016 晩夏の防衛戦 討伐軍、布陣す
討伐軍は魔城から凡そ450メートル離れた位置に陣を構えた。商人と娼婦などの非戦闘員は更にその後ろ、550メートル辺りで荷を解いた。グラースエヴァン王国の男爵位を持つチャールズ・キスーンは一際大きなテントでワインを鉛のゴブレットに入れて飲んでいた。フェリヌーン隷国の貴族は全てグラースエヴァン貴族が出張している形になっており、万が一にも支配層がフェリヌーン民から出てこない様に仕組まれていた。されど隷国が強制建国されてから70年と少し。キスーン卿の様なフェリヌーン生まれの貴族が増えて来た。彼はこの地でグラースエヴァン貴族となる様に教育されたが、王国中枢との断絶は広く、彼を筆頭に新世代貴族はグラースエヴァンとフェリヌーンの常識と風習が歪にまじりあった存在となった。少しでもまともなグラースエヴァン貴族なら「青き血が流れていない畜生もどきの下手な猿真似」と喝破し敷地から蹴り出しかねない。幾ら隷国を掌握できても王国でそこまで見下されれば新生代貴族の精魂は捻じ曲がる。そんな嫌いなグラースエヴァン貴族を見返せる唯一と言って良い偉業が狂獣退治だ。狂獣さえ倒せば、王国のどんな美姫だろうとスカートをたくし上げ股を開く。そんな光景を減資しながらキスーン卿はゴブレットのワインを飲み干す。
「狂獣は何処だ!?」
キスーン卿は座っている椅子から見上げて問う。このテントで座っているのは彼だけであり、他の者は彼の前方に立っている6人だけだ。譜代騎士二人、『巨人の鉄腕』から二人、そして『輝く石頭』から二人。勿論、ワインの一滴すら貰っていない。しかしそれでも彼らは幸せな方だ。同じ貴族でありながらキスーン卿に先んじられたためにあの手この手で討伐軍に滑り込めた多くの者は呼ばれなかった。この会合は討伐軍の方針を決定付けるものであり、発言できなかった者から危険な前線に回される。
「信じがたい事だが、あの城が狂獣では?」
キスーン卿のすぐ横に立っている騎士が気まずそうに発言した。キスーン卿の譜代騎士故に多少の不興を買っても大丈夫と言う暗黙の了解があった。誰しも「狂獣はいない」と直接発言したくなかった。
「あんな砦を城と報告すれば笑われるだけだ!」
投げつけられたゴブレットが譜代騎士の額に当たり、その額からは盛大に血が噴き出した。魔城の城門は固く閉ざされており、今も続いている呼びかけに誰も答えない。城の外周を歩いて測ったところ、大きさ的には中規模の砦より小さかった。しかしこの辺境の地でなら十分立派な城と言えるかもしれない。それに城攻めの方が砦攻めより評価が高い。対峙している城の面積を少し誇張すれば立派な城となる。
「も、申し訳……」
片手で額を抑えながら必死に弁明する譜代騎士。
「それは早計かと。拙僧はあれが何か知っています」
全員がフェインに向き直った。この段階で発言する男ではない。
「何だ! あれは何なんだ!!」
「あれは魔城です」
「「魔城?」」
フェイン以外の全員が呆気に取られる。ここに居た全員は魔城の事を聞いた事があった。しかし大半は吟遊詩人が歌う与太話から得た知識で止まっていた。
「300年前、この地で大きな戦いがありました。場所から言って、あれが勇者が討ちし大魔王の居城です」
人類は魔城をアザンディオスの住居と未だ勘違いしていた。アザンディオスは新たな挑戦者が来る度に玉座に座って堂々と大魔王と名乗っているのでこの誤解が解ける事は永遠に無いかもしれない。
「人間を食う生きた城……御伽噺じゃなかったと?」
ジンドが半信半疑で問う。
「浪漫だな。どういう肉を好むのか聞いてみたいほどだ」
フェインが連れて来た『輝く石頭』の仲間が口笛を吹きながら言い放った。その発言を不快感を感じた他の6人に睨まれ、彼は肩を竦め黙り込んだ。生まれる前から信心をドブに捨てたと揶揄されるロバートは魔法使い崩れだ。フェインはパーティーに欠けている魔法火力をロバートに期待した。そこはギリギリ及第点だったが、それ以外の所は落第点だった。パーティーの決まりである髪の毛を剃らないのは見過ごすとしても、ロバートの口から出る発言は全て厭世的で攻撃的だった。フェインがここに連れて来たのは「外で舌渦事件を起こすより良い」と言う消極的な理由だった。
「そんな事より、あれを攻めるのなら事だ」
