013 第三勢力
『ロギ様、やりました!』
ゴブリンの上位種を倒した事でアリシアが領域化を発動させた。上位種からは良い量のマナが回収出来るのでアリシアの判断は正しい。
『良くやった』
ロギは色々と言いたい事があったが、ここは敢えて何も言わなかった。独断専行について雷を落として、今後の改善を期待する手を取り辛かった。
(アリシアの味方は私しかいない。嫌われ役を出来る教師が別に必要か)
魔城の抱える問題の一つとして、全てがロギのワンマン体制で回っていた。アリシアに厳しい対応をし、それが予想外な方向に飛躍した場合、フォローに回れる人間が一人も居なかった。されどこのまま改善点すら指摘できないのではいつまで経っても良くはならない。
『アリシア、トループをもう少し信用してやれ』
『信用? ……分かりました』
普通の村娘だったのが数年の生き地獄を経験した後でロギに救われた。ロギ以外を信用するのは生理的に難しい。でもロギの言葉なら前向きに捉えようとした。そう言う意味で物言わないスケルトンはアリシアのリハビリには悪くないトループだった。
『それはそうと、今回は何か見つかるはずだ』
ロギはゴブリンの上位種が突然現れたとは思っていない。何らかの要因があったはず。一番の可能性は「人間の女」だ。ゴブリンが異種族と交配すると一定確率で弱いゴブリンの亜種が生まれる。確率そのものは低いが、その亜種の一つが上位種だ。少ないとは言え、女の数が増えればそれだけ生まれる可能性が増える。ロギは集落の規模から女がいたとしても一人か二人と考えた。
(ここまでこっち側に人間はいないと思っていたんだが……)
三つの集落を潰し、硬貨の一枚も出なかったのでロギは楽観視していた。それが想定より遠方で人間の孕み奴隷がいた可能性で音を立てて崩れた。ロギは祈る様な気持ちで「ただの突然変異」である事を期待した。しかし彼の細やかな希望はより最悪の方法で打ち砕かれた。
『ロギ様! 繁殖部屋を見つけましたが、住人は既に亡くなった後です』
建物の一つを家探ししていたアリシアが報告する。ロギは何故それが繁殖部屋と分かったかは追及しなかった。追求せずともアリシアの記憶で追体験していた。
『住人の残骸はあるか? 人間か?』
『骨が少々。そして人とは少し違うような?』
『なら魔城に調べさせよう』
魔城に骨を食わせてその結果を見る。
(なんという事だ! アールヴだと? となるとこの集落から南方にアールヴの勢力圏がある可能性が出て来た)
魔城の南方の方が森が茂っている。偶然の一致かもしれないが、手元にある情報では南が怪しいと決め打ちするしかない。ロギには第三勢力との火ぶたを切る気は毛頭なかった。
『アリシア、その骨はアールヴの骨だ。マナ溜まりを浄化したら全速力で魔城へ帰還しろ!』
『は、はい!』
アリシアはロギの雰囲気が突然変わったので驚く。
『見つかれば敵が増えかねない。アールヴが理性的なら良いが、あの自然崇拝主義者は何故かアンデッドを目の敵にする』
『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』では人類寄りだが最終的には自然回帰を否定する全勢力を敵に回す謎行動をした。上手く活用できれば、とアールヴを戦略に組み込む様々なテストプレイの結果が公開されたが、最終的にはコントロール不可能なバーサーカーで評価が落ち付いた。そんな勢力がこんな序盤から魔城にちょっかいを掛けて来たら多大なリソースを消費する事になる。
アンデッドを敵視するのは「自然のサイクルを無視した存在」と信じているからだ。なお他のモンスターと科学主義に傾倒する人類も同じ評価だ。ある種、生者とアンデッドを区別せずに両方とも糞だと断じるロックな姿勢には『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』で一定数のファンがいた。アールヴがその上で有言実行出来るのなら彼らの評価は天元突破しただろう。中盤以降では一定の戦力を揃えた魔城、そして一定の科学技術を揃えた人類双方に狩られるだけの獣に成り果てる。魔城以上に救いの無いバッドエンドを迎える勢力だ。
***
「急ぎ撤収!」
アリシアはロギの命令通りにマナ溜まりを魔城に食わせ、集められる物を急ぎ集めた。アールヴ由来の物が少量見つかったが、それはロギの命令で廃棄した。それを取り返す体で攻められては堪らない。
ビュン! ビュン! ビュン!!
