは持たない。
彼はキスーン卿の命令を受けてダグの村へ食糧を接収しに向かっていた。主君が雇った10人の冒険者を引き連れて、最初から力尽くで村を襲うつもりだった。完全武装した騎士が率いる10人の武装集団。村を奇襲したら確実に勝てる。冒険者数人を失うかもしれないが、特に気にする事では無かった。
意気揚々とダグの村へ向かう途中で奇襲を受けた。奇襲程度で倒されるほど弱くは無かったが、相手がスケルトンアーチャーだと知り冒険者に動揺が広がった。頭を破壊すれば倒せるが、冒険者の基本装備である剣と槍で頭蓋骨は破壊し辛い。魔法を使えれば一発だが、そんな上等な人間はこんな仕事に駆り出されない。
突破するのと撤退で意見が分かれた。騎士は撤退を選択した。確証は無かったが、魔城の配下なら本隊が危ない。それが失敗だった。退路を塞ぐストーンゴーレムを抜けず、後ろから矢を射かけられた。そしてスケルトンアーチャーとは違うスケルトンが左右から襲い掛かって来て騎士達の命運は決した。
騎士は最後の気力を振り絞り、森へ飛び込んだ。そして彷徨った。
カチッ。剣を構える音がした。騎士が音の発生源を探すと、一人の少女が立っていた。
「君は……こんな所で……」
ザシュ。騎士は状況が理解できないままアリシアに首を落とされた。
『ロギ様、殺しました』
『ご苦労。帰還してくれ』
『はい!』
アリシアはロギの命に従い遠回りで魔城への帰還を開始した。北に大きく周り、魔城を超えた辺りで南西に進めば討伐軍とかち合う可能性はゼロだった。かつてアリシアを襲ったアールヴもそのルートには存在していない。
***
「まずはクリアか」
ロギは討伐軍よりアリシアの精神状態が気になっていた。今回騎士を殺したのも、人を殺した影響が出るか調べるのが本命だった。もし何らかの理由でアリシアが騎士を斬れなければ、それはそれで良いと割り切っていた。
「討伐軍も哀れな。攻城しているつもりが包囲されているとは」
アザンディオスが玉座の間に映し出されている戦況マップを見て唸る。最初はロギの指し手を不思議に思っているだけだったが、11人もの敵を鮮やかに殺した手口を見て評価を上方修正した。アザンディオスなら魔城もこの包囲網も一人で突破出来るので、この凄さを理解するのに時間が掛かっても仕方がない。
「倒れたまま森に配置したスケルトンとゴーレムを察知されたら終わっていた」
ロギは討伐軍が来る前に魔城とダグの村の中間辺りにモンスターを潜ませていた。本来なら気付かれる状況だが、未開の地でゴブリンなどの野生モンスターが居たのと合わさって動かない魔城の手勢は察知されなかった。それと討伐軍が遅れたのも見過ごせない。討伐軍がロギの予想通りに来ていたら、気付かれていた可能性が高い。スケルトンとゴーレムが10日近く動かなかったおかげで雨水と泥に濡れ、少しながら植物がその上に育ちだした。そこまで自然に近づけば余程辺りを注視している人間でないと気付かない。事実、討伐軍の冒険者の数人はゴーレムを岩と思い、それに放尿していた。
「して一気にやるか?」
「う~ん、彼らはダグの村を襲う気だ。それを見守る」
ロギはダグの村の人間を皆殺しにする気だった。アリシアが手を汚せば気分が晴れるだろう。しかしあんな村人を斬る価値があるか? ロギには答えが出なかった。なので死ぬのならそれで良いと直接手を下す事に拘らなかった。
「一部は逃げるぞ?」
「望むところだ。ホープエンドがパニックになれば次の一手を打ちやすい」
ロギが薄く笑う。
「なら楽しみに見守るとしよう」
アザンディオスはそれを聞いて満足そうに頷く。討伐軍、そしてダグの村の命運はすぐに潰える。次の戦場を既に用意したと言うのなら、アザンディオスと魔城の本能双方に異論はない。ロギは思うがままに力を振るうべきだと結論付けた。
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