雰囲気を変えようと『巨人の鉄腕』に所属している斥候型軽戦士のスライスが唐突に言った。ジンドは相変わらず空気の読めない奴だと思ったが、敢えて何も言わなかった。ジンドはスライスと冒険者に登録した時からの知り合いだ。故に相棒と言っても良いほどスライスの事を熟知していた。例え『巨人の鉄腕』が難しい依頼に失敗しても大半のメンバーが生き残れるのはスライスのおかげだ。ただ斥候である事がスライスの不運だった。彼は専門職を除けばホープエンドでも一番の斥候と豪語出来る程度の実力を持っている。しかし斥候ゆえに目立つ事を極端に嫌う。そのため2級冒険者に上がった今でも彼は無名のスライスだ。冒険者で二つ名を持たない者は無能と同義であり、スライスの発言権はジンドの後押しが無ければ新人冒険者にすら劣る事がある。
「攻城兵器をイスフェリアから取り寄せるのなら早くて二か月。ここで対陣し続けるのは不可能だ」
もう一人の譜代騎士が発現する。ホープエンドに攻城兵器が無いのはグラースエヴァン王国の反乱対策だ。そうなると同じ穴の狢であるイスフェリアにも攻城兵器が本当にあるのか疑わしい。ホープエンドが反乱して籠城しても攻め落とせる装備があると脅すのが目的なら、それは見事に達成している。キスーン卿はイスフェリアが攻城兵器を出さないとほぼ確信していた。ならば、攻城兵器無しに砦を攻められるか。それが考えるべき唯一の課題だった。
「魔城か分からん。だがここに王国に属さぬ砦があるのは看過できん。攻める。策を出せ」
キスーン卿が決定した。その決定が誤りだと冒険者の四人は考えたが、反対するほど馬鹿揃いでは無かった。ロバートなら反対の弁を声高に宣言したかもしれないが、フェインがロバートの足を強く踏む事でその事態を回避した。
「城壁の上を矢と魔法で攻撃。夜間にロープで壁を登る。これしかない」
スライスがつらつらと答える。
「相手が敵対勢力なら降伏を促すべきでは?」
額を押さえている譜代騎士が提案する。
「明日の明朝まで時間を与えよ」
全員が無駄だと知りつつも、キスーン卿は王国貴族の流儀に則り降伏まで半日の猶予を与える決断をした。
「後は攻める順番か」
ジンドが言わずとも、そこが殺し間だと全員は分かっていた。それ故に誰が最初に入って全滅するかが争点となった。しかしそこを突破した者が魔城攻略の一番乗りになる。なので攻める順番の調整は熾烈を極める。キスーン卿が少数しか集めなかったのはこのためでもある。
「最初は矢玉を無駄に消費させるために4級冒険者を使います」
「むう」
譜代騎士の発言にフェインが多少の不快感を示すが反対はしない。反対して「フェインが行け」と言われたくはない。
「うむ、後は現場で調整するしかあるまい」
2時間に及ぶ順番争いが終わり、キスーン卿が一息つく。
「明日まで暇なら女を抱いて来るぜ。もう良いのは使用済みなので萎えるぜ」
この時ばかりは誰もロバートを非難しなかった。彼らが最善策を協議している間に貴族を含めた大多数は遊びふけっていたのに違いない。
***
「数が多い」
ロギは雑に布陣する討伐軍を見ながら唸った。あちらからの呼びかけには敢えて無視を貫いた。今後を考えると下手に話せると思われては困る。魔城のバックアップを受けられるのなら外交をしても良いが、ロギ自身のプレイヤースキル頼りの外交には不安があった。
(攻城兵器が無い。ふざけているのか?)
数が多いのならそれだけ脅威と思い込んだロギは城壁から出来る限りの情報を仕入れようとした。そして荷解きが終わって愕然とした。道なき道を通るために馬を容赦なく酷使してあれだけの荷物を持ち込みながら攻城兵器が一つも無かった。フェリヌーン隷国の内情を知らないロギと魔城は「人間に舐められた」と誤解した。ロギはその方が嬉しかったが、魔城の本能はそんな侮辱を耐える事は出来なかった。危うく城門を開けて数が足りないゴーレムを無駄攻めに消費する所だった。
「ロギ様?」
隣で百面相しているロギを心配してアリシアが見上げる。
「あ、ああ。大丈夫だ。もうちょっと骨のある敵が来ると思っていたが少々肩透かしを食らった気分だ」
ロギは本心からそう答えた。決して油断は出来ない相手だが、「どうやって殺し尽くす」か検討出来るだけの余裕が新しく出来た。
「確かに、此度の人間は取るに足らん」
突然の声に二人は後ろに振り返った。そこには後方師匠面しながらアザンディオスが優雅に玉座に座っていた。
「アザンディオス!」
「おじさま!?」
「余は手を貸さぬが、ここに座っていなくては出迎えとしては手落ちであろう?」
ロギが「やっぱツンデレ?」と思ったが何も言わなかった。それにアザンディオスが座っているだけで発生する雰囲気は敵に取っては死のプレッシャーとなって押し寄せる。
(人間ね。これはヒントか?)
