再出発
愛多たちが船に逃げ帰ってきてから、およそ1週間が経過していた。
「あー、腹減った〜! 飯にするか〜!」
外で大剣を振り回し、ひと汗かいた太一が、お腹をさすりながら威勢よく食堂に入ってくる。
「ちょっと、あんた。まだ体が本調子じゃないんだから安静にしてなさいよ」
入ってくるなり、萌が呆れたように眉をひそめて小言を言った。
「うるせえよ。もう大丈夫だっつーの」
太一はケロッとした顔で椅子を引く。
「……はあ。必死こいてあんたたちをここまで運んできた私が馬鹿みたいじゃない」
萌がわざとらしく大きなため息をつくと、さすがに太一もきまりが悪そうに頭を掻いた。
「……悪かったよ。感謝してる」
「わかってんならいいわよ。――で、広臣の調子はどう?」
萌が視線を向けると、太一は肩をすくめた。
「いつも通りだ。飯も食わずに部屋で瞑想してやがる。それより、夢野はどうだ?」
「もう少ししたらここを出られる、とは言ってたわよ」
あの死闘の後、命からがら船に戻ってきた一行。愛多はあの時、限界を超えて神力を使いすぎた反動で、体に深刻な不調をきたしていたのだ。
「よかったな。たまたまこの1週間、魔物も現れねえし」
太一がスープをズズッとすすった、その時だった。
カチャリ、と食堂の扉が開かれる。
「おはよう、萌、桐生くん」
入ってきたのは、少し血色の戻った愛多だった。
「あ、愛多! おはよう。体はもう大丈夫なの?」
萌が心配そうに身を乗り出す。
「ええ。もう大丈夫! ……本当にごめんね、みんなに迷惑かけちゃって」
申し訳なさそうに微笑む愛多に、萌は優しく首を振った。
「誰も迷惑なんて思ってないわよ。愛多が頑張ってくれたおかげで、みんな無事だったんだから」
「おう、その通りだな。気にするな!」
太一も口のまわりを拭きながら力強く同意した。
そしてその日の朝食後、ようやく部屋から出てきた広臣も交えて、今後の作戦会議が始まった。
「僕たちは1週間もここにとどまってしまった。まずは少しでも早く、カオスに近づかなければならない」
広臣の言葉は、以前よりもどこか焦燥感を孕んでいた。
「そうだな。他にも冒険者がこの大陸に来てるみたいだし、先を越されるわけにはいかねえ、急がなきゃな」
太一が拳を握る。その『冒険者』というワードに、萌と愛多はピクリと小さく反応し、互いに視線を交わした。あの時自分たちを救ってくれた、規格外の強さを持つ彼らの姿が脳裏をよぎる。
「……ねえ、その冒険者が、先にカオスを倒しちゃうってことはないの?」
萌が探るように尋ねると、広臣は否定するように鋭い視線を返した。
「カオスを倒せるのは、女神イリス様に選ばれた勇者である僕らだけだ。他の誰にもあいつは倒せない」
「……そうだね」
広臣の頑なな態度に、萌はそれ以上何も言えなかった。
「でも、魔神将っていう強い人たちがまだ残っているかもしれないから、気をつけないと……」
愛多が心配そうに言うと、広臣の瞳に暗い闘志が宿る。
「ああ。そいつらも全員、僕が倒す。――じゃあ、時間がない。もう出発しよう」
全員がその言葉に頷き、席を立とうとした、その時だった。
バタバタと慌ただしい足音が響き、食堂の扉が開く。
「失礼します!」
息を切らせたカインが飛び込んできた。
「どうしたんですか、カインさん?」
「王都より緊急の帰還命令が入ってしまいました。……申し訳ありません、この船は今より王都へ向けて帰還します!」
「なんだって!?」
太一が思わず大声を上げる。
「すみません……! 陛下よりの直々の命令であるため、背くわけにはいかないのです……!」
苦渋の表情を浮かべるカイン。広臣は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに冷徹なほど静かな声で言い放った。
「……わかった。僕たちはここに残る。カインさんたちは先に帰ってくれ」
「で、ですが広臣様! お一人、いえ、四人だけでこの未知の大陸に残るなど危険すぎます!」
「大丈夫だ。マジックバッグには緊急脱出用の小型船も入っている。いざという時は、それを使って自分たちで帰還する」
広臣のあまりの即決ぶりに、カインは言葉を詰まらせた。太一たちもその張り詰めた空気に口出しすらできなかった。
「……わかりました。どうか、ご無事で」
カインは悔しげに顔を歪めながらも、深く一礼して了承した。
こうして、カインたちを乗せた船を見送り、大陸に残った広臣たち。
先頭を歩く広臣の後ろを、三人が静かについていく。荒野の風が寂しく吹き抜ける中、歩きながら萌がぽつりと呟いた。
「王様、なんで急に帰還命令なんて出したんだろ?」
「わからないね……。なにか、王都で大変なことでもあったのかな」
