011 ビショップの駒 ケーレニオン
オリジナルにあった4人をやっと全員出せました!
大陸南西に広がる死の砂漠。かつては近隣を圧する巨大な文明が栄えていたが、今は多くの廃墟がひっそりと佇むのみ。こうなった要因は様々だが、敢えて一つを挙げるとすれば、それは地下100階はある大陸最大のグレートダンジョンに他ならない。一説には5000年以上前から存在するダンジョンは深いだけが取り柄のただのダンジョンだった。しかし砂漠文明の王がダンジョン攻略を国是にした時から歯車が狂いだした。
グレートダンジョンの最大の強みは人間が活動できない過酷な環境にある。地下20階までは簡単に攻略されたので砂漠文明は驕った。そこから地下30階まで行くのに50年。それ以降は遅々として進まなかった。ダンジョン攻略には湯水の如く予算がつぎ込まれ、国の将来を担える若手が無駄死にした。最終的に砂漠文明はダンジョンを攻略するために人間をやめた。生者で先へ進めないのなら、死者となって先へ進む。大量に作られた自我を持ったアンデッドは一定の成果を上げたが、その存在を許容できないこの世界の守護者を自認する神獣に須らく焼き滅ぼされた。それ以降この砂漠には大きな文明は作られずオアシスを拠点とする小規模な都市国家が点在するのみだ。
凡そ180年前、そんな砂漠に大草原で獣人との争いに敗れて逃げたラミア族が流れて来た。種族的には捌くとの相性は良く無かった。そんな中で何故この地に永住したのか聞かれたら、「当時の族長が右折する所を左折した」と言う本当か分からないラミア流のジョークが帰って来る。敗残兵であったラミア族は種族を立て直すために拠点が必要だった。地上のオアシスはラミア賊をモンスターとして攻撃した。ラミア族が最終的に落ち付けたのはグレートダンジョンの中だった。
グレートダンジョンに不法滞在している種族はラミア族が最初では無かった。上層に根をはっている種族に押され、ラミア族は下へ下へ逃げるしか無かった。そしてラミア族の活動限界間近の地下30階でラミア族は絶望に出会った。圧倒的な力を持つリッチに睨まれ、ラミア族は族滅を覚悟した。戦っては勝てない。逃がしてくれるか分からない。その判断一つで種族の明日が決まるラミア族の女王はあろう事か土下座しリッチに忠誠を誓った。そして気が抜けるほど簡単にリッチはラミア族の忠誠を受け取った。
それから180年。ラミア族は数を順当に増やし地下28階を中心に繫栄している。そんなある日、ラミア族を率いるラミミス8世はラミア族が神と崇め奉るリッチに呼ばれた。女王を直接呼びつけると言う余りにも異例な事態に女王は全力で地下30階へ向かった。リッチとのやり取りは儀式化されており、年一回の朝貢と数か月に一回地上の品々を献上する関係で落ち付いている。ラミア族が強敵に手古摺って援軍を依頼した事は過去に数回ある。しかしリッチの方からラミアを呼ぶのは80年前の一回を除いて、これが二回目だ。
ラミアの女王はリッチの寝所を守るガーゴイルに通行の許可を求め中に入った。リッチの寝所は這いずる間が無いほどに本で埋もれていた。ここにある本の大半は禁書だったり大陸に二冊と無い稀覯本の類だ。一冊一冊は世にも珍しいラミアの女王の全身はく製より高価だ。見渡す限りそんな本しか無い寝所を移動するのは一苦労だ。
寝所の主は上等なベッドに裸で寝っ転がり、本を真剣に読んでいる。古くなったその本はページを捲るだけで崩壊しそうだ。そうならないように細心の注意を払って読んでいるからラミアの女王の来訪に気付かない。女王は声を掛けずに黙って待つ。彼女は知っている。「読書を邪魔された」と言う理由だけでグレートダンジョンに攻め込んできた軍隊の所属する国を滅ぼしたのをラミミス2世が直接見た記憶を読んだ事があった。
ラミミス8世の想定とは異なり、リッチは読んでいたページが終わると本に栞を挟んだ起き上がった。
「待っていたぞ、ラミアの女王よ」
「は!」
頭を床に擦り付けてリッチの次の言葉を待つ。
「座ると良い。私も話すに適した姿になろう」
リッチが170センチの骸骨の姿で過ごすのはそれが本を読むうえで最も適した姿だからだ。骨なら紙面に手垢が付かない。落ちた汗が文字を滲ませる心配が無い。本を読む人類の高さが170センチを想定されているからリッチもその高さに合わせている。いずれ180センチが最適な高さになればリッチの骸骨の背は高くなる。
