勇者と守王
「おらっ! 今何体目だよクソがっ!!」
レトルが悲痛な叫びを上げながら槍を突き出す。だが、その槍捌きは限界を超えた疲労により、段々と精度を欠き始めていた。
急所を僅かにそれた魔神の長く伸びた爪が、肉を裂く嫌な音を立ててレトルの脇腹を深く抉る。
「ぐあっ……!?」
レトルは痛みに顔を歪め、脇腹を血に染めながら後退した。
「レトルくん、大丈夫ですか!?」
思わずレトルの方へ視線を向けたアリス。その一瞬の隙を、狂暴な魔神たちは見逃さなかった。
『よそ見しちゃだめだよ、お姉ちゃん』
「はっ……!」
振り返ったアリスの横顔に、子供の姿をした魔神の容赦のない拳がクリーンヒットする。
「きゃあっ!?」
アリスの華奢な身体が派手に吹き飛ばされ、地面を転がった。
『マザーを守る。殺さなきゃ。全員、殺さなきゃ』
息を吹き返した魔神たちが、依然としてゾロゾロと地の底から湧き出し、包囲網を縮めていく。
「くっ……このままだと……!」
レトルが歯を食いしばり、槍を杖代わりに立ち上がろうとした――その時だった。
―――ボォォォォォン!!!
アリスとレトルの背後から、鼓膜を震わせるような凄まじい轟音と、空間そのものを爆裂させるほどの突風が吹き荒れた。
二人はもちろん、襲いかかろうとしていた魔神たちまでもが、一斉にその圧倒的なプレッシャーの源泉へと割り振られた。
「……っ!!」
そこには、巨大な地下空間の天井すらも突き破らんばかりの、濃密極まりない『黄金のオーラ』が、巨大なうねりを上げて奏多の全身から立ち昇っていた。
奏多の持つ刀の刀身がまばゆい黄金に輝くのと同時に、奏多自身の身体もその神聖なオーラと同化し、神々しく輝いている。
「す、すごい……。これが、奏多の……」
アリスがその光景に、痛みを忘れて呆然と呟いた。
そんな驚愕を余所に、アリスとレトルの横を、凄まじい質量を持った影たちがものすごいスピードで横切っていく。
「あっ、しまっ……!」
レトルが声を上げる。装置の危機を本能で察知した魔神たちが、一斉に奏多の方へと牙を向いて殺到したのだ。あまりにも一瞬の出来事。気づくのが遅すぎた。
しかし、アリスが優しく微笑みながらレトルを制した。
「大丈夫です、レトルくん。……見ていてください」
殺到する無数の魔神を前に、奏多はただ静かに、淀みのない動作で刀を上段へと構えた。
その一切の無駄を削ぎ落とした構えの美しさに、レトルは息を呑み、言葉を失う。
『あいつを止めろオオオオオオッ!!!』
魔神が顔を歪めて叫ぶ。
奏多はその絶叫に視線すら合わせることなく、ただ静かに、黄金の刃を真っ直ぐに振り下ろした。
―――シュン。
世界から音が消え、地下空間が完全な静寂に包まれる。
コンマ数秒の遅れののち。
―――ズッ……パアァァァァァァン!!!
空間を真っ二つに叩き割るような、究極まで練り上げられた力の奔流が文字通り爆発した。奏多へ襲いかかっていた何百体もの魔神たちが、悲鳴を上げる暇さえなく一瞬で光の粒子となり、跡形もなく消滅していく。
それだけではない。彼らの後ろに聳え立っていたあの不気味な巨大な木も、その奔流に巻き込まれ、根元からサラサラとした灰になって崩れ落ち、完全に消え去った。
「やりましたね、奏多!」
「やったな奏多、最高だぜ!」
アリスとレトルが歓声を上げて駆け寄る。
奏多は振り返り、疲弊した二人に「ああ」と優しく笑いかけると、シュンと全身の黄金のオーラを霧散させ、いつもの黒髪の姿へと戻った。
同時刻。地上では。
「よし……魔神の動きが止まった。そろそろあの村に向かうぞ」
広臣が呼吸を整え、刀を握り直す。
「そうだな。急がないとやばそうだ」
太一が同意した、まさにその瞬間だった。
―――ボォォォォォン!!!