愛多が首を傾げる。
その会話が耳に入った瞬間、広臣が急にピタリと足を止めた。
「二人とも!」
広臣が鋭く振り返る。その険しい表情に、二人は息を呑んだ。
「ここからは、またいつ何が起きるか分からないんだ。お喋りをして気を抜くな!」
「お、おい広臣、流石にそれは言い過ぎだろ。ちょっと話してただけじゃねえか」
太一がたまらず間に割って入るが、広臣の苛立ちは収まらない。
「太一! 君もだ! 緊張感を持て! じゃないと、こないだみたいにまた仲間を危機に晒すことになるぞ!」
広臣の怒鳴り声が荒野に響き渡る。
「あ……ああ、すまん……」
かつてない剣幕に圧倒され、太一は思わず気圧されて謝ってしまった。
「ごめん……」
萌も視線を落として謝罪する。
「甲斐くん……ちょっと言い過ぎだよ。みんな心配してるだけなのに」
愛多がそっと諌めるように言うと、広臣はハッと我に返ったように目を見開いた。
「っ! ……すまない。僕が悪かった」
広臣は拳を震わせ、苦しげに顔を伏せる。
「……僕たちはいま、敵の領地のど真ん中にいるんだ。もう……誰も傷つけたくないんだ……」
その背中ににじむ悲痛な決意に、太一たちもそれ以上は何も言えず、静かに頷き合った。
それから、四人はさらに2週間ほど歩き続けた。
道中、小規模な魔物の襲撃はあったものの、以前戦ったような強力な『魔神』が姿を現すことはなかった。景色はほとんど変わらず、どこまでも不毛な荒野が広がっているだけだった。
そんなある日、突然太一が声を張り上げた。
「おい! あれを見ろ!」
太一が指さす先を、三人が一斉に見つめる。
なんと、見渡す限りの荒野のただ中に、ぽつんと家々が並ぶ、村のような集落が存在していた。
「なにあれ……村? こんなところに?」
萌が信じられないといった様子で呟く。
「……待って。なにか、奇妙な気配がします。隠れて様子を見ましょう」
愛多の提案に広臣も無言で頷き、四人は近くの大きな岩陰に身を隠して、その集落をじっと観察した。
集落は荒野の真ん中に静まり返っており、砂や土を固めて作ったような、粗末な家が何軒か建っている。
「誰も出てこないね……。空き家なのかな」
萌が囁く。
「俺がちょっと近くまで見てこようか?」
太一がしびれを切らしたように立ち上がろうとするが、「待て」と広臣がその肩を強く制した。
「あそこを見ろ」
広臣が指差した方向にある、一軒の家の扉が静かに開いた。
そこから、背の低い小さな何者かがトコトコと外に出てくる。
「人……!? 子供……?」
その姿を見た萌と太一が、驚きのあまり思わず声を漏らした。
――その瞬間だった。
何百メートルも離れているはずの岩陰に向けて、その小さな影がいきなり、正確に首を振り向けてこちらを凝視した。
「やばい、気づかれた!」
広臣が叫ぶ。だが、隠れ直そうとした時には、すでに遅かった。
「お兄さんたち、そこで何してるの?」
「――っ!?」
突如、すぐ背後から声をかけられ、四人の総毛が立った。
慌てて振り返ると、そこには、さっきまで遥か遠くの家の前にいたはずの『それ』が、いつの間にか目と鼻の先に立っていた。
黒髪をした、人間の子供の姿。
その子供は、あまりにも無垢で無邪気な顔をして、小首を傾げて聞いてくる。
「お兄さんたちは、人間?」
「やべえッ!!」
本能的な危機感を察知した太一が、即座に大剣を引き抜き、身構えた。
「待ってよ」
子供は、太一の凶刃を前にしても全く動じることなく、両手を広げてみせた。
「僕たちは、あなたたちには何もしないよ。だから、あなたたちも何もせずに、ここから出ていって」
「な、何言ってやがる! 白々しいガキだ。どうせお前も、魔神の仲間なんだろ!」
太一が声を荒げると、子供はそれを聞いて、ふう、と悲しげに下を向いた。
「……そう。やっぱり知ってたんだ。じゃあ……殺すしかないね」
子供の声のトーンが、一瞬で温度を失う。
「みんな、逃げろ!!」
広臣が異変に気づき、張り裂けんばかりの声で叫んだ。
だが、その叫びすらも遅すぎた。広臣が周囲の気配に気づいた時には、彼らの周りは、いつの間にか全く同じ顔をした何人もの『子供たち』によって、完全に退路を断つように囲まれていた。
「まさか、人間の方からわざわざ仕掛けてくるとはね。これは、ベノム様へ良い手土産が渡せそうだ」
一斉に不敵な笑みを浮かべる子供たち。その姿は、あまりにも不気味で異常だった。
広臣は白く輝く剣を強く構え直し、全霊の魔力を引き上げながら、仲間に向けて叫んだ。
「みんな……気をつけろ! くるぞ!!」
新たなる魔神の罠が、勇者たちに牙を剥こうとしていた。
なんだか、うまく書きたいところに繋がらなくて何回もやりなおしてた…




