再会
情報収集を兼ねて、奏多たちは転移魔法ではなく荷馬車を使って王都へ向かうことにした。
ガタゴトと揺れる荷馬車が走り出してから、すぐのことだった。
「お客さんたちは、冒険者ですよね?」
前を向いたまま、御者がのんびりとした声で話しかけてきた。
「ああ。どうかしたか?」
奏多が聞き返す。
「いやぁ、ここ数日、冒険者がこぞって王都に行くもんで、何か大きなお祭りでもあるのかなと思いましてね」
御者の言葉に、奏多たちは思わず顔を見合わせた。ギルドに誰もいなかったのは、やはり王都への大移動が原因だったのだ。
「ああ……王都からの招集があってな」
奏多は話を合わせるようにそう答えた。
結局、道中の荷馬車ではそれ以上の有力な話はなく、他愛のない世間話を交わしているうちに王都へと到着してしまった。
王都の正門に到着した一同は、奇妙な違和感に足を止めた。
「なんだ? 王都のくせに、ずいぶんと人が少ねえな」
ドラコが周囲を見回して眉をひそめる。いつもなら冒険者や商人、旅人たちで足の踏み場もないほどごった返しているはずの王都の門前が、今はしんと閑散としていた。
「いや、いつもより明らかに人が少なすぎる」
奏多の目も鋭くなる。
「見たところ、行き交っているのは商人くらいしかいませんね……」
アリスが不安そうに呟いた。
「アクエリアのアリスティだ」
奏多は門番の前に進み出ると、ギルドの最高ランクを示す金のプレートを提示した。
それを見た門番の顔色が、一瞬で真っ青になり、慌てふためき始める。
「ア、アリスティの皆様ですね!? ウォンド行きの馬車は先ほど全て出て行ってしまったのですが……!」
門番が息を荒くして言う。
「ウォンド? なんのことだ?」
予期せぬ単語に、奏多が怪訝な声を上げる。
「へ?」
なぜか門番の方が、信じられないものを見たというように目を丸くして驚いた。
「う、ウォンドには行かないのですか!?」
「いや……俺たちは王都に用があって来たんだが」
「もしや、ギルドからの緊急通達は届いていないのですか!?」
門番が身を乗り出して聞いてくる。
「通達? なんのことだ?」
「数日前から王都に招集された冒険者たちは、全員ウォンドに行くようにと、ギルドから厳命とも言える通達があったのです!」
門番の必死な様子に、3人の間に緊張が走る。
「なんか、大がかりな依頼か何かがあるのか?」
奏多が尋ねると、門番は首を振った。
「詳しくは一般の私らにはわかりませんが……ユグドラシルに向かうと聞いております!」
「そうか……わかった! ありがとうな。少し王都のギルドに顔を出してくるよ」
奏多は門番にお礼を言うと、促されて門を通り、王都の中へと足を踏み入れた。
人通りのまばらな王都の目抜き通りを歩きながら、奏多が呟く。
「ユグドラシルに行くって、一体何が起きてるんだ……」
「世界樹に、何か強力な魔物でも出たのでしょうか?」
アリスが心配そうに小首を傾げる。
「それにしても、国中の冒険者全員が招集なんて、普通はありえるのか……?」
奏多が疑問を口にした、その時だった。
「おい」
それまで2人の会話を黙って聞いていたドラコが、いきなり低い声で遮った。
「なんだ?」
奏多がドラコを見る。
「ここに入ってから、なんか感じねえか?」
ドラコの視線が、どこか一点ではなく王都の空間全体をねめつけている。
「そうか? いつもと変わらない王都の景色だが……」
「いや。ここ、うすーくだが……人間のマナじゃねえ、別の不気味なもんが混じってやがる」
ドラコが鼻を鳴らした。
「王都に、魔神の気配が……?」
奏多が息を呑む。
「ああ。嫌な予感がするな」
ドラコが拳を握り込んだ、まさにその瞬間だった。
ドンッ、と、向こうから歩いてきたフードを深く被った男が、奏多の肩に激しくぶつかった。
「いてっ!」
奏多が顔をしかめる。しかし、そのフードの男は謝りもせず、そのまま無言で全速力で走って逃げていく。
「あっ! おい! 待て!」
奏多が声を張り上げるが、男は振り返りもしない。
「甘えよ、奏多。ああいう失礼な奴にはな、こうするんだ……ぜっ!」
ドラコがニヤリと笑うと、足元に落ちていた手頃な小石を拾い上げ、容赦なく全力で遠投した。
バキィン!と空気を切り裂くものすごい勢いで放たれた小石は、逃げていくフードの男の背中に寸分の狂いもなく直撃する。
「うわっ!」
男は派手な悲鳴を上げてその場に激しく転倒した。
「ストライク!」
ドラコがガハハと笑いながら親指を立てる。
「お前なぁ……」
奏多は呆れ果ててため息をついた。
「大丈夫ですか?」
アリスはそんな2人のやり取りを完全に無視して、倒れたフードの男の元へと真っ先に駆け寄った。
「うっ、うう……」
男が痛みに悶えながら顔を上げ、アリスと正面から目が合う。
「あっ!」
「あ!」
お互いに、驚きの声が同時に漏れた。
近づいてきた奏多が、男の顔を見て目を見開く。
「お前……カインか!?」
それは、かつてウォンドで共に戦った、ロイヤルアインシアのカインだった。
「き、君たち……。今ここにいるってことは、まだ奴らに何もされてないんだな……。すまないが、肩を貸してくれ」
カインは冷や汗を流し、息を切らしながら必死の形相で訴えかけてきた。
「あ、ああ」
奏多が慌ててカインの脇に腕を入れ、その身体を支える。
「すまない……」
カインは青ざめた顔で、周囲の通りに誰もいないかキョロキョロと何度も確認した。そして、完全に周囲に人影がないことを確かめると、声を潜めて言った。
「よし……あの路地に入ってくれ」
「な、なんだよお前、様子がおかしいぞ」
奏多が不穏な空気を感じ取る。
「詳しいことは後で言う。今はとにかく、ここから逃げないと奴らに見つかる……!」
カインの切迫した言葉に押され、3人は彼に導かれるようにして、薄暗く狭い路地の奥へと身を隠した。
路地に入ると、カインは少しだけ緊張を解いたように、「もう大丈夫だ」と言って奏多の肩から離れ、自らの足で歩き出した。
「こっちだ」
カインは背後を警戒しながら、さらに複雑に入り組んだ路地の奥へと先を急ぐ。
そうして辿り着いたのは、細い路地の突き当たりにある、何年も使われていないような、壁の崩れかけたボロボロの廃墟だった。
「なんだよ、こんな場所に何があるんだ?」
奏多が周囲を見渡す。
カインはそれには答えず、建付けの悪いボロボロの扉を静かに開けて中に入っていった。
「廃墟か?」
ドラコが中を覗き込む。
「廃墟……ですね」
アリスも続く。
しかし、扉をくぐり、中に一歩足を踏み入れた瞬間、3人は驚きに目を見張った。外観の荒れ果てた様子とは比べものにならないくらい、内部は綺麗に掃除され、生活用品が整えられた空間が広がっていたのだ。認識阻害の結界でも張られているのだろう。
「え?」
思わず奏多の声が漏れる。
カインは「こっちだ」と短く告げると、さらに奥にある一部屋の扉を静かに開けた。
奏多たちは緊張を宿しながら、その後に続いて部屋に入る。
扉を開けた先、薄暗い部屋のベッドの上には、一人の見知った顔の少年が静かに座っていた。
その姿が視界に入った瞬間、奏多の口から驚愕の叫びが飛び出した。
「甲斐……!」
「空井……なのか……?」
ベッドの上の広臣が、ゆっくりと顔を上げ、うつろながらも確かな光を宿した瞳で奏多を見つめ返した。
レグドの地下空間で自壊しかけ、女神イリスによって消え去ったはずの勇者・甲斐広臣。2人はこのアインシアの王都の片隅で、思いがけないほど早い再会を果たすのだった。




