015 ダグの村
アリシアは最寄りの村へ急いだ。ホープエンドから第2陣が来ているか確認するだけの簡単な任務だ。アリシアは個人的な理由でホープエンドの冒険者と遭遇したくなかったので、一早く到着して冒険者の影が見えたら全速で逃げる事にした。首に奴隷の首輪が無くても、冒険者はアリシアを奴隷扱いするのは想像に難く無かった。アリシアには自覚が足りなかったが、ホープエンドの冒険者が見知っている彼女より遥かに可愛くなっているので、争奪戦で血が流れてもなんら不思議が無かった。ロギも「年頃の女の子はオシャレするものだろう?」としか考えておらず、無自覚に特大な爆弾を農村へ放り込んだ。アリシアがビキニアーマーの上に穴が所々に開いているフード付きのローブを羽織っているのがせめてもの救いだ。
「きゃあああ!!」
「悲鳴?」
アリシアは農村から少し東に到着した時、少し先から悲鳴が聞こえた。無視せずに近くまで寄ってみると、農民二人が数体のゴブリンに囲まれていた。
「やらせないぞ!」
男の方が木製の鍬を加えてゴブリンを威嚇している。頭にクリーンヒットしても鍬の方が壊れる未来しか見えない。女の方は服が破けており、尻持ちを付いて動けそうにない。二人はゴブリンと戦った経験が無く、完全にパニックになっていた。ここで取れる最善の行動は男が女を捨て村へ逃げ帰って応援を呼ぶ事。女は男の逃走を援護しながらゴブリンを相手に少しでも時間を稼ぎ、応援が来るまで粘る事。
「オカセ!」
もはや男など眼中にないゴブリンが女の服をはぎ取ろうと手を伸ばす。そして女に触れそうになったゴブリンの頭が空を飛び後ろの気にぶつかり潰れたトマトの様に弾けた。
「助太刀するね!」
普通のショートソードを装備したアリシアがその勢いのまま他のゴブリンを攻め立てる。農村の女なんて比べ物にならない極上の母胎の登場に湧き上がるゴブリンは然したる抵抗も出来ずに駆逐された。アリシアは伊達に戦闘経験を積んでいない。その戦い方は未だ肉体スペック頼りだが、熱を出して倒れる前より遥かに効率化されている。
「弱い?」
ショートソードに付いた血糊をボロイ布で拭きながら呟く。ファイアブリンガーと違い、普通のショートソードは手入れをしなければすぐにナマクラになる。最初からナマクラと言えるかもしれないが、まだゴブリンを膂力で叩き切れる程度の切れ味はある。ファイアブリンガーには自動洗浄と自己修復機能があり、最初に持つ武器としては破格の性能を持っている。それゆえにそんな目立つ武器を携帯するのは危険だとロギが普通のショートソードを渡した。ファイアブリンガーそのものはアリシアが「領域化」する事でいつでも魔城から取り寄せられる形になっている。
その気遣いをビキニアーマーにも向けられたら良かったのだが「ローブを脱ぐことは無いだろう」と決めつけたロギが装備変更をしなかった。更に言うならばビキニアーマーの突出した防御力は替えが効かない。ゴブリンと人間が相手ならショートソードとファイアブリンガーのどちらでも確実に殺せる。ゴブリンと人間の攻撃を確実に防御できるのはビキニアーマーだけだ。
「その、助かった」
男が恐れ恐れお礼を言う。
「間に合って良かった!」
笑みを浮かべて答えるアリシアは余りにも眩しかった。アリシアはゴブリンと戦う際にフードを取ったため、男は庇護欲を誘う童顔を直視してしまった。行商人が自慢げに見せた白磁に勝る肌、透き通るような青い瞳、そして風に揺られて金色色に輝く髪。男でも女でも見惚れる美少女がそこにいた。
「お、お礼にむ、村へ……」
たどたどしく語る男。男には払しょくできない疑念が湧いた。この少女には20日ほど前に村の男総出で輪姦した奴隷少女の面影がある。あれは冒険者に差し出されたので義務的に抱いた。今の少女なら両親だけでなく隣で震えている婚約者すら奴隷商に売り飛ばしてでも抱く資金を捻出したかった。
(どうしよう?)
