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017 晩夏の防衛戦 サキュバス夜襲

 夜の闇が討伐軍の陣地を支配した。陣地の外縁を篝火が照らしているが、少し外に踏み出せばそこは漆黒の世界だ。腕っぷしなら自信があるジンド、信心なら誰にも負けない自負があるフェインですら陣地から出る気は無い。魔城との戦いは日が昇ってからで十分。幸い、天気を読むことに長けている冒険者の見立てでは明日から数日は晴れの日が続く。討伐軍は数が多いので夜襲の可能性は低いと慢心し、配置した見張りのやる気は最低だ。そんな状況で中から鳴動する者が出て来るとは想像すら出来なかった。


「あ……あ……」


 娼婦と熱いキスを交わした見張りが泡を吹いて倒れる。サキュバス種が扮した娼婦は慣れた手際でキスと同時に睡眠薬を投薬していた。


「うふふ、朝までには目覚めるから」


 レッサーサキュバスは妖美な笑みを浮かべて呟く。本能ではこのまま彼のズボンを下ろして彼が干からびるまで跨りたかった。しかし彼女の上司が睨んでいる中で勝手な行動は慎むしかない。彼女の同僚サキュバス達も各々が得意とする方法で見張りを無力化していた。「頑張っている見張りのための無料サービス」なんて怪しい謳い文句を本気で信じた冒険者の頭の出来を心配するも、これ位バカの方が仕事がし易いのは間違いない。


「進むよ」


 サキュバスのメリッサはまだ若いレッサーサキュバス娼婦に急ぐように伝える。娼館では40台のやり手婆に扮しているが、サキュバスの姿は10台後半の美少女に見える。それこそこんな事をせずともキスーン卿のテントに忍び込めば欲しい物はある程度手に入る。メリッサが人間の娼婦を捨て置いて、真夜中に討伐軍を抜けるのはサキュバス族の内情が大きく関係していた。


 眼前の魔城にはカレンティーナが隠れているかもしれない。不在でも魔城ならカレンティーナの居場所を探せるかもしれない。サキュバスのトライホーンはカレンティーナを自分専用の性奴隷に仕立て上げたグレーターサキュバスこそがカレンティーナの遺産を継承出来ると信じていた。最初は裏切ったトライホーンに復讐するカレンティーナを恐れて流した噂だが、250年の月日と未だ割れたままのサキュバス族の現状がその噂を捻じ曲げてしまった。サキュバス族の悲願である勝利のトロフィーを何としても手に入れないといけない。メリッサはトライホーンの中で主にグラースエヴァン王国に勢力を持つ陣営に属していた。なのでここに魔城が復活した事に神々へ感謝した。


(この程度は現場判断の範疇よ!)


 本来ならイスフェリアに居座るグレーターサキュバスに知らせるべきところだが、メリッサは功績欲しさに独断専行を決めた。若さ以外に取り柄の無い配下のレッサーサキュバスを囃し立て、最速で勝負を決めるべく動いた。レッサーサキュバス6人にインプを使って人間の女に産ませたハーフフィーンドが20人。メリッサが「自分は強い」と誤解できる程度には戦力が充実していた。


 サキュバスとフィーンドは夜目が効く。討伐軍から死角になる魔城の壁まで苦も無く進む。


「登って!」


 メリッサがハーフフィーンドに命じる。


「おで、がんばる」


 それをを聞いてハーフフィーンドがレッサーサキュバスを背負って壁をよじ登る。ハーフフィーンド種はサキュバスの不得手とする正面戦力を補うためにトライホーンが養殖した種族だ。その作り方は実に荒く、インプに客を取れなくなった娼婦を犯させて産ませるものだった。砂漠文明が魔法科学の髄を集めて作り上げたダークドヴェルグ種やマッガデウスがケーレニオンから聞いた優性遺伝の法則を膨大な人間牧場でトライアンドエラーの末に生み出したハイゴブリン種に比べれば児戯にも等しい方法で作り出された。そしてそれはハーフフィーンド種の性能に現れている。平均的な成人男性より知力は下で膂力は上。サキュバスが操縦しやすい男の理想像に近い。


 かつてカレンティーナがサキュバスの頂点に居た頃はこんな種族は存在しなかった。サキュバスの都合だけで消費される種族を作り出すなどカレンティーナからすればもっとも唾棄すべき所業であった。されどこの世界の存在になったハーフフィーンドを滅ぼす事を良しともしなかった。カレンティーナは他のサキュバスから隠れ、時の流れにサキュバス種の命運を託した。そして魔城の復活を持ちて彼女らは遂に審判の時を迎える。


「何も無い? ハリボテかい?」


 それが外の城壁の上に立ったメリッサの第一声だった。城壁の上には彼女らを倒すべき戦力が待ち構えていると気を揉んでいた。レッサーサキュバスに背負わせたのも壁の上から攻撃された際に防御魔法を掛ける余裕を残すためだ。


「絶景ですね!」


 レッサーサキュバスの一人がピクニックに来たかのように振舞う。メリッサは平手打ちしようとした所を寸で止めた。ここで不用意な発言一つで罰してレッサーサキュバスに離反されては困る。元々メリッサが無理を言って連れて来た者達だ。使い潰すにしても上手く煽てる必要がある。


「城門の右側に第2城壁へ通じる通路があるね。そこからまた登れば一気に中央に行けると見た!」


 周りを見回したメリッサが自信満々に言う。


「あの~、第2城壁の門が開いていますよ?」


 違うレッサーサキュバスが恐る恐る進言する。メリッサはギョッとそのレッサーサキュバスを睨み、急いで城門の方を確認する。


(誘われている?)


