仲間
「さすがにやべえな……こりゃぁ」
地平線を埋め尽くす魔物の大群と、不気味な笑みを浮かべる魔神たちを前に、ドラコが冷や汗を流しながら呟いた。
「あの魔物たちを止めないと……一気にユグドラシルが落とされる」
奏多が刀の柄を握る手に力を込める。
「おいおい。必死なところ悪いが、そのまえに俺たちがいるのを忘れてねえよな?」
ダウラが禍々しい赤色の瞳をぎらつかせ、愛用の槍を肩に担ぎながら前に歩み出てきた。
「ダウラさん……本当に、私達と戦うんですか……?」
かつての戦友の姿に、アリスが悲痛な声をあげる。
「あらあらアリスちゃん。私たちと戦うのが怖くなっちゃったの?」
アウラがクスクスと、洗脳特有のうつろで歪んだ笑い声を響かせる。
「アリスちゃん……キュレム様のために、ここで大人しく死んでくれ」
ロウラもまた、感情の消えた声で淡々と死を告げた。
「アウラさん……それにロウラさんまで……っ」
アリスが唇を噛み締める。
「俺としては誰が相手でもどうでもいいけど、早くやろうぜ? 身体が疼いて仕様がねえんだ」
ギガスのジリアンが、首の骨を鳴らしながら凶暴な笑みを浮かべた。
「ふん、俺様もお前みたいな強い奴と戦うのは大好物だが……それよりもまず、あのワラワラいる魔物の大群が邪魔で仕方ねえな」
ドラコが忌々しそうに森の奥を睨みつける。
「……なんであんたがそこにいるんだよ、ガイのおっさん!」
太一が大剣を構え、操られたグランドマスターの姿に向かって叫んだ。
ガイは静かに剣を抜き、冷酷な視線を太一へと向ける。
「剣聖よ。何も出来ないお前に、その剣の基本を教えたのはこの私だ。ゆえに、お前の剣筋などすべて見切っている。攻略するのは容易い」
「先にこいつらをどうにかして、一刻も早く魔物を止めないと国が終わる……!」
奏多が覚悟を決め、静かに刀を抜き放とうとした、その時だった。
「ずいぶん楽しそうであるな、主よ」
威厳と神秘に満ちた声が響き、奏多の影から、漆黒の髪を揺らす精霊王オウがいきなり姿を現した。
「オウ……!」
驚く奏多に、オウは腕を組んで不敵に笑う。
「状況は影の中から見ておったゆえ、すべて把握しておる。奏多よ、今すぐアリスティアの皆をこの場に転移させるのだ」
「はあ!? お前何言ってんだ、そんなことできるわけねえだろ!」
「できるできないではない、やるのだ。我が主、アリスティアの王たるお前ならば、それくらいやってのけるであろう?」
オウがニヤリと主を試すように笑う。
その言葉に、奏多の脳裏に電撃のような閃きが走った。
(そうだ……俺の『空きスロット』なら……!)
極限の窮地の中、奏多は全神経を集中させ、自身の魂の奥底にあるシステムへと強く願いを込めた。
『望むんだ。みんなを、アリスティアの仲間たちをここに転移させるスキルを……!』
パッ、と奏多の視界の端でステータス画面が激しく明滅し、書き換わっていく。
【スキル:転移(極級)を獲得しました】
そのシステムログを確認した奏多の目に、確かな闘志が戻る。
「よし……!!」
奏多は天に向かって、全力でその名を叫んだ。
「――スキル、『転移(極級)』!!!!」
……シーン。
一瞬の静寂。周囲の光景には何の変化も起きない。
「ん? あれ……? なんも起きない……か?」
奏多が拍子抜けしたようにポツリと呟く。
「おいおい奏多、一体何やってんだ? 絶望的な状況すぎて、ついに頭がおかしくなっちまったか?」
ドラコが呆れたようにツッコミを入れた、その直後だった。
「おいドラコ! あんた、さっきから奏多殿を馬鹿にしてんじゃないよ!」
いきなり、ドラコのすぐ真後ろから凛とした怒声が響いた。
「ん?」
ドラコが驚いて勢いよく振り返る。
「あ、アルマ!? な、なんでお前がここにいやがる……!?」
そこには、鳥人族のアルマが、白い羽を羽ばたかせて飛んでいた。
「奏多殿が新しいスキルで、私たちを丸ごと転移させてくれたんじゃないか。これこそが、アリスティアの王の力だよ!」
アルマが美しく力強い翼を少し羽ばたかせ、誇らしげに胸を張る。彼女の背後を見渡せば、いつの間にか地平線を埋め尽くさんばかりの、武装したアリスティアの民たちが、視界いっぱいに立ち並んでいた。
「大成功じゃねえか……!」
奏多が自分の手のひらを見つめ、歓喜の声をあげる。