「なに?」
慣れない音を聞いてアリシアが驚く。
ガシャ! アリシアの側にいたスケルトンが頭を矢で射抜かれて倒れた。
「痛!?」
アリシアの左腕を矢が貫通する。アリシアの再生力を持ってすれば秒で治る怪我だ。しかし戦闘が終わったと楽にしていた最中の奇襲にアリシアはパニクった。幾らアリシアの肉体が人間をはるかに凌駕しているとはいえ、その精神性はまだ人に近い。
「きゃあああ!! 誰か助けて!」
最初は降りしきる矢をファイアブリンガーで弾いていたが、冷静さを欠いた中ではミスが多く、ミスをするたびに矢がアリシアの肉を抉った。敵はアリシアが強敵と認識し、矢による攻撃をアリシアに集中したため、アリシアの捌ける許容限界量を超えてしまった。その場で蹲ったアリシアは奴隷だった頃の様に痛い思いをすると覚悟した。しかし、矢は一本もアリシアに刺さらなかった。
「あれ?」
恐る恐る顔を上げると、スケルトンがハチの巣にされながらアリシアの盾として仁王立ちしていた。
「なんで!?」
驚くアリシアに無言のスケルトン。ロギはレーダーでアリシアの様子がおかしいと知り、スケルトンにアリシアを守る様に命じていた。それを理解していないアリシアではスケルトンが自発的に動いたように見える。アリシアが更に何か言える前に矢がスケルトンの頭蓋骨にクリーンヒットした。そしてスケルトンは崩れ落ちた。
「た、戦わないと!」
震えながら立ち上がるアリシアの前にスケルトンが立ちはだかる。そして魔城を指した。
「逃げろって?」
「カタカタ」
雨の様に降り注ぐ矢を再確認してアリシアの考えは決まった。
「みんな、逃げるよ!」
アリシアは一度動き出せば速い。ガルドにモンスターを釣り出す囮として使われた事もある。逃げる時は常に全力で無ければモンスターに食われた回数は10の指では数えたりない。
***
スケルトンはゴブリン集落の中央に陣取った。アリシアの撤退命令はロギの玉砕命令で上書きされた。ロギはアリシアが確実に逃げられるように4つのトループを生贄に捧げる判断を瞬時にした。これがアリシアとアリシアを攻撃してきたアールヴの明暗を分ける事となった。アリシアは強い。しかしその強さは圧倒的な再生力によるところが大きい。アールヴがアリシアに攻撃を集中していれば彼女には搦め手が有効だと気付いたかもしれない。この情報を早期に手に入れたら魔城との戦いの趨勢が大幅に変わっていた。
例え遭遇戦で敗北しようとも主力ユニットを無事に撤退させられるのがロギの強みだ。おまけで情報封鎖に成功したのならロギに取っては勝利に等しい。スケルトントループ4つを注文するに必要なマナは4つの集落の淀んだマナを使えば余裕で支払える。トループを1つも失わない完全勝利は不可能とロギが早い段階で割り切っていたのも大きい。
「戦闘隊長、少女が逃げます!」
アールヴのアーチャーが部隊を率いているアールヴに伝える。
「不浄を滅ぼす事を優先せよ!」
戦闘隊長の判断はアールヴとしては正しかった。アールヴの教義でアンデッドは最優先で滅ぼすべき存在。しかしその判断は戦闘隊長としては間違っていた。アリシアにはスケルトンを指揮する能力があるのは魔法で監視して分かっていた。アールヴが本当に討つべきはアリシアであって、幾らでも替えが効くスケルトンでは無かった。
スケルトンを敵中に突っ込ませればアールヴを何人かは討てた。しかしそうする事でアールヴの陣形が崩れ、アリシアへ向かう者が出るかもしれない。その可能性を排除するためにスケルトンは防戦一方を選択した。少しでも長くアールヴをここに釘付けにする。一本でも多くの矢を無駄打ちさせる。定められた目標に向かって一糸乱れぬ行動こそが魔城の最大の強みだ。
当初の予定からは大幅に遅れて最後のスケルトンが倒れた。ピュロスの勝利に湧くアールヴが気付いていない。アールヴが魔城の怒りを買い、敵と認定されたことを知り得ない。エルフを有効活用して磨り潰す事なら『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』のプレイヤーの中でも三指に入るロギが魔城の制御をしているなんて夢にも思わない。
***
「あれ? みんなは何処?」
魔城が新しく創り出した城壁に片手を突いてアリシアは初めて周りを見渡す余裕が出来た。
「まさか、来ていない?」
アリシアはこの時初めてスケルトンが近くにいないと気付いた。耳を澄ませても何かが魔城に向かって来ている感じはしなかった。
「迎えに……」
「待つんだ!」
「ロギ様! スケルトンが!」
「分かっている。皆はアリシアが無事だと知ってアールヴとの戦いで散った」
「そんな! 私が……私が逃げたから……」
「それは違う! 皆はアリシアに生きて欲しい。私もそうだ」
「ぐす……でも、でも!」
アリシアはロギの胸を借りて泣く。ロギが気付けばアリシアは泣き疲れて眠っていた。
「アールヴ。アリシアを泣かせた代償は高くつくぞ」
ロギは森へ向かってそう宣言し、アリシアを彼女のために新しく用意した寝室まで抱えて行った。
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