018 晩夏の防衛戦 威力偵察
早朝、日の出が始まるもまだ辺りが薄暗い中で討伐軍は動き出した。
「魔城に取り付き、壁を超えろ!」
城門から300メートル離れた位置から一際大きい声で貴族と思える男が号令を出す。彼は一早くキスーン卿に賄賂を渡して討伐軍への参加を黙認して貰えた。その結果、栄誉はあるが功績は稼げなさそうな一番槍を任された。彼は不満を隠そうとせず、前進する12人の私兵を見守る。11人は彼が私財で雇った4級冒険者だ。ギルドマスターは3級以上と言っていたが、個人的に雇ったのなら文句を言われる筋合いはない。3級を雇えなかったのは純粋に財力の問題であり、他に参加した貴族の中には主力級を揃えた者もいる。そう言う輩は逆にキスーン卿に警戒され、攻める順番で冷遇されていた。
彼の私兵が城門から100メートルの距離に到着したら城壁から矢による攻撃が始まった。4級冒険者でも対応できる散発的な攻撃の中を彼らは進む。偶に運が悪くて腕か足を射抜かれる冒険者がその場で倒れて痛みでのたうち回る。魔城は負傷者を積極狙わず彼の悲鳴が長続きする。
「アーチャーは20か?」
戦況を見守るジンドが発言する。
「数はそんなところだ。だが軌跡にブレが無い」
スライスが同意するもスカウトらしい見解を付け加える。
「だとどうなる?」
「魔道具かゴーレムの類を使っている」
「ふむ、疲れ知らずは困るな」
「無駄に矢玉を消費させて弾切れを待とうぜ」
「俺はそれで良いが……」
そこでジンドは言葉を濁す。スライスは理解したと伝えるために無精ひげを撫でる。『巨人の鉄腕』は持久戦を選択できる。『輝く石頭』も同様だ。2級冒険者パーティーなら半年くらい掛けて依頼を遂行する事には慣れている。ここ百年に限定すれば、グラースエヴァン王国の2級冒険者パーティーが一つの依頼に掛けた最長は15年となっている。魔城攻略が特別一級依頼に指定されている限り、最低一年の猶予はあるとジンドとフェインは考えていた。複数のパーティーで遠巻きに包囲を継続し、定期的にジンドかフェインがホープエンドへ報告に帰れば良い。
「勝てる! 勝てるぞ!! このまま追加戦力を……」
ジンドとスライスの後方で大声がする。
「お待ちください! まだ初日です」
「今しばらくは魔城の防備を丸裸にする事に専念すべきかと」
魔城の攻撃が温い事に狂喜乱舞したキスーン卿が一気に決着を付けると騒ぎ出す。彼の譜代騎士二人が必死で翻意を促す。キスーン卿の発言は攻城に限定すれば間違いだが、全体から見れば間違いでは無いのが事態をややこしくした。そしてそれこそがジンドとスライスの胃痛の種だった。300人もの人間を維持出来る食糧はこんな辺境には無い。手持ちだけで3日持つかどうかだ。『巨人の鉄腕』と『輝く石頭』だけは一月持つだけの食糧を持っているが、彼らの中で口を滑らす者はいない。現実的な路線としては別動隊でダグの村を襲い、住民を皆殺しにした上で彼らの私財を含めた一切合切を強奪する事だ。幸い、魔城と言う責任を押し付けられる敵が近くにいる。村を滅ぼした魔城を討伐したとあれば、功績が更に上澄みされる。キスーン卿に取っては良いこと尽くめだ。
「フェインも神の敵をいち早く討ちたいのではないか!」
キスーン卿が名誉アドバイザーに就任しているフェインに問う。
「拙僧は最初の城門が突破されるまで様子を見たい」
フェインは玉虫色の回答を返す。フェインは強い。強いから得体の知れない魔城に入る気は無かった。最終的には彼とジンドが決死隊を率いるのは分かっていた。だがそれまでは情報収集を密にし、少しでも勝率を上げる堅実策を好んだ。
「やるにしても、あのアーチャーを片付けてからだ。常識だろ……」