「奏多殿。オウ殿から事情は聞いておったゆえ、皆、武器を持っていつでもいけるよう待機しておったのじゃ。ワシらアリスティアの民も、共に戦わせてくれ」
エンシェントエルフのクルスが、静かに、しかし圧倒的なマナを身に纏って不敵に笑う。
「みんな……っ」
予期せぬ最強の援軍の登場に、アリスの瞳に涙が浮かぶ。
「アリスさん、なに泣きそうになってんだよ。俺たちはアリスティアの住民だぜ? 王がピンチなら、国を挙げて駆け付けるのは当たり前だろ」
獣人のレトルが、牙を覗かせて不敵に笑った。
「――よし。じゃあ、行こうか!」
奏多の鋭い一言が、反撃の狼煙となった。
「ちょっとぉ! なんなのよそれ! そんなのあり!? もうやだぁぁぁ!」
予想外すぎる大軍勢の出現に、上空のキュレムが手足をバタバタさせて発狂する。
「嫌なのは、俺たちも一緒だ」
「――ッ!?」
突如として、自分のすぐ真後ろから冷徹な声が聞こえ、キュレムの背筋に極大の戦慄が走った。
振り返ると、そこにはいつの間にか空間を転移し、刀を抜いた奏多が宙に立っていた。
「な、なにお兄ちゃん、なんでここにいるの!?」
「下の奴らは、信頼できる仲間にすべて任せてきた。だからお前は……俺がここでぶっ倒す」
「あー! もうほんっとうに怒った! ぜったい、ぜったい、ぜったい……!!! 殺してやるぅぅぅ!!」
キュレムが顔を般若のように歪め、狂暴な魔力を爆発させる。
その空中の一騎打ちを下から見上げる中、地上ではクルスがアリスティアの全軍に向けて声を張り上げた。
「全員に告ぐ! 目の前の忌々しい魔物どもを、1匹残らず打ち滅ぼすのじゃぁぁぁ!!」
クルスの号令が響き渡ると同時に、「うおおおおお!」と地鳴りのような雄叫びをあげて、アリスティアの住民たちが一斉に飛び出した。
「おっしゃぁ! ひっさしぶりの大祭りじゃぁぁ!」
小柄ながらも頑強な肉体を持つドワーフのボンドが、巨大な斧を豪快に振り回しながら爆走する。
「お前には負けんぞ、ボンド!」
獣人族のゲルドも、野生の俊敏さと大盾を構えて負けじと前線へ飛び出していく。
「ドラコ! あいつらの相手はわっちたちに任せな! あんたはそこの、いけ好かないデカい人間をやりなよ!」
鳥人族のアルマが数人の戦士を引き連れ、大空から魔物の大群を引き受けに飛び去っていく。
「ふん。じゃあ、俺様も自分の仕事を片付けなきゃなあ!」
ドラコがジリアンを鋭く睨みつける。
「面白そうなじゃねえか、トカゲ野郎。どっちが上か、白黒つけようぜ」
ジリアンが狂気的な笑みを浮かべて受けて立つ。
「我は少し、全体の様子を見ておくとするか」
オウが静かに後ろに退く。
「そうだな。師匠はそこで、俺の成長した戦いを見ててくれよ」
レトルがそう言うと、槍を器用に回しながら、一人の男の前へと歩を進めた。
目の前に立ったレトルを見て、ダウラが眉をひそめる。
「なんだよ。てっきり奏多が来るかと思ったが……。でも、お前が相手なら話は別だよな、兄弟?」
ダウラは、かつて兄弟と呼び合ったレトルに向け、槍の先を突きつける。
「強くなった俺の、最初の相手になってくれよ、兄弟」
レトルは寂しげながらも、戦士としての喜びを瞳に宿して嬉しそうに微笑んだ。
「ダウラ、負けないでよ! ……じゃあ、私はアリスちゃんを倒しちゃおうかしら」
アウラが優雅に歩み寄る。
「アウラさんたちの暴走は、私が絶対にここで止めてみせます!」
アリスがレイピアを引き抜いて構える。
「俺も……悲しいけど、アリスちゃんを倒すよ」
ロウラが背後から回り込む。
「2人まとめて、かかってきてください!」
アリスの瞳に、もう迷いはなかった。
「ガイさん、俺はあんたを本当に尊敬してたんだぜ……? だけど、今のあんたは斬らなきゃ進めねえんだもんな」
太一が大剣を強く握り直し、かつての師と対峙する。
「やってみろ、若き剣聖よ。グランドマスターまで上り詰めた、私の本物の実力を見せてやろう」
ガイの剣が、鋭いキィンという音を立てて構えられた。
こうして――
奏多 VS キュレム。
ドラコ VS ジリアン。
レトル VS ダウラ。
アリス VS アウラ&ロウラ。
太一 VS ガイ。
そしてオウが見守る中、アリスティアの誇り高き民と魔軍の大激突。
それぞれの譲れない想いを懸けた、全面戦争の火蓋が本格的に切って落とされたのだった。




