ぶつかる拳
それぞれの因縁が交錯し、一斉に戦火が爆発する中、一番最初に肉体が激突したのはこの場所だった。
「いくぜえ!!」
ドラコが獰猛に吼えると同時、一瞬にしてジリアンとの距離をゼロにする。常人では捉えきれない超高速の踏み込みから、しなる鞭のごとく強靭な尻尾を、ジリアンの横顔めがけて容赦なく叩きつけた。
バッチイイイイン!!!!
肉と肉がぶつかる凄まじい衝撃音が響く。が、ドラコは即座に眉をひそめた。
「ああ!?」
見れば、ジリアンはドラコの尻尾が直撃する直前の瞬間、その極太の尻尾を素手でがっしりと掴み止めていた。超至近距離、至極の反射神経。
「でけえ身体の割に、ずいぶんと素早いんだな」
ジリアンが狂気的な笑みを浮かべて呟く。次の瞬間、彼はドラコの尻尾を両手でしっかりとホールドすると、凄まじい怪力で自らの身体をこまのように高速回転させ、ドラコの巨体を力任せにぶん投げた。
「おおお? おわっ!!」
遠心力に抗えず、ドラコの巨体が宙を舞う。そのまま背後の太い大木へと激しく激突した。ドガァンと爆音を立てて木々がへし折れ、土煙が舞い上がる。
「……へっ、お前、ただの人間のくせに、いい強さしてんじゃねえか」
ドラコはへし折れた木々を撥ね退け、何事もなかったかのように不敵に笑いながら立ち上がった。
「生まれた時から、ただの一度も負け知らずなんでな」
ジリアンが肩を回しながら、不遜に言い放つ。
「じゃあ、今日は記念すべき日になるな!」
ドラコは背中の頑丈な羽を少しだけはためかせた。直後、ジリアンの視界からドラコの姿が完全に消える。
「おっ?」
ジリアンが視線を走らせた、その瞬間のことだった。意識の外側、ジリアンの真横から迫ったドラコの尻尾が、彼の横顔を今度こそ正確に捉えた。
バチイイイイン!!!!
「ぐおっ!?」
クリーンヒット。凄まじい衝撃波を撒き散らしながら、ジリアンの身体は弾丸のような勢いで真横へと吹っ飛ばされ、何十メートルも地面を転がっていった。
「ほら見ろ? 今度は当てたぜ。俺様がお前に、人生初の敗北ってやつを教えてやるよ」
ドラコが勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
吹っ飛ばされた衝撃で激しく舞い上がった砂煙の中から、フラフラとした足取りでジリアンが再び姿を現した。
「ふぅー……。さすがに頭が揺れるぜ……」
ジリアンは生唾を吐き捨てると、首をコキコキと左右に振って脳の震えを強制的に強引にリセットする。
「じゃあよ……こいつならどうだい?」
ジリアンは足を肩幅まで大きく開くと、ぐっと腰を深く落として、構えを取った。
「ふんっ!!」
ジリアンが腹の底から気合の咆哮をあげる。
すると、その瞬間、彼の肉体から目に見えるほどの鮮烈な青白いオーラが、地を裂くような勢いで勢いよく湧き出てきた。
それを見たドラコが、驚愕に細い目を丸くする。
「おっ、マジか……」
しかし、驚きは一瞬。ドラコはすぐに凶暴な笑みをその顔に浮かべた。
「勇者以外の人間で、まさか『神力』を扱える奴がいるとはな……!」
「俺は特別な存在らしくてな。なんでも、王国の上の奴らが極秘裏に研究してた『完成品』なんだよ」
ジリアンが冷徹に、自らの出自を語り出す。
「極秘の研究だって?」
ドラコが問いかける。
「ああ……。神の力を持つ勇者を、人工的に造り出す研究さ。目的は一つ……世界に唯一残った異人、お前ら『竜人族』だ。お前らトカゲの化け物を一匹残らず皆殺しにするために、俺はこの世に生み出されたのさ」
「へえ。どうりで、この俺様がその研究を知らない訳だ。あのアインシアのゴミ王め、俺たちの裏でそんな面白そうなことを隠れてやってやがったのか」
ドラコがクスクスと、喉を鳴らして楽しそうに笑う。
「まあ……そのクソ忌々しい研究所も、研究員どもごと俺自身の手で綺麗にぶっ壊してやったから安心しろ。……もっとも、研究がなくなろうが、俺がお前をここで殺すことに変わりはねえけどな」
ジリアンが青白い神力を拳に集約させる。
「……面白い。やれるもんなら、やってみろやァ!!」
ドラコが吼えると同時、今度は彼の肉体から、すべてを焼き尽くすような紅蓮の赤いオーラが爆発的に噴き出した。
「――これが、俺様の神力だ!!」
激しく激突し、周囲の大気をパチパチと弾けさせる、二つの神力のオーラ。
二人は地を這うような重い足取りで、一歩、また一歩と、お互いに歩み寄っていく。
そして、互いの拳が確実に相手の肉体に届く極小の間合いに達した、その瞬間――。
二人は同時に、フッ、と獰猛に笑った。
直後、息を呑むような壮絶なインファイトが始まった。
ドガッ! バキッ! ズドォン!!