村の中心部から、突如として黄金の巨大な光の柱が天に向かって突き抜けた。凄まじい余波の風が、何キロも離れた勇者たちの頬を激しく叩く。
「な、なんだあの光はよぉっ!?」
太一が目を剥く。
「あれは……神力……!? でも、あんな強烈なマナの量、見たことないよ……っ!」
萌が恐怖に身体を震わせる。
しかし、広臣はその光を目撃した瞬間、顔色を変え、何も言わずに凄まじい速度で光の方向へと飛び出した。
「あっ! 広臣! 待ちなさいよ!」
萌、太一、愛多の三人が大慌てでその背中を追いかける。
(あの力……! 僕の記憶の奥底にある『魔王』だ……!! 断片的なはずなのに、あの忌々しい光だけははっきりと記憶にある!! 急がなきゃ……世界が滅ぼされる前に!!)
広臣は心の中で必死に呟きながら、狂ったように走り続けた。
四人が村へと到着した時、そこには光の奔流によって大地が丸ごと抉り取られた、ぽっかりと口を開けた開けた巨大な穴が存在していた。
「なんだこりゃ……村の真ん中に大穴が開いてやがる」
太一が唖然とする。
「あのオーラだけで、地面がこんなに吹き飛んだの……?」
萌が冷や汗を流す中、広臣は一切の躊躇なく、その大穴の底へと真っ逆さまに飛び降りた。
「あっ! 甲斐くん! 待って!」
愛多が叫ぶ。
「え? どうしよ、萌!」
「くっそ! 考えてる暇はねえ、俺たちも行くしかねえだろ!」
太一が覚悟を決めて飛び降り、愛多もそれに続く。
「あー! もう、なんなのよーっ!」
萌も半ばヤケクソ気味に魔法を発動させ、愛多の身体と自分をふわりと浮かせながら地下へと降りていった。
ドッ、と激しい着地音を立てて広臣と太一が降り立つ。萌と愛多もそのすぐ後ろに軟着陸した。
砂煙が舞う地下空間。広臣は刀を構えたまま、その奥に佇む三人の影――どこかで見覚えのある人物たちを鋭い眼光で捉えた。
「君……は……。もしかして、空井……なのか?」
広臣の声が震える。
奏多はゆっくりと振り返り、その静かな瞳で勇者を見つめた。
「甲斐か……?」
「あ!」
萌がその背後にいる二人を見て、指を差して叫んだ。
「あの時の、冒険者……!」
「やっぱり……空井くんだったんですね」
愛多が安堵と驚きが入り混じった表情で一歩前に出る。
奏多は少し申し訳なさそうに頭を掻いた。
「悪い……。お前らのことをずっと、遠くから監視してたんだ。それで、あの無限に湧く魔神たちを生み出している魔力装置をここで見つけたから、先に対処させてもらった」
「監視……!? 魔力装置だと……!? 一体何を言っているんだ君は!」
広臣が頭を抱え、激しく混乱し始める。
「というか、君は本当に本物の空井なのか……!? 君はあの時……」
広臣は何かを言いかけ、その言葉の先を見失って激しく拒絶するように頭を振った。
「……あれ? おかしいな。君とはあの後、別のどこかで会ったような気が……あれ……? おかしい、頭が……」
ぶつぶつと虚空に向かって呟き始める広臣の様子に、奏多は察したように眉をひそめた。
(そうか……甲斐のやつ、女神に記憶を消されて改竄されてるのか……)
「お、おい広臣、しっかりしろよ……。それより空井が生きてたんだ。死んだと思ってたダチが生きてたんだから、それでよかったじゃねえか」
太一が宥めるように広臣の肩に手を置く。
