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私を捨てて妹を選ぶのですね。構いませんよ。4度目の私はあなたの家が潰れる日まで知っていますので  作者: 渚月(なづき)


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9/10

第9話 証拠は揃った 静かに、すべてを返してもらいます


委員会の審理は、二十三日間に及んだ。その間、私は毎日書類を読み、証言の整理をし、副長と翌日の段取りを確認し続けた。同じことの繰り返しではなく、一日ごとに新しい証拠が加わり、新しい証言者が現れた。


最終審理の日がやってきた。


私はベイン老侯爵の前に立った。


公正委員会の審理室は、王宮の別棟にある。

高い石造りの天井、磨かれた石壁、長い木の机。

窓は南向きで、穏やかな光が室内に差し込んでいた。


老侯爵は八十近い年齢だが、背筋は真っ直ぐだった。

白い髪を後ろに流し、声は低いが通る。目は澄んでいて、疲労の色はない。


書記官が二人、記録の準備をしている。

傍聴席にはイーヴァン殿下の使者が座っていた。


「シェルトン令嬢、陳述を始めてください」


私は深く息を吸った。


「はい」


過去の記憶で積み上げた知見と、今回集めた証拠を、順を追って述べた。


まず文書の偽造について。

原本の通商契約書と偽造版の物理的な差異を説明した。羊皮紙の製法の違い、縁の処理の差、署名部分のインクの濃淡の特徴。


書記官は私の言葉を一字一句書き取っていた。


次に閲覧記録について。

ダグラスが北部の権利書を閲覧した日付と、権利書が書記局から消失した日付の一致を示した。副本の記録がそれを裏付けている。


「この閲覧記録の副本は、騎士団副長カル殿が書記局地下保管庫で直接確認し、書き写したものです」


そして書き置きについて。

ダグラスが残した書きかけの書状の筆跡と、過去の公文書の照合結果を提出した。同一人物の手によるものであることが確認されている。


「さらに、サイクス宰相家が北部の交易拠点を独占した結果、この三年間で北部の穀物と布の価格は大幅に上昇しています。これは城下の商人組合が記録した売買台帳から確認できるもので、組合長の署名入りの証明書も添付いたしました」


ベイン老侯爵は書類から顔を上げた。


「証人はいますか」


「はい。三名おります」


カル副長が立ち上がった。

彼の声は低く、落ち着いていた。書記局での確認作業の経緯と、自身が目にした書類の状態を、簡潔に述べた。余計な言葉はなかった。事実だけを、事実のまま語った。


続いてイーヴァン殿下の使者が、殿下の署名入りの文書を提出した。

北部の通行料の急騰が侯爵の指示によるものだという内部情報の報告書だ。


そしてサラが立った。


妹の手は震えていた。

声も最初は小さかった。しかし話し始めると、少しずつ安定していった。


ダグラスに接触された経緯。脅迫の内容。あの夜の小瓶を持たされた状況。


サラの証言が終わったとき、審理室は完全に静まり返った。書記官のペンが紙をこする音だけが残っていた。


「補足はありますか」


老侯爵が私に問うた。


「一点だけ」


私は前を向いた。


「シェルトン家が求めているのは、失ったものの返還だけではありません。失われた事実を、事実として認めていただくことです。五年間、偽造された書類が正当なものとして通用していた。その間、正しい書類を持つ者は声を上げることができなかった。この審理が、その事実を公に記録してくださることを望みます」


(※豆知識:中世ヨーロッパの法的名誉回復には、公式な宣言と記録が必要だった。爵位の剥奪や追放が不当と認められた場合、復権の宣言が出されて公文書に記録された。これは単なる名誉の問題ではなく、家門の財産権、婚姻権、そして子孫の権利にも影響する重要な手続きだった。記録に残ることそのものが、未来への保証となった。)


老侯爵は長い間、書類を見ていた。

ペンで書類の端に何かを書き込み、書記官に確認し、もう一度書類を読み直した。


やがて顔を上げた。


「審理の結果を述べます」


室内の空気が張りつめた。


「シェルトン家に対する爵位停止および追放令を、不当なものとして無効とする。北部交易拠点の管理権限については、原本の通商契約書に基づき、シェルトン家への返還手続きを開始する」


静かな一文だった。

大声ではない。

しかしその重みは、室内の空気を確実に変えた。


「サイクス宰相家については、文書偽造および権益の不正取得の嫌疑で、別途調査を継続する。ライオネル第一王子については、関与の程度に応じて王家内部での処置に委ねる」


それで審理は終わった。


派手な罰則の宣告はない。

断罪の演説もない。

しかしサイクス家の調査が始まれば、家の終わりは時間の問題だ。制度が動き始めれば、もう個人の力では止められない。


私はベイン老侯爵に深く礼をして、審理室を出た。


廊下に出ると、カル副長が隣にいた。


「終わりましたね」


「ええ」


「疲れましたか」


「少し」


「少し、ですか」


副長の声に、珍しく笑みの気配があった。

普段は表情を動かさない人だが、声に感情が乗ることがある。


私は歩きながら言った。


「あなたが隣にいてくれなければ、今回も終わりませんでした」


「そうは思いません」


「なぜ」


「あなたは一人でも動いていた。三度、一人で動いて、三度死んだ。四度目に変わったのは、あなたが弱くなったからではなく、手を伸ばすことを選んだからです」


その言葉に、足が止まりかけた。


副長も立ち止まった。


「私は──ただ、隣を歩きたかっただけです」


廊下の先に、外の光が見えた。

春が近い光だった。


私は少しだけ歩幅を緩めた。


副長も、同じ速度で歩いた。


それだけのことだった。

でも、それで十分だった。





審理室を出た後、私たちは王宮の中庭を歩いた。


石畳の上を、ゆっくりと。

急ぐ理由がない時間というのは、四度の人生で初めて経験するものだった。


中庭の噴水が、静かに水を吐いていた。

午後の光が水面に反射して、石壁に小さな光の模様を作っている。


噴水の前で、私は足を止めた。

水が静かに落ちる音が、耳に心地よかった。


「審理の間、老侯爵の眉が一度動いたの、気づいていましたか」


「気づいていました。あの瞬間は少し、息が詰まった」


副長がそう言うのは珍しいことだった。

この人は自分の感情を口にしない。行動で示す人だ。


それが今日は、言葉にしてくれた。

何かが変わったのだと思った。

副長の中でも、私の中でも。


噴水の水音が、二人の間の沈黙を埋めていた。

しかしそれは居心地の悪い沈黙ではなかった。

むしろ──言葉がなくても通じるものがあると、初めて感じた瞬間だった。


中庭の端に、小さな花壇がある。

冬を越えた花が、まだ少しだけ残っていた。

その花を見ながら、私は思った。


全部終わったら、庭の手入れをしよう。

シェルトン邸の花壇は、きっと荒れている。

でもそれでいい。荒れた庭を、一から整えればいい。


全部終わったら、庭の手入れをしよう。

シェルトン邸の花壇は、きっと荒れている。

でもそれでいい。荒れた庭を、一から整えればいい。


副長が隣を歩いている。

同じ速度で、同じ方向を向いて。

それだけのことが、こんなにも安心できるものだとは知らなかった。


翌日、サイクス宰相が委員会に召喚された。そしてライオネル殿下の王太子資格が停止され、第二王子イーヴァン殿下への王位継承手続きが始まったという報せが、王都を静かに揺るがした。


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