女王はリッチが何処から取り出した椅子に器用に座る。蛇足が邪魔になりそうだが、それは上手くくねらせる事で対応した。リッチ以外でも稀に商談で椅子に座る事があるので綺麗な座り方は女王のたしなみの一つだ。
「え?」
そんな女王でも自分の前に立つ存在を見て驚きの声を漏らす。ダークドヴェルグの少女が全裸で立っている。あの骸骨が少女に変わったのは理解出来てもその理解を脳が拒絶した。
「どうした? ああ、服か。久しく来ていないから忘れたよ」
指パッチン一つで魔法使いの丁稚が纏う様なローブが少女の周りに現れる。そして本二冊を踏み台に女王の前の椅子に座る。一連の出来事で女王は固まって何も出来なかった。
「さてラミミス8世。この姿を見せたのなら僕も再度名乗ろう。僕はケーレニオン、ラミミス1世が忠誠を誓ったリッチだ」
ラミミス8世のリッチと1世のイメージが音を立てて崩れる。
「安心して。この姿を知る者は僕の最も信頼する数人だけだ」
「わ、分かりました」
それ以外に答えようがない。
「この姿を見せたのは、これからラミア族に頼む仕事に関連するからだ」
「仕事ならお任せください!」
「期待している。仕事と言っても簡単な輸送依頼だ」
「はぁ」
女王は頷く。輸送依頼と少女の姿を晒す理由が繋がらなかった。
「場所はフェリヌーン隷国の東、火柱の上がった場所だ」
「わ、分かりました」
それ聞いて女王は焦る。事実上の片道切符となる。それにラミアが砂漠を越えられたとして、グラースエヴァン王国を越えられるか未知数だった。運ぶ荷物次第で人選に細心の注意が必要な重要案件であると理解させられた。これならばケーレニオンがその姿を晒した理由が何となく分かった。
そもそもダンジョンで暮らすラミアは火柱の情報をまだ外の商人から仕入れていない。地下30階に引き籠っているケーレニオンはラミアでは想像もつかない方法で外の情報を仕入れていた。輸送先が「全人類の敵」認定されていると知っていればラミミス8世は違う人選をしていた。
「本当は直接転移出来れば楽なんだけど……」
「確かに」
ラミミス8世は頷く。ケーレニオンには「グレートダンジョンから出られない」と言うゲッシュが掛かっている。間接的にはラミア族が原因なのでラミミス8世としては余り触れられたくない話題だ。
「輸送するのは僕の手紙と書類類。他は今年の貢物をあっちに送って」
「よろしいので?」
「本以外は送って」
ケーレニオンが慌てて訂正する。
「かしこまりました」
ラミミス8世が深く頭を下げ退室する。
***
退室するラミアの女王を見てケーレニオンは深くため息を付く。
「許してくれるかな?」
ケーレニオンは魔城復活を初日に察知していた。察知しながら無視した。魔城が30日も持たずに滅びる可能性を危惧して距離を置いた。人類なら確実に魔城を討つチャンスを最大限に活用すると考えていた。しかしケーレニオンの予想に反して魔城は30日経った今でも健在だ。こうなってはビショップの駒として最低限の仕事をしないと言い訳が立たない。ゲッシュを力技で解除して転移で魔城の下へ向かうのが最善だ。しかしケーレニオンはそうする事を躊躇した。
魔城とケーレニオンの関係は他の魔将とは少し異なっていた。かつてケーレニオンがケーレニアと呼ばれていた頃。彼女の両親は屈強な冒険者だった。両親だけで無く親戚一同、そして近所全体が冒険者だった。ダークドヴェルグは砂漠文明が口に出すには余りに悍ましい外法によって改造したドヴェルグを祖とするダンジョン攻略用の戦闘種族だ。そして神獣の怒りで文明が滅んびた遥か未来でも冒険者として生き続けた。まるでそうプログラムされているかの様に他の道を選べなかった。ケーレニアの様に他の道を模索する者は一族の裏切り者として迫害された。そして種族の庇護を失ったダークドヴェルグは、ダークドヴェルグを根絶やしにする事に熱意を燃やすドヴェルグに命を狙われる事となる。
ケーレニアは長い逃亡生活で唯一信じられるものが彼女の蔵書だった。いつしかケーレニアは外法を極め、永遠の命を得て永遠に本を読み続ける夢を抱いた。ケーレニアは夢を叶えるために砂漠文明の遺跡を調べ、各国の禁書を閲覧し、遂にリッチへ至る魔法を完成させた。ダークドヴェルグのケーレニアはこの魔法を発動させるために必要な魔力を持っていなかった。なので魔力を一定期間保持できる装置を開発した。それは名前と姿を変え、今日に至るまで魔力電池としてケーレニアの研究をスポンサーした国の正統後継者を自認する北西の帝国で使用されている。