聞かれてもいないロバートが発言し、譜代騎士の一人にぶん殴られる。大きな音と盛大にこけたロバートの姿と裏腹に、ロバートはほとんどダメージを受けていない。譜代騎士も本気で殴ってはいない。しかしこんな小規模な騒ぎを起こす事でキスーン卿の考えを逸らせれば御の字と考えた。
「アーチャーを潰す案には一考の余地があります」
頭に包帯を舞い散る譜代騎士がキスーン卿に進言する。
「攻城兵器は無いぞ?」
「なればそれは拙僧らにお任せを」
「本当か! なら任せる」
「はっ!」
フェインはロバートを首根っこで掴んで地面に座ったまま引き摺る。
「立てるっつうの!」
ロバートの抗議を無視し、ジンドの側に来る。
「聞いたぜ。俺ので使えるのは出す」
「感謝します」
「なら昼過ぎから動こう。俺が斥候を率いてアーチャーの位置取りを調べておく」
スライスの発言に全員が頷く。冒険者は生活がカツカツのために無駄なリソースを使う事を極端に嫌う。無駄なリソースを使えないと上に行けない仕様になっている。ジンドとフェインはそこら辺のバランス感覚に優れており、使い処を極力誤らない事で2級にまで上り詰めた。
「おい、見ろよ! 誰かが壁にかぎ爪を掛けたぞ!」
ロバートが指差す。それを聞いてジンドはおろかキスーン卿まで席から立ち上がって確認する。
「見掛け倒しなのか?」
「いや、手玉に取られたのは俺達だ」
ジンドの呟きをスライスが即座に否定する。否定とほぼ同時にかぎ爪を掛けた冒険は10本の矢を体から生やし悲鳴を上げる間すらなく絶命した。
「あちらも様子見ですか。それだけの知能があると」
フェインが静かに言う。その意味を理解出来た者は震えあがったが、大半はかぎ爪の成功体験にのみ目が行った。そしてかぎ爪を掛けたらどうやって城壁を安全に登れるか大声で話し出す者が多かった。キスーン卿も自信満々に「アーチャーを倒せば」とさも自分が発案したかのように聞く耳を持つ者に豪語している。ジンド達はキスーン卿の我慢の限界が来る前に一人でも敵のアーチャーを倒すべく必死に策を練り出した。
一番槍を指揮していた貴族はかぎ爪を掛けた冒険者が殺されたのを見て撤退の角笛を吹く。私兵12人中7人が死傷したのだから撤退は不思議じゃない。かぎ爪を掛けたと言う明確な功績を上げたのだから無理する必要は無いと判断した。特に11人と混じって最前線に赴いた家付きの騎士を失うわけにはいかなかった。幸い彼はまだ無傷だ。ホープエンドに帰還した時に彼の騎士が戦死したと知られたら、参加できなかった貴族の笑いものになる。それだけは避けなくてはならなかった。11人の冒険者がどうなろうと気にも留めなかったが、騎士だけは無傷で回収しなければいけなかった。
「申し訳ありません」
「何を言う! 良くやった」
「はっ、ありがとうございます」
貴族は無事に戻って来た騎士を労う。騎士は羞恥心で自裁したかったが、それをすれば仕える家の立場が悪くなるので我慢した。魔城に近づいたからこそ分かった事がある。あれは全然本気を出していなかった。そして魔城の腹には化物が2匹待ち構えている。彼は振り返って城壁を睨む。彼にはあの2重城壁が攻め込んだ人間の逃亡を防止するための檻にしか見えなかった。
***
「まずい! 取りつかれた!」
外の城壁から指揮を取っていたロギは城壁にかぎ爪を掛けられて焦った。焦りの余り封印したかったゴーレムアーチャーによる集中攻撃でその冒険者を射殺した。ゴーレムアーチャーは自動で攻撃する際には散発的な攻撃しかしない。純粋なキルレートは魔城の防衛兵器で最低であり、『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』においては「マナの無駄」と言われたほどだ。ロギは一体一体マニュアルで指示を出す事で集中攻撃と言う離れ業を実現させていた。
