入り込む悪意
「キュレムちゃん、おじさんたちと一緒にパーティ組まない? 稼げる依頼、たくさん教えてあげるよぉ?」
ギルドの片隅で、強面の冒険者がデレデレと気持ちの悪い笑顔を浮かべて声をかける。しかしキュレムは、全く嫌がる風でもなく、いつもの無邪気な笑顔でパッと手を振った。
「ううん! 私、1人で依頼こなせるから大丈夫だよ!」
キュレムがアクエリアのギルドに登録してから数日。彼女は文字通り「破竹の勢い」で、街の周囲にいる危険な魔物の討伐依頼を次々と片付けていた。最初こそ彼女を子供扱いしていた冒険者たちだったが、今やその圧倒的な実力を前に、ギルド内で彼女をバカにするものなど誰一人としていなくなっていた。
「ちょっとあんたら、恥ずかしくないの? 女の子1人に全部任せっきりにしてさ」
呆れたようにそれを見ていた受付嬢が釘を刺すが、強面の冒険者は「しょうがないだろ!?」と即座に開き直った。
「強さこそ正義! そして、可愛さこそ正義なんだよ!」
「はいはい……」
受付嬢はため息交じりに応じると、カウンターの前にやってきたキュレムに優しい微笑みを向けた。
「キュレムちゃん。いつも難しい依頼ばっかりこなしてくれて、本当にありがとね」
「うん! 大丈夫だよ! ねえねえ、それでさあ……」
キュレムが身を乗り出し、受付嬢を見つめる。その瞬間、彼女の瞳が妖しく、一瞬だけ不気味な赤色に光った。
「そろそろ、私を『S級』にしてくれる?」
少し首を傾げ、完璧な上目遣いでそうおねだりするキュレム。
受付嬢は「え?」と一瞬だけ思考が停止したような奇妙な表情を浮かべたが、すぐにまるでそれが世界の絶対の真理であるかのように、トロンