絶望のマッチアップ
キュレムの強力な精神支配によって自我を失い、まるでゾンビのようになった大量の冒険者たちが、狂暴な勢いで奏多たちに向かって一斉に襲いかかってくる。
「ドラコ! さっきのをまたやってくれ!」
押し寄せる大群を前に、奏多が叫んだ。
「わかってる!」
ドラコが再び深く息を吸い込み、咆哮の構えをとる。
しかし、その様子を上空から見下ろしていたキュレムが、くすくすと不敵に笑いながら言葉を投げかけた。
「あー! 一応言っておくけど、さっきの衝撃波はもう効かないよ! 脳の機能を、一つの命令だけ聞けるように完全に遮断しちゃってるからね〜!」
「チッ! 奏多、どうする!? 殺しても構わねえってなら、一瞬で片付けてやるぜ!?」
敵の耐性を察したドラコが、苛立ち交じりに牙を剥く。
「駄目だ! こいつらは操られてるだけだ、殺さないように倒すしかない!」
奏多が即座にそれを制した。
「そうなるよね……っ、はあっ!」
萌が鋭い掛け声とともに、前線へ向けて即座に魔法を打ち込んだ。
彼女の持つ杖から放たれた巨大な火の玉は、迫り来る冒険者たちの真ん中で激しい爆発を起こす。
「おい椎名! やりすぎだぞ! 死んじまうだろ!」
太一が慌てて声を荒らげる。
「力はちゃんと抑えてるっつーの! あんたの脳筋大振りと一緒にすんな!」
萌が言い返す。
しかし、上空のキュレムはその光爆を見ながらも、ニヤリと余裕の笑みを崩さない。
煙が晴れた爆発の渦中から、衣服を焦がし、ボロボロになった冒険者たちが何事もなかったかのように平然と歩み出てきた。中には足の骨が折れているのか、不気味に地面を這いながら執念深く進んでくる者までいる。痛みを感じる神経すら遮断されているのだ。
「な、なんなんだよこいつら……! バケモノかよ!」
太一が戦慄して一歩退く。
「くっそ! どうしたら……」
下手に攻撃すれば相手の肉体が壊れ、かと言って手加減すれば押し潰される。奏多が打開策を見出せず歯噛みした、その時だった。
「空井くん! 私がどうにかします!」
背後から、愛多が強い決意を秘めた声で叫んだ。
「委員長!? 何か考えがあるのか!?」
「はい。私にやらせてください」
愛多は一歩前に出ると、奏多に向かって安心させるように「ニコッ」と一瞬だけ微笑み、すぐに凛とした表情で前方の敵を見据えた。
「私にだけ使える、このユニークスキルなら……! 『女神代行!!」
「愛多! そのスキルは、まだあんたの身体じゃ――!」
萌が血相を変えて叫ぶ。
「何があるんだ?」
奏多が問いかけると、萌が焦りながら説明した。
「あれは、女神の力を一時的に少しだけ降臨させて使えるようにする、聖女のスキルなのよ! だけど負担が――」
萌の言葉の途中で、愛多の身体から神聖な純白の光が爆発的に溢れ出た。
光は彼女の背後で急激に収束し、やがて巨大な光の粒子で形成された『女神の胸像』のような神秘的な姿を形作っていく。その巨大な光の女神は、慈愛に満ちた表情で両手を前に出し、静かに祈るようなポーズを取った。
その瞬間、聖なる波動が波紋のように一帯へ広がると、さっきまで狂暴に突き進んできていた大量の冒険者たちが、ピタッと紐を切られたように動きを止めた。
「はあ? なに拒絶してんのよー! ほら、早く動いて!」
キュレムが空中でジタバタと足を動かして憤慨する。
だが、彼女の命令が届くことはなかった。冒険者たちは次々と、深い眠りに落ちたかのようにその場に静かに倒れ込んでいった。
「え? なによなによ! どうしたのよ、これ!」
完璧だったはずの支配を破られ、キュレムが声を裏返して狼狽する。
愛多は鋭い眼差しを上空のキュレムへと向け、荒い息を吐きながら毅然と言い放った。
「無駄です……。女神の力により、この方たちの体内に無理やり流し込まれていた、あなたの禍々しいマナをすべて『浄化』しました……!」
「愛多さん、すごい……」
周囲を埋め尽くしていた脅威を瞬時に無力化した光景に、アリスがぽつりと感嘆の声を漏らす。
「ええ、確かに凄いわよ。……でもね、あの力は愛多自身のマナを限界を超えて大量に使用しているのよ!」
萌の表情は未だ険しい。
愛多は、最後の冒険者が倒れるのをその目で見届けると、緊張の糸が切れたように背後の女神の光像を霧散させ、同時にガクリと膝をついてその場に倒れ込んだ。
「委員長!」
奏多が素早く駆け寄り、倒れる寸前の愛多の身体をがっしりと抱き起こした。
「大丈夫か!?」
愛多は青白い顔で、苦しそうに息を乱しながらも、どこか誇らしげに弱々しく笑った。