防御や回避そんな軟弱な概念は、今の二人には一切存在しない。互いに完全なノーガード。ただ己の拳に全神力を乗せ、相手の肉体を破壊するためだけに、本気で、がむしゃらに殴り合う。
拳が肉を捉えるたび、二色の波動が炸裂し、突風となって周囲の木々を木端微塵に吹き飛ばしていく。周りの環境すら、彼らの暴威の前には容易く破壊されていく。
何秒、あるいは何分、その狂気的な殴り合いが続いただろうか。
お互いに一歩も引かず、ただ肉体の限界を超えて拳を突き出し合う。
だが――わずかにドラコの竜の肉体のタフさが勝った。
ジリアンの大振りの隙を突き、ドラコの渾身の右ストレートが、ジリアンの顎を完璧にぶち抜いた。
「が、はっ……!?」
脳を強烈に揺さぶられ、ジリアンは後ろへと激しく吹っ飛ばされ、そのまま地面へと大の字に倒れ込んだ。
「はあ……はあ……! おい、お前最高だなあ!!」
突き出した拳からまだ赤い神力を揺らめかせながら、ドラコが興奮で肩を揺らして叫んだ。これほど正面から自分と殴り合える人間に、出会ったことなどなかった。
倒れたままのジリアンは、天を仰ぎながら、静かに肩を震わせ始めた。
「ふ……フハ、フハハハハハ……!!」
狂ったような笑い声が、彼の口から漏れる。
「ようし……。こいつは、あの魔神に植え付けられてムカつくから使うつもりはなかったが……お前相手なら、もっと、もっと本気の力でぶつかりてえ」
ジリアンはぐっと膝に手をかけ、執念だけでその場に立ち上がった。
そして、右の拳を天高く突き上げると、なんとそのまま、自らの胸の中心を全力で殴りつけた。
ボンッ!!
鈍い衝撃音が響き、その勢いのまま地面にガハッと深く座り込むジリアン。
「は? お前……何やってんだ?」
突然の自傷行為に、ドラコが怪訝そうに目を細める。
ドックン……!!
ジリアンの身体が、一回だけ、大きく跳ねるように脈打った。
すると、先ほどまで彼の身体を覆っていた美しい青白い神力のオーラが、嘘のようにスッと消えていく。
代わりに――彼の足元から、どろりとした、漆黒の、底知れない『黒色のオーラ』がねっとりと湧き出てきた。
その黒い霧は、ジリアンの肉体の傷を侵食するように包み込み、全身へと瞬く間に回っていく。
完全に闇のオーラが全身に行き渡ったその瞬間、ジリアンはスッと、何事もなかったかのように立ち上がった。
ゆっくりと顔を上げるジリアン。その瞳は、完全に魔神の赤へと染まっている。
「ふぅ……。すげえな、おい……。これが、魔神の力ってやつか……」
「なんだ? 魔神の力だって?」
ドラコがその不気味なマナの変質を凝視する。
「ああ……。これが、俺の持ってた『神力』と、キュレムから与えられた『魔神の力』を強制的に融合させた、俺だけの新しい境地だ」
ジリアンの拳から、空間を腐食させるような圧倒的な闇の波動が立ち上る。
「……そいつは、最高じゃねえか……!!」
ドラコは口角を極限まで釣り上げ、獰猛な竜の牙を剥き出しにして笑った。
相手が強くなればなるほど、彼の竜人としての血が歓喜に沸き立つ。ドラコは両手の骨をバキバキと凄まじい音で鳴らし、次なる極限の死闘へ向けて、その赤いオーラをさらに爆発させるのだった。