「そ、そうよ! それにこの人たち、さっきあたしを助けてくれたの。すごく強い味方じゃない!」
萌も必死に声をかける。しかし――
「……だめだ」
広臣の口から、地を這うような掠れた声が漏れた。
「え?」
萌と太一が怪訝そうに聞き返す。
「だめダァァァァァァァァァ!!! 思い出したぞ、僕の使命を!!!」
広臣が突然、狂ったように絶叫した。その両目は血走り、完全に理性を失った激しい憎悪に染まっている。
「あいつだ……! あいつこそが、この世界を破壊する『魔王』だァァァァ!! 僕が、僕の手で殺さなければならない、絶対の悪、魔王なんだぁぁぁ!!!」
「甲斐くん! 落ち着いて!」
愛多が悲鳴を上げる。しかし、仲間の制止の声など、今の広臣には一切届いていなかった。
「ウオオオオオオオオオオオッ!!!」
獣のような咆哮とともに、広臣は腰の鞘から神の文字が刻まれた白い剣を乱暴に引き抜いた。その刃に、狂気的なまでの神聖な輝きが宿る。
「《神の剣》ィィィィッ!!!」
スキル名を絶叫しながら、広臣は大地を爆裂させて奏多へと一足飛びに襲いかかった。上段から振り下ろされる、命を刈り取るための一撃。
―――キィィィィィン!!!
鼓膜を抉るような鋭い激突音。
白く眩い光を放つ広臣の剣を、奏多は完全に黄金へと変貌した己の刀身で、真っ向から受け止めていた。
「甲斐! 目を覚ませ! 俺はお前の敵じゃない!」
刃を噛み合わせたまま、奏多が必死に叫ぶ。
「黙れぇえええええええ!! 魔王め、僕のイリス様を、この世界を惑わすなァァァ!!」
広臣は理性をかなぐり捨て、狂気的な怪力でさらに剣を押し込んでいく。
「奏多!」
アリスとレトルが武器を構えて加勢しようとするが、奏多はそれを鋭い声で制した。
「二人は離れてろ! 巻き込まれる!」
荒れ狂う広臣の激しい剣技の嵐。一撃一撃が地表を粉砕するほどの威力を秘めたそれを、奏多は冷静に刀で受け流し、弾きながら必死に語りかける。
「落ち着け、広臣! よく周りを見ろ!」
ガギィィン! と激しい火花を散らし、鍔迫り合いから一度大きく後ろへと距離を取る広臣。彼はハァハァと荒い息を吐きながら、不気味なほど冷徹な声で、次のスキルを呟いた。
「――《神の秩序》」
その瞬間、広臣の纏う空気が完全に一変した。
広臣は再び地を蹴り、奏多の脳天目がけて容赦なく剣を振り下ろす。
「――っ!?」
何かに本能的な危機感を察知した奏多は、今度はその一撃を刀で受け止めず、寸前で身体を捻って真横へと回避した。
―――ズゥゥゥゥゥン。
直後、刀が空を切ったはずの場所に、鈍く、おぞましい衝撃音が響き渡った。広臣の剣が通り過ぎた大気の空間が、まるでガラスが割れるように黒くひび割れ、ぐにゃりと歪んでいる。
「あ、あれ……俺の《次元斬り》じゃねえか……っ!?」
後ろで見ていた太一が、驚愕のあまり声を震わせた。広臣の持つ《神の秩序》の権能――それは世界の理、神のルールすら曲げる歪な絶対の力。
「広臣のやつ……空井を、本当に殺す気だよ……っ」
萌が顔を青ざめさせ、今にも泣き出しそうな声で呟いた。
かつて同じ世界で、同じ教室で笑い合っていたはずの二人の異世界人。
魔神の呪われた地下空間で、二つの圧倒的な神の力が、ついに最悪の形で激突しようとしていた。




