第10話 四度目の春に、私はようやく泣いた
どんでん返しというものは、大きな音では起きない。それは静かに、ゆっくりと、紙が一枚ずつ重なるように事実が積み上がって、最後にひっくり返る。
季節が変わっていた。
王都の街路樹に新芽が吹き、花壇の花が色づき始めた頃、ベイン老侯爵から正式な文書が届いた。
シェルトン家への全権利の返還。
北部交易拠点の管理権限の回復。
爵位の完全な復権。
そして──五年間の権益不正取得に対する賠償命令が、サイクス宰相家に下された。
私は書類を机の上に一枚ずつ広げて、順番に読んだ。
文面は淡々としている。
法律文書というのは、そういうものだ。
感情を排して、事実だけを記す。
しかしその事実の一つ一つが、四度のループで私が見てきたすべてに対する答えだった。
手が震えた。
今度は、怖いからではなかった。
ルースが隣で見ていた。
「お嬢様」
「大丈夫です」
大丈夫ではなかった。
でも、大丈夫な方向に向かっていた。
宰相家の処分は、当主の引退と家産の一部返還を条件に、爵位の格下げという形で決着した。
一族の断絶や投獄という厳罰ではなく、制度の枠内での処置だ。
それでいい、と私は思った。
過度な罰は新しい恨みを生む。淡々と、制度の中で決着をつける。
それが四度目の私が選んだやり方だ。
ライオネル元殿下は王太子の資格を失い、王宮を離れて辺境の修道院に向かった。
出発の日、彼は振り返らなかったと聞いた。
彼のことを憎んでいるかと聞かれたら、答えに困る。
ライオネル殿下は悪人ではなかった。ただ、自分で考えることを放棄した人間だった。
周囲の声に流され、都合のいい方を選び続けた結果、すべてを失った。
それは罰というより、帰結だった。
サラは委員会での証言を終えた後、しばらく城下で暮らしていた。
証言の功績は認められたが、王宮での立場は失った。
「お姉様」
サラが訪ねてきたのは、花が散り始める頃だった。
「私、北部に行こうと思うの」
「北部に?」
「交易拠点の管理を手伝いたいの。お姉様の邪魔にはならないようにする。でも──何かしたいの。今度は自分で決めて」
私はサラの顔を見た。
これまで見てきた妹の顔とは、少し違っていた。
目の色は同じ薄青だが、その奥にある光が変わった気がした。
「歓迎します。仕事は山積みですから」
サラは少し笑った。
初めて見る笑顔だった。作り笑いではない、不器用な、本物の笑顔だった。
◇
それから数日後、イーヴァン殿下が正式に王太子に認められた。
即位の儀は質素なものだったと聞いた。
殿下らしい選択だった。
シェルトン邸に戻った私は、庭の手入れから始めた。
留守の間に雑草が伸び、花壇は荒れていた。しかし木は新しい葉を出していた。
放っておいても育つものがある。
それは少し救いだった。
「これからどうするつもりですか」
庭の縁石に腰かけたカル副長が聞いた。
騎士団の制服ではなく、私服の外套を着ている。休暇はとっくに期限が過ぎているはずだが、彼は何も言わなかった。
「北部の管理を立て直します。五年間の空白は大きい。書類の整理だけで数ヶ月かかるでしょう」
「大変ですね」
「ええ。人手も足りません」
「手伝いましょうか」
私は副長を見た。
春の日差しが彼の横顔を照らしていた。
日焼けした肌、まっすぐにこちらを見る目。出会ったときと同じ目だ。
ただ──あのときよりも少し、柔らかくなった気がする。
「それは仕事の申し出ですか、それとも別の何かですか」
副長は少し間を置いた。
その「間」が、この人らしかった。
「両方です」
私は小さく笑った。
四度の人生を経て、ようやく心から笑えた気がした。
「ならば、歓迎します」
副長は頷いた。
何も言葉を足さなかった。
私は少し間を置いた。
「つまり、騎士団はどうするんですか」
「異動届を出しました。北部の巡回駐在に」
「そんな配置、ありましたか」
「殿下に頼んで、作ってもらいました」
この人は、いつも先に動いている。
そして、それを自分からは言わない。
「……あなたらしい」
「それは褒め言葉ですか」
「ええ。最上級の」
庭の風が、春の匂いを運んできた。
土と草と、かすかな花の匂い。
そのとき、扉が開いてルースが出てきた。
手に小さな紙包みを持っている。
「お嬢様、北部から届き物です。商人組合から」
私は受け取って、開けた。
中には小さな乾燥した花が入っていた。
薄い紫色の花びらが、紙の中で静かに揺れた。
「これは?」
「北部の山で春に咲く花だと、副長が以前教えてくれました」
副長を見ると、彼は少し目を逸らした。
「商人組合が、取引の正常化を喜んでいたそうです。それをあなたに届けたいと」
私は花を見た。
小さくて、色が薄くて、地味な花だ。
宮廷の花壇にある薔薇や百合とは比べものにならない。
一度目から三度目まで、私はこんなものを受け取ったことがなかった。
名誉も地位も金も、それを争って三度死んだ。
でも、この花は──誰かが、ただ届けたいと思って送ったものだ。
感謝や打算ではなく、ただ「渡したい」という気持ちだけで。
目が熱くなった。
「ルース、少し席を外してくれますか」
「はい」
ルースは微笑んで、邸の中に戻った。
庭に、副長と私の二人が残った。
「泣いているんですか」
副長が静かに言った。
「ええ」
認めた。
隠そうとしなかった。
もう隠す必要がなかった。
「三度、死にました。四度目で、ようやくここまで来ました。それだけのことです」
副長は何も言わなかった。
そっと、私の隣に立った。
肩に触れるでもなく、手を取るでもなく。
ただ、同じ場所に立っていた。
私はしばらく泣いた。
声は出さなかった。
ただ、目から水が流れた。
花びらが風に揺れて、一枚だけ指先から離れた。
庭の土の上に落ちて、春の光を受けて薄く光った。
四度目で初めて、泣くことができた。
何度も死んで、ようやく気づいたことがある。
守りたいものは、地位でも名誉でも財産でもなかった。
誰かと同じ季節の中にいること。
同じ風を感じて、同じ花を見ること。
それだけで、十分だった。
◇
数日後、ベイン老侯爵から短い書簡が届いた。
「シェルトン令嬢の審理における証拠の提示と陳述は、本委員会の記録に残る模範的なものであった。事実に基づき、感情に流されず、手順を重んじた姿勢に敬意を表する」
老侯爵らしい文面だった。
褒めているのか事務的な報告なのか、判別がつかない。しかしその一文が、私には何より嬉しかった。
記録に残った。
事実が、事実として認められた。
それは四度のループで、初めて手に入れたものだった。
ルースがその書簡を読んで、目を赤くした。
「お嬢様、よかったですね」
「ええ」
「これで安心して眠れます」
「ルース、あなたは私以上に眠れていなかったでしょう」
ルースは少し笑って、否定しなかった。
この侍女は、いつも私より先に起きて、私より後に眠っていた。
それを知っていたが、言わなかった。言えば彼女は「当然のことです」と言うだろう。
当然のことではない。
でも、その「当然」が、どれほど私を支えていたか。
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