012 迷子のアリシア
アリシアが生い茂る大森林を走る。淀んだマナの影響か、普通とは異なる植物が多い。アリシアは当然の様に理解していないので気にせず突っ切るが、ホープエンドの冒険者が見たら急いで回れ右をしている。そんな中でゴブリンが前方が飛び出してくる。
「ジネ!」
「はぁぁ!」
アリシアは速度を緩めずゴブリンと交差する。真っ二つになってアリシアの後方に倒れるゴブリン。
その時を狙ったかのように二体のゴブリンが左右からアリシアに襲い掛かる。
(左の方がちょっと遠い?)
アリシアはサイドステップで左のゴブリンに近づき、ファイアブリンガーを横に凪ぐ。左右のゴブリンがアリシアから等間隔になった事でファイアブリンガーの一撃が両者を確実に捉えて絶命させた。アリシアの戦い方は未だ幼稚だが、度重なる実戦とロギの役に立ちたい思いが彼女の野生の勘を鋭くしている。何処かで真っ当な師に出会えれば化ける素養はある。しかし今のアリシアに取っては生きて帰る事の方が重要だった。
アリシアは左右をキョロキョロ確認する。地形を見る限り完全に迷子だ。来た道を戻っても本隊に合流できるか分からない。
「あれが最後みたい?」
アリシアはやっと一息付けた。三つの集落を潰し、四つ目を探している時にゴブリンからの攻撃を受けた。アリシアはいつもの様にゴブリンを討とうと先行した。しかし奥から来るゴブリンが途切れず、それらを倒すためにアリシアは知らずの内に前に出過ぎていた。状況を俯瞰できるロギが居れば、アリシアがゴブリンに釣り出されたと一発で見抜けた。アリシアも感覚的に分かっていた事だが、ゴブリンは決して真っ直ぐアリシアを攻めたわけではない。左右、そして偶には後方からアリシアを襲い、彼女の方向感覚を狂わせた。
「ロギ様に顔向けできない」
ここでアリシアが「領域化」を使えば魔城と繋がり、すぐに現在位置が分かりはぐれたスケルトントループと合流出来た。しかし失敗して失望される事を恐れたアリシアは何とか独断でこの事態を挽回したかった。どうやって挽回すれば良いのか皆目見当が付かなかった。幸か不幸か、ゴブリンが大挙してもアリシアは切り抜けられるだけの基礎能力を持っていた。
「良し!」
アリシアは気合を入れて近くの木に手を掛ける。そして木を登りだした。悲しい事にアリシアの戦いに関する知識はガルスの奴隷として生き地獄を味わっていた時のものだ。それを使う事には抵抗があった。それでもロギに失望されるくらいならと覚悟を決めた。冒険者と言うより山賊の鉄則の一つに「上を取れ」がある。基本的に仲間と部下を信じないガルスは木登りで偵察を日常的にやっていた。自分が危険に晒されそうなら木上から命令を飛ばし戦いに参加しない事も数回に一回はあった。
「あっちに煙」
アリシアは北西に煙を見た。人間の視力では周りの景色に溶け込んで捉える事が不可能な事象もアリシアの目を誤魔化す事は出来ない。
「遠いあっちに何かある?」
南にも何かあるのが感覚的に視えた。ただアリシアの眼力を弾く何かがあったのか、何があるのかまでは見通せなかった。
「ロギ様」
西へ進めば魔城に帰れるのが分かった。
「近いほうから行ってみよう!」
アリシアの判断基準は単純明快。近場から攻める。ロギは遠くへ行くよりそっちの方が嬉しかったが、言葉が届く範囲なら帰還を命じていた。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』では死ぬと分かっていても強いトループを単騎特攻させる事はあった。しかし中長期的にプラスでも短期には失った軍事リソースの方が痛い。魔城の置かれている状況を鑑みるに、その様なハイリスクな命令を出す必要はなかった。それよりゴブリンの間引きが終わったのだから出来る限りトループの損耗を抑えるのが上策だ。
***
「アリシアが行方不明になったぁぁぁ!?」
玉座に座って魔城の制御ユニットと化していたロギは頭を抱えた。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』だと世界を俯瞰したワールドマップが表示されたが、現実ではそんな便利なものは無かった。魔城が支配している領域の外に出るとレーダーに映る点みたいな感じでしかトループを把握できない。トループが近くに居ればアリシアが一際大きい光点として映る。勿論、魔城の支配下に無い存在もトループ単位で点として映る。
敵のトループを発見すれば、念話でスケルトンに命令を出せば敵とスケルトンの戦いが始まる。そしてどちらかが勝つまで続く。敵が逃走を計る可能性はあるが、ロギのスケルトンは全滅するまで戦う。
「人海戦術で行くか? だが魔城から兵を出しても到着まで半日は掛かる」
「……」
苛々を紛らわすために横に控えるクラウンガーディアンに話しかけるも、答えは当然返って来ない。
「場所は森。迷子とどうやって合流する?」
ロギは指先で玉座をリズミカルに叩きながら思案する。前世で見たビデオに何かヒントが無いか探した。
「あーはっは、キャンプファイアか!」
ロギは邪悪な高笑いと共に宣言した。大森林を燃やして盛大なキャンプファイアを用意すればアリシアに通じる。アリシアが人間なら窒息や火傷の心配がある。でも今のアリシアは山火事で死ぬとは思えなかった。ロギの読みは正しかったが、アリシアの心がまだ人間寄りだと言う事を完全に失念していた。アリシアが望んで山火事に突っ込む事は無い。
現場のスケルトンは「火を付けろ」の命令を受け取って困惑した。スケルトンのトループは考える事が不得手だ。「攻撃せよ」、「移動せよ」、「逃げよ」の三つならほぼ完ぺきに遂行できるので本来なら問題が無かった。それ以上の命令はトループリーダーであるアリシアの領分だ。そんな中でリーダーが先行し過ぎて後続と分断された。4つに増えていたスケルトンのトループが一丸として残っただけでも勲章ものだ。
スケルトンは考えなしに近くの木へ攻撃を仕掛けた。しばらくすると「違う」と言う通信を魔城から受け取った。スケルトンは首を傾げてお互いを見た。スケルトン同士で会話できるほどの知能は無い。しばらく無言で悩んだ後、スケルトンは東へ進んだ。彼らは「攻撃した対象が悪い」と言う結論に達し、次はモンスターに攻撃すると決めた。
しばらく進むとスケルトンはアリシアが木上から見たゴブリン集落の北西辺りに出る。計らずともアリシアとスケルトントループはゴブリン集落を二方向から圧した。スケルトンの数は全部で20体。ゴブリンの数は100体を超えていた。
(この光点、上位種か!?)