「すいません……。これが、いまの私にできる限界です……」
「委員長……本当に無理すんなよ」
奏多は彼女の無茶を咎めつつも、その献身に深く感謝した。
奏多はすぐに振り返り、萌に指示を出す。
「椎名! 委員長を頼む!」
「ええ、わかってるわよ!」
萌が素早く杖を掲げると、愛多の身体がふわりと魔法で宙に浮き、萌のすぐ後ろへと運ばれた。萌はすぐさま愛多を優しく地面に寝かせ、その周囲に何重もの強固な魔力障壁を展開する。
「私が愛多を絶対に守っておく。空井! 太一! アリスちゃんにドラコさん! あとはよろしくね!」
「ああ!」
奏多が力強く頷き、腰の刀の鞘に手をかけた。
「わかってる! 夢野だけにカッコいいところ、持っていかせてたまるかってんだよ!」
太一が大剣を引き抜き、不敵に笑う。
「私もがんばります!」
アリスが短剣を構え、闘志を燃やす。
「いい根性してたぜ、聖女サマ。あとは俺様たちに任せな!」
ドラコが骨をポキポキと鳴らしながら前に出た。
「あああ! もう! なんなのよ、これ!! つっかえない人間の冒険者たち! むむむ……!」
上空でキュレムが顔を真っ赤にして怒りを爆発させる。しかし、すぐにその表情をサディスティックな歪んだ笑みへと変えた。
「……しょうがないなあー。私のお気に入りたちを使うしかないね!」
キュレムがパチンと指を鳴らした。
その瞬間、「はあああ!!」という鋭い咆哮とともに、木々の隙間から、凄まじい速度の影が上空から奏多たち目掛けて降ってきた。
「っと……!」
奏多は直感的に後ろへと大きく跳躍し、その一撃を危機一髪で回避した。
ドォン! と激しい音を立てて着地し、土煙の中からゆっくりと立ち上がった男。
その男はニヤリと凶悪に口元を歪めると、奏多を睨み据えた。
「久しぶりだな……奏多!」
「お前は……ダウラ!?」
奏多は信じられないものを見たというように、驚愕で目を丸くした。
「なにしてんだよ、お前がこんなところで……!」
「なにしてって……決まってんだろ? キュレムちゃんのために、お前をぶっ倒しにきたんだよ」
不敵に笑うダウラの瞳は、禍々しい深紅の光を放っていた。
「奏多、気をつけろ。こいつ、さっきの奴らとは格が違う……特別な、深い洗脳を施されてやがる」
ドラコが低い声で警告する。
「――そして、あいつらもな」
ドラコが太い指で指し示した方向。森の奥から、さらに数人の人影がゆっくりと歩み出てきた。
そこには、ダウラと同じくS級冒険者『バーニングハート』のメンバーであるアウラとロウラ。そして同じくS級冒険者『ギガス』のジリアン。さらには、冒険者ギルドの最高権力者であるグランドマスター・ガイまでもが、赤く濁った瞳でそこに立ち並んでいた。
「お前らまで……!」
奏多の拳に思わず力がこもる。かつての戦友や、冒険者最強の男までもが操られている。
「これが私のお気に入りたちだよ〜。特別な洗脳をかけてあるから、あの聖女の力でも簡単に解くことはできないよ〜」
キュレムが勝ち誇ったように空中でくるりと回ってみせた。
「そしてそして〜! みんな〜! 集まれ〜!」
キュレムが両手を天に掲げ、大声で叫んだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
その直後、先ほどの冒険者たちの足音とは比べものにならないほどの、大地そのものがひっくり返るかのような巨大な地響きが森全体を震わせた。
「おい、今度はなんだ!? また冒険者の増援か!?」
太一が周囲を警戒しながら大剣を構え直す。
「いや、これは……」
奏多の肌に、圧倒的な邪悪の群れが放つプレッシャーが突き刺さる。
「大量の魔物……それに、魔神たちまで混ざっています……!」
アリスの顔が緊張で強張る。
「チッ、さすがにこの数はやべえな……」
ドラコすらも、冷や汗を流しながら前方の森を睨みつけた。
ズガガガガ! と凄まじい音を立てて大自然の草木を容赦なく薙ぎ倒し、ユグドラシルを目指して進軍してくる膨大な数の魔物の軍勢。そしてその中頭には、不気味な笑みを浮かべた複数の魔神たちの姿があった。
「ユグドラシルを早く破壊しないと、ミリア様に怒られちゃうからね! みんな〜! やっちゃって〜!」
キュレムの無邪気で残忍な号泣のような命令が、薄暗い森の奥深くへと、どこまでもこだましていった。操られたかつての仲間、そして押し寄せる魔軍を前に、奏多たちの本当の死闘が今、幕を開けようとしていた。