ロギはアザンディオスの発言を反芻した。彼は無駄な事を言わない。言わずとも手をかざすだけで大抵の不可能を可能にする。それが特別に人間に言及した。何かあると気付けない男ではアザンディオスが友とは呼ばない。ロギは今一度敵の布陣を見る。貴族と冒険者は以前見た。アザンディオスが言及した人間は彼らで間違いが無いはずだ。なら見るべきは更に後方とアタリを付けた。
(あれはサキュバス!? カレンティーナの部下がなんでこんな所に?)
カレンティーナが部下を送るのなら最初に一言あるはずだ。敵を騙すには味方からと言われているが、ここの敵は騙す価値すらない。様々な方法で討伐軍を弱体化させて来たのならまだ理解できる。だが彼女らの行動からはそれが伺い知れなかった。討伐軍の士気も高い方に感じられた。ロギは首を傾げた。
「ロギ様!?」
「大丈夫だアリシア。アザンディオスの言った事が少し分かっただけだ」
「おじさまの!? 流石はロギ様です!」
「うむ」
ロギは変に持ち上げられてどう答えるか迷った。
「ロギよ、何が分かった?」
「サキュバスの一団がいる」
「左様。面白い事だ。余が相手をしようか?」
アザンディオスが肯定した。彼はカレンティーナに何があったのか知っていたが、ロギに伝える気は無かった。この程度の情報を自分で仕入れられぬのならロギはその程度の男だと言う事だ。今回玉座の間に現れたのもアザンディオスが手配した戦力が未到着だったのが理由の8割を占めている。残り2割はアリシアの安否を確認だ。
「……アリシアに任せる」
様々な可能性を天秤に掛け、ロギは決断した。今のアリシアには荷が重い相手かもしれない。相手がカレンティーナの薫陶を得た上位種なら幾らアリシアが身体能力で優越していても成すすべなく負けるだろう。ロギの見た範囲ではかなり出来の悪い下位種しかいなかった。だがカレンティーナはそんなサキュバスでも同胞として大事に扱った。隠語でマザーと呼ばれる上位種がバックアップ要員として紛れ込んでいるはずだ。今の魔城ではそんな上位種の隠ぺいを見抜けない。ロギはそう思った。実際はカレンティーナを裏切ってからサキュバスの社会制度は大きく変わり、気軽に派遣出来る上位種の数は大幅に減った。ロギは存在しない上位種の影に怯えながらアリシアの成長を期して送りだした。
「え! 私ですか!?」
「外に出たらサキュバスと戦う事が増えるかもしれない。なら私とアザンディオスが揃っている中で経験を積むのが良い」
「自信を持って攻めよ。余が付いている」
「は、はい! 頑張ります!」
こうしてアリシア対サキュバスのカードが組まれた。ロギとアザンディオスは討伐軍を片手間で片づけている間にサキュバスが忍び込んでくると確信していた。その対応にアリシアを出せば、アリシアは人間の冒険者と対峙せずに済む。頭ごなしに「人間を斬れ」と命ずるのではなく、「人類は敵」とアリシア自身に理解させる必要があった。なので討伐軍との戦いでは前に出す気が無かった。しかし何もせずに玉座の間で待たせればアリシアの不満が貯まる。ちょうど良いガス抜きが来てくれた事にロギは密かにほくそ笑んだ。
「降伏を促す使者か」
ロギは城門の外で叫ぶ男が何を言っているのか理解するのに一瞬掛かった。
「不敬な。殺すか?」
「必要ない。正面から討伐軍と戦い、魔城が最強だと世界に示す!」
ロギは明日の早朝までゆっくり出来るのならアリシアを休ませられると喜ぶ。生憎と敵はルールを守るほどお行儀が良く無かった。それは眠らずの魔城相手には意味が無い行為だと討伐軍は知る事となる。
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