ロギはレーダーマップに表示される光点から敵に通常ゴブリン以上の強敵が居るのを知った。
「出来るか分からないが、『火が出ているものを攻撃せよ!』」
ロギはイチかバチかの賭けに出た。そしてアリシアに直掩に付けたスケルトンアーチャーのトループが見事に火鉢を射抜いた。射抜かれた火鉢お火の粉がゴブリンの粗末なボロ小屋に燃え移る。アリシアが見た煙はまさしくこれだ。
火事を見てパニックになるゴブリン。敵襲だと知って応戦しようとするゴブリン。ロギはその混乱を見逃しはしなかった。
「総攻撃だ!」
スケルトントループは全滅するだろう。しかしここが粘り時だ。戦っていれば必ずアリシアが来る。ロギにはアリシアと繋がっているが故の確信があった。スケルトンアーチャーの矢が迫るゴブリンの数を減らす。前衛のスケルトンが錆びた槍でゴブリンを突き殺す。ゴブリンの最初の一波はスケルトントループの集中攻撃を受けてさしたる被害を出せずに全滅した。ゴブリンの第二波は投石を混ぜてスケルトンに多少の被害を出したが、こちらも接近できずに全滅した。
ここでゴブリンの上位種が動いた。ロギはこんな場所にゴブリンの上位種がいる事を不思議に思うも、彼を倒す事を優先した。
「ガァァァ!」
ゴブリンの上位種が雄叫びをあげる。人間ならそれを聞いて身がすくむ。しかしスケルトンには何ら効果が無かった。スケルトンが恐慌状態に陥らないのを見て、ゴブリンの上位種は地団駄を踏んだ。そしてこの無駄な一行動が集落の命運を決定付けた。
「はぁぁ! 次は誰!?」
アリシアが逆方向から突撃を仕掛けた。
「来たか!」
ロギは玉座の腕を叩いて自分の読みが正しかったと喜んだ。
「ガァ!?」
ゴブリンの上位種は新手に向き直った。単騎で攻めて来た命知らずに現実を教えなくては怒り狂った。しかしアリシアを一目見て、その怒りは霧散した。上位種の頭の中にはこのゴブリンより布面積が少ない少女を組み伏せ、犯し、自分の子供を産ませる事しか考えられなくなった。
「メス! メス! メスゥゥゥ!!」
正気を疑うほど欲望に忠実な雄叫びをあげてアリシアを全力で攻撃する上位種。フルパワーで振り下ろされた棍棒はフルプレートアーマーで身を包んだ人間すら一撃でぺちゃんこにするほどの破壊力を持っていた。犯すと決めた相手には余りにも不釣り合いな攻撃だが、上位種の脳はアリシアのしなやかな肢体に焼かれていた。
「あた……」
上位種の攻撃に吹き飛ばされてボロ屋に叩きこまれたアリシアは余り怪我を負わなかった。それでも遠征に出て初めてダメージらしいダメージを受けた。アリシアは逃げようかと一瞬考えてしまった。その隙を突くように上位種がスライディングでアリシアの鳩尾を強打する。
「がはっ……」
その攻撃でまた少し上位種と距離が空いた。アリシアは腹を抑えながら震える足で立ち上がる。アリシアは無限とも思える再生能力を持つが、彼女の防御力と痛覚は人間のと余り変わらない。
「もうや……あ!」
泣いて逃げようとしたアリシアの目に入ったのは魔城のスケルトントループだった。彼らは被害を恐れずにアリシアに合流すべく集落を突っ切って来た。
「オワリダ」
「は! 冗談でしょう! 私はロギ様の剣、ゴブリンなんかに負けない」
「ロギが見ている」と思うだけでアリシアの体の奥底から力が沸き上がった。アリシアの想いに応えるかのようにファイアブリンガーの刀身が薄っすらと光る。ゴブリンの上位種は決着を付けるべく棍棒を使った必殺の打ち下ろしでアリシアの頭を狙う。アリシアはその攻撃を僅差で躱して上位種の膝下を切り裂く。
「アシガァァァ!」
「はい、終わり!」
ゴブリンの上位種がそれ以上何か言える前にアリシアの剣が上位種の頭を落とした。未だ抵抗していたゴブリンもその光景を見て散り散りに逃げ出した。今回は包囲殲滅を予定していなかった事もあり、ゴブリンの逃亡を阻止できなかった。それでも二方向から攻められたゴブリン集落はそこからさして抵抗する事が出来ずに殲滅された。
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