 メリッサは一瞬常識的な考えに辿り着く。しかし独断専行をしている身で安全のためには退けない。壁を登るか城門を潜るか。


「待ち構えているのなら壁は余りに無防備かね」


 独り言に様に呟いて、城門を潜る様に命じる。


***


「正面から来るか」


 玉座の間で待機していたロギは顔には出さないが安堵した。城壁のゴーレムアーチャーは強すぎる(・・・・)と言う理由で移動させておいた。あのサキュバスの一団が討伐軍と歩調を併せていれば脅威だったかもしれない。しかし30人弱の勢力では脅威にはなれない。退路の確保すら頼めない状況ならもっとも大事なのは情報を持ち帰らせない事だ。


 彼女らが外の城壁を登っている間に第2城門を静かに開放しておいた。第2城壁を登る様ならそっちに動かしたゴーレムアーチャーを総動員して鴨打ちしていた。その方が楽ではある。しかしアリシアの成長を促し、あわよくば相手の情報が手に入る城門ルートの方が好ましかった。


「アリシア、無理な無理と言ってくれ」


「大丈夫です、ロギ様! 見える相手には負けません!」


 背負っている聖剣ファイアブリンガーの柄がキラッと光る。ダグの村での生活が失っていた自信を取り戻す切っ掛けを与えてくれた様だ。アールヴの奇襲を食らった事を引き摺る必要なんて最初から無かったが、過去が過去だけに必要以上に悪影響が出ていた。


「分かった。アリシア、敵を滅せよ!」


「はい!」


 アリシアは元気いっぱいに玉座の間から飛び出した。ここでは無く、通路で迎え撃つ選択をした。ロギとアザンディオスは敢えて止めなかった。アリシアなら30人弱の戦力を一人で潰せる。懸念はサキュバスの精神攻撃だ。アリシアがこれをどう捌くか。ロギとアザンディオスは無言で状況を注視した。


「私は魔城のポーン、アリシア! 覚悟して!」


 通路に出たアリシアが名乗りを上げた。本当はもう少し接近してから名乗るものだが、ここは経験不足から来るフライングだ。前方から少女の声を聞いてレッサーサキュバスの何人かが飛びあがる。この期に及んで戦闘にならないと思っていたのかもしれない。ハーフフィーンドがたどたどしい陣形を展開してサキュバスを守ろう等する。


(ハーフフィーンド。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』には居なかった種族だ。この程度の能力では出演しても瞬殺されるだけか)


 全体を見ているロギが無情にもハーフフィーンドを容赦なく切り捨てる。流石のトライホーンも「弱すぎてユニット登録されなかった」と聞けば自分たちの行いを猛省するかもしれない。


「斬ります!」


 アリシアがファイアブリンガーを抜く。ハーフフィーンドが3人獣のような唸り声をあげて突っ込んでくる。


「ゴブリンより遅い!」


 昔のアリシアなら少しは時間が掛かったかもしれない。今のアリシアに取っては剣を振れば殺せる程度の相手になっていた。流石のハーフフィーンドもゴブリンと比較されたのが余程許せなかったのか、怒りを露わにする。


「娘ども! 援護をし!」


 メリッサの怒号が響く。ハーフフィーンドは単独の前衛としては弱い。サキュバスの精神魔法の援護を受けて十全に働ける様になる。それすらもサキュバスの強がりかもしれない。


「行くよ!」


 レッサーサキュバスが毒付きのダガーを取り出す。3人で1チームなのか、3人が連携しながらアリシアに迫る。更に何らかのバフを受けたハーフフィーンドが以前よりはマシな速度で攻撃を繰り出す。


(サキュバスが人間の猿真似か?)


 ロギはカレンティーナの戦い方を熟知していた。カレンティーナが手塩に掛けて育てたグレーターサキュバスの戦い方をずっと見ていた。だからこそこんな低レベルな攻勢をするサキュバスに心底失望した。なるで種族特性すら把握していない無様な攻撃は見るに苦痛だった。我関せずと豪語したアザンディオスですら苦虫を嚙み潰したような顔で状況を見守っている。かつての好敵手の種族がここまで退化した様を見るのはさしもの大魔王でも心苦しかった。