アリシアは村に招待されるなんて想定してなかった。ロギも困っている農民をピンポイントで助けるなんて展開はあり得ないと一笑に付していた。ここで領域化を使うのは余りに不自然だ。アリシアは必死に頭を使い、どう動けばロギに利するか考えた。
「急ぎだけど寄るくらいなら」
「こんな時間だ! せめて一泊!」
何故か男の鼻息が荒い。女の方も訝し気に男を睨む。
「考えておく!」
かくして男の巧みじゃない話術に説得されたように見えてアリシアは村に入り込めた。
***
アリシアが訪れた村に名前はない。この村を開拓した集団のリーダーから名前を取り、極限られた身内の中ではダグの村と呼んでいる。外の人間でその村名に配慮して使うのは年一回訪れる行商人くらいだ。村は税金を納められるほど発展すればホープエンドが正式に名前を与える。その場合は領主一族の誰かの名前を冠する事が多い。しかし住人86人の寒村ではそれは当分先の事になる。内訳は農民22人、農民の家族48人、今は不在の冒険者6人、残りは村長と何らかの特殊技能持ち10人となっている。
そんな寒村だが、ここ数年は冬に餓死者が数人出る以外は概ね平和だ。モンスターの大規模な攻勢は無く、稀にゴブリンが外の畑を荒らすのが日常だ。そんなゴブリンは村付きの冒険者が意気込んで倒した。そしてその戦いをさもドラゴンを討伐したかのように村の広場で喧伝した。その大袈裟な物言いに皆は辟易したが、ゴブリンを実際に倒したのだから、村人にはその行為を黙認する程度の度量はあった。
村の者たちに取って、この生活は永遠に続くものだった。アリシアも生まれ育った農村が襲われなければ同じ思想に染まっていた。それが30日ほど前の火柱で崩れた。ほぼ全員があの火柱を凶事の前触れと感じた。それは正しかったが、魔城が動き出す前に自滅しそうな勢いで村内が荒れた。そんな中で冒険者ギルドから派遣されたガルス一行が到着した。そしてアリシアを差し出して、寒村基準ではあるが酒池肉林を楽しみ、村付きの冒険者を引き連れて東へ向かった。
そしてガルス一行は帰らなかった。それは実際に構わなかった。村付きの6人が帰らなかったのが問題だ。村にはゴブリンから身を護る方法が無く、一度大攻勢があれば村は全滅する。それでも日々の生活は続く。アリシアが助けた男と女はこの時期に生える植物の収穫のために森に入った。そして本来は遭遇しない浅い場所でゴブリンに襲われた。そんな場所にアリシアが偶然通りかかったのは幸か不幸か。
***
「ほへぇ」
アリシアは出された暖かい飲み物を飲みながら村の現状に耳を傾ける。
「嬢ちゃんにはつまらない話じゃろう」
村長と名乗った老人はアリシアの肢体を舐め回す様に言う。彼女が眠ってから襲う事を本気で考えていたが、アリシアのビキニアーマーを見て考え直した。否、臆病風に吹かれた。アリシアの裸より恥ずかしいビキニアーマーは一部貴族が愛人の裸を世間に見せつける時に装備させて町を練り歩く下着にそっくりだった。アリシアの良く手入れされた体は貴族の所有物であると村長を誤解させた。もしロギが普通の装備に切り替えていれば、ここら一帯は地図から消失していただろう。
「昔をちょっと思い出す」
「そうかそうか」
アリシアは記憶にある生まれた村の村長を思い出しながら、何とか情報を引き出そうとする。
「代わりの人は来るの?」
「来るはずなんじゃがのう。遅い。余りに遅い」
最後は本当に切実そうに言い切った。
「やはりゴブリン?」
「それとダイアウルフが少ない家畜を食った疑惑がある」
実際は村人がダイアウルフの犯行に見せかけて牛を食ったのだが、村長が調査を依頼した村人がグルのため真実が発覚する事は無い。
「あれは賢いね!」
「そうじゃ! 出来の悪い息子があいつの半分でも賢ければ!」
「あははは。……ゴブリン潰そうか?」
「!? それはありがたいが、戻らなく良いのか?」
「う~ん、こっちに来るって言ってたし?」
アリシアの発言で村長は勝手に納得した。好きものの貴族が自分の情婦を先行させたに違いない。それがゴブリン退治を請け負うのは奇妙に思えたが、貴族の趣味が可笑しいのは農民の共通認識なので深く追求しなかった。追求してその貴族の不興を買っては人生が終わる。
そしてアリシアは村長の家の一室に与えられた。アリシアを襲うべきと主張した男連中はアリシアが次の日に狩ったゴブリンの数を見て考えを改めた。一日20体のゴブリンを狩り、余暇で腰が折れる様な農作業まで笑顔でこなす少女に純粋な恐怖を抱いた。アリシアが汗と泥塗れになればなるほど、あの少女の面影が強くなる。もし彼女が復讐を考えているのなら……そう恐怖した村の男連中は夜も眠れぬ数日を過ごす事となる。
***
そしてアリシアが村に滞在して9日目にして先行した冒険者の一味が到着した。アリシアは顔を会わせない様に上手く立ち回った。冒険者も少女の気配を感じたが、冒険者に犯されたくない村長が身内を隠した程度にしか考えなかった。そして翌日早朝にアリシアはゴブリンを狩ると言い残して村を去った。少し離れた所で領域化を展開し、送られてきた監視用のゴーレムに後を任せた。
その日の昼過ぎに到着したキスーン卿は自分の愛人が先行して滞在したと聞いて馬から転げ落ちた。村長、冒険者、そしてキスーン卿の間で激しい怒鳴り合いが続いたが、結局誰もアリシアの正体に辿り着けなかった。謎の美少女の噂だけはそのままホープエンドに伝わる事となる。
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