(トループ化出来れば……)
ゴーレムアーチャーは一体一体が別のユニット扱いのため、指示を一括して出す事が出来ない。5体で1トループなスケルトンアーチャーなら「この男を狙え」と命ずれば5体がその敵を狙うのでマシなキルレートを叩き出せる。ゴーレムアーチャーは1体1トループな魔城のオプションパーツ扱いのため、トループと同じ運用は最初から不可能になっている。
その痒い所に手が届かないオプションパーツをどうかするのが魔城の人間体であるルークの駒の仕事だ。その点で言えば、ロギは見事にその役目を果たしている。足りないものだらけで威力偵察を終始圧倒した。かぎ爪の件は純粋なアンラッキーと言える。しかしそんな不運一つから大崩れするのが戦場だ。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』で味方の命中率99%が外れて敵の命中率3%が当たった上にクリティカルが発生して戦線が崩壊するのは日常だった。
(あれがあると6メートルの壁を3歩で超えるんだったな)
一定以上の強さを持つ冒険者はかぎ爪のロープを片手で掴めば1歩で2メートル前後を超えられる。これについてはアリシアの記憶で見た。このために当初4メートル級の壁を急遽6メートルに引き上げた。更に壁を用意してからアリシアに実演して貰い正しいと確認した。3歩で6メートルを超える相手にゴーレムアーチャーの集中攻撃が当たるかは賭けになる。なら消去法で城壁を超えさせないのが正解となる。
(手が足りない)
本来、かぎ爪は敵の攻撃が激しく無いのなら外すのは容易い。しかし魔城の内情がそれを許さない。ロギはかぎ爪に触れられない。ゴーレムアーチャーは矢を射る事しか出来ないゴーレムで、名前に反して腕すら無い。彼らは魔城がマナで無限に生成する矢をつがえ放つ機構が体の右側に埋まっている。アザンディオスには怖すぎてこんな仕事を頼めない。アリシアは早朝の戦闘の反動で寝ている。魔城の力で毒と魔法の影響はもう残っていない。しかし精神的なストレスだけは流石の魔城でも回復出来ない。記憶そのものを消すのなら別だが、ロギはその様な外法を好まない。
(スケルトンを匍匐前進させてかぎ爪を外す!)
スケルトンは匍匐前進が出来ない。しかしロギが実演する事でスケルトンがそれを真似られる様になった。実際は鬼コーチとなったアザンディオス指導の下、文字通り骨が砕ける様な訓練を乗り越えて動きを極めた。ロギはアザンディオスのノリの良さは何処から来るのか不思議に思ったが、問いただす野暮は侵さなかった。ストレス過多なサラリーマンが週末に羽目を外している様なものだと勝手に解釈した。アザンディオスが聞けば憤死したかもしれない。
(良し、もう少しだ!)
討伐軍がスケルトンを視認したら本気度が上がるかもしれない。なのでアンデッドが配下に居る事は最後まで隠したかった。このスケルトンは冒険者が来ていたローブを纏って匍匐前進している。遠方の上空からこの場面を誰かが覗き見していても、この薄汚いローブの人物がスケルトンだとは気付けないだろうとロギは自慢げに頷く。
ガタッ、カラカラ、ドサッ!
「「そんなぁぁぁ!?」」
スケルトンがかぎ爪を外して下に落とす。それを見て討伐軍の陣地から悲鳴が上がる。魔道具かゴーレムしかいないからかぎ爪は外せないと余裕を持ちだした討伐軍の希望は砕かれ、彼らは戦術を一から見直す羽目になった。絶望に沈む討伐軍を見て、ロギの留飲が少し下がる。ここでもっと後まで隠したかったゴーレム以外の戦力が露見した悲しみを払しょくするには十分な成果を得られた。
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