「はぁはぁ」


 アリシアは戦い続ける事で体温が上昇しているのを感じた。先ほど斬り殺したレッサーサキュバスが意地でも掠らせたダガーに塗られた毒の効果だとまでは気付けなかった。


「ひひひ! その毒が体に回ったら男に犯される事しか考えられなくなる!」


 メリッサが勝ち誇ったように言う。黙っていてればまだ勝機があったのに、アリシアにタイムリミットがあると伝える最悪の一手を打つ。


「その前に全員を斬ります!」


 ここでアリシアは初めて攻勢に出た。一番近いハーフフィーンドまで10歩。メリッサは余裕で対応出来ると思った。


「が!?」


 しかしそんなメリッサの考えを粉砕するかの様に、アリシアは一歩でハーフフィーンドを殺せる間合いに入った。そして首が飛んだ。複数の首が飛んだ。アリシアはまだコントロールが難しい戦闘速度を暴走ギリギリまで引き上げた。この通路は直線のため、壁にぶつかる可能性は限界にまで小さい。アリシアは知識が足りないが何も考えていないわけではない。玉座の間よりこの通路の方が多少暴走しても取り返しがつくと判断してここを戦場に選んだ。


「ひぃぃ! 勝てっこないよ!」


 それがレッサーサキュバスの最後の台詞だった。ロギは最初から幸福を認めないと伝えていた。ならばアリシアは深く考える事をする必要が無かった。死ぬまで斬る。アリシアでもそれくらいは完璧に遂行できる。


「ちぃ! 私を守れ!!」


 メリッサは残ったハーフフィーンドとレッサーサキュバスを盾に詠唱を開始した。


「無駄!」


 アリシアは気にせず眼前の敵を斬り飛ばす。


「食らえぃ!」


「わ、私事なんて……」


 メリッサが魔法を放つのとアリシアが最後のレッサーサキュバスを斬り捨てるのはほぼ同時だった。


「く!?」


 アリシアは迫る魔法を両手を交差して防ごうとする。アリシアの再生速度を考えれば体で受けて突っ込むのが正解だ。しかしその精神は未だ人間のもの。咄嗟に覇魔法を防御しないと言う考えには思い至れない。


「きひひ! このメリッサ様の催淫魔法の直撃を食らえば石っころだって発情するんだ! さあ私の手の中においで」


 メリッサはアリシアを快楽で洗脳して自身の手駒にしようと考えた。この状況で援軍が来なければ可能だと夢想した。メリッサに招かれ、アリシアは一歩また一歩とメリッサに近づく。アリシアのだらんと下がった腕に握られたファイアブリンガーは床を擦りながら進む。その目からは生気が消えたように見えた。


 玉座にふんぞり返るアザンディオスはロギを盗み見た。


「問題ない」


 何かを感じたロギはそう答えた。魔城の中なら全てを手に取る様に分かるロギに取ってはメリッサの魔法は面白い手品止まりだ。必要とあればこの場からアリシアの状態異常を治療したり、援軍のゴーレムトループをアリシアの側に転送する事すら出来た。故にロギは判断した。手を出せば火傷をするのはロギ自身だ。


「さあ、隷属のキスを……」


 唇を近づけるメリッサ。次の瞬間、メリッサの両腕が宙を舞った。


「うぎゃあああ! 私の美しい手が! 手がぁぁぁ!?」


「……」


 アリシアは未だ光が消えた目でメリッサを睨む。


「な、何故だ! 催淫魔法は効いているはず!!」


 数歩下がりながらメリッサが化物を見るような目でアリシアに怒鳴る。


「効いている。だから、絶対に許さない!」


 アリシアがファイアブリンガーを改めて構える。アリシアは転生前にサキュバスにも散々嬲られてきた。それゆえに魔法の力でメリッサを愛したとしても、そんな魔法を使う相手への憎悪が遥かに上回った。アリシアは魔法の効果を受けているからこそ首では無く両腕を斬る失態を犯したと考えた。ファイアブリンガーを強く握りしめ、次の一撃は絶対に外さないと毒と魔法でかき混ぜられた心に誓う!


「ひ、ひぃぃぃ! ま、待つんじゃ!! 私はカレンティーナ様に言われて……」


 尻持ちを付いて後退りするメリッサは生き残るために何でも使う事に切り替えた。狙っていたカレンティーナの名前を助かる可能性に賭けた。何故ならカレンティーナはこの場に居ないのは明白。居たらメリッサの魔法を簡単に無力化したはず。


『ロギ様?』


『斬れ』


 アリシアが念のためにロギに念話で問い合わせる。ロギの答えはアリシアすら震え上がらせるほど冷たかった。


「バイバイ!」


 アリシアの一撃がメリッサの首を叩き落とし、人類軍の深夜の奇襲は失敗に終わった。


「良かったのか?」


 アザンディオスが答えを知っていながら問う。


「カレンティーナがこんな下手を打つものか」


 ロギの答えは簡潔だった。アザンディオスに聞けばカレンティーナがどうなったか分かる。されどロギは問う気は無かった。自分自身で真実にたどり着く。焦らずとも世界を征服する過程で分かる。


「それよりアリシアの治療だ」


 ロギはそれだけ言って魔城のために獅子奮迅の働きをしたアリシアを労いに向かった。

応援よろしくお願いします。

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