それでもケーレニアはこの魔法が失敗するのを知っていた。この世界では神獣が世界のバランスを取っており、リッチ化の外法は彼らが発生させているガラスの天井に阻まれる。ケーレニアは望みが断たれたと絶望した。その時だった。魔城が彼女に手を差し伸べた。魔城なら神獣の干渉を無効化出来る。そしてケーレニアは魔城の中でダークドヴェルグからビショップの駒ケーレニオンへと不死転生した。
これはケーレニアと魔城の二人だけの秘密。他の駒は知る術もない。ケーレニアは自分が達成できなかったリッチ化を魔城の力を借りて達成した事に負い目を感じていた。それがケーレニオンの行動に現れた。魔城の落城が決定的になった時にケーレニオンは「起死回生の一手」を打つためにグレートダンジョンへ赴いた。そしてケーレニオンは魔城が滅びるまでダンジョンから出なかった。
***
ダンジョンに不法滞在して120年ほどしてラミア族が保護を求めて来た。ケーレニオンは手持ちの蔵書を3回は読んだため、新しい書物欲しさにラミアの申し出を受けた。それに死兵と化したラミア族と戦えば勝てるまでも蔵書に被害が出るかもしれない。ノーコンのファイアボールから飛び散った火の粉だけで世界で一冊しかない禁術の本が燃えるかもしれない。そう思えばラミア族を保護するしか無かった。
ダンジョンに不法滞在して200年目までは特に大きな動きは無かった。マッガデウスがゴブリン種族を進化する方法を問いに来たり、ダンジョンマスターがケーレニオンを排除するために送り込んだ人類の軍勢を国ごと滅ぼしたり、ダンジョンマスターからわび状が届いた程度だ。ラミア族には本を集めろと頼んだが、何故か宝石類が増えたので置き場所をどうするかが最大の悩みだった。
そして80年前に神獣の1柱が異星人に殺された。殺された神獣はケーレニオンの中で愚物の頂点にランクインした。それでもケーレニオンには関係が無いと割り切っていたら、ラミア族経由で人類から相談が来た。ラミア族が古書を仕入れるために手を伸ばした結果、ケーレニオンの所在が露見していた。神獣が復活するには1000年の時が掛かる。しかし人類には余裕が100年も残されていない。何とか神獣を100年以内に復活させる方法は無いか。
ケーレニオンは人類の未来に興味は無かった。しかしありとあらゆる禁術を組み合わせても答えが無い問題となれば別だ。そこでケーレニオンは10年掛けて神獣復活の禁術を組み上げた。それはまさしく狂気の産物であり、術式を見た人間で理解出来ない者は幸いであった。少しでも解析が出来た者はその場で発狂して果てた。術式そのものは簡単だ。異世界召喚の禁術は空間を歪める。ならそれを時空間まで広げれば良い。そしてその広がった時空間で1000年分のループを繰り返し、1000年経った時に神獣を世界に呼び戻せば良い。しかし異世界召喚は期間が短いから成立する。1000年もの時がループする空間を維持する事は不可能だ。そこでケーレニオンは悪魔的な発想で托卵に等しい行為として異世界にループの負担を押し付けた。それがロギが前世で遊んでいた『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』だ。
この完璧な禁術は一つ致命的な問題を抱えていた。ケーレニアのリッチ化と同じガラスの天井にぶち当たるのが確実だった。なのでケーレニオンはリスクを承知で神獣に助力を願い出た。同僚の復活のためなら協力を得られるかもしれないと考えた。その考えは余りにも甘かった。三回門前払いを食らい、四回目でやっと協力を取り付けることに成功した。その代償として「グレートダンジョンから出ない」と言うゲッシュに同意させられた。ケーレニオンは一も二も無く受けた。神獣がケーレニオンの実力を見誤ったのか、それだけで引き籠りには十分と見抜いたのか、ケーレニオンに取って大甘な条件で禁術が唱えられた。
そしてケーレニオンが想定した通りに神獣が復活した。そして人類と神獣に黙っていた魔城もまた復活した。禁術の代償はあると伝えていたが、人類は狂獣が発生する程度と考えていた。狂獣より弱い魔城なら人類に倒されるはずだった。しかし復活した神獣がその日の内に異星人に特攻してまた殺されるとはケーレニオンですら見抜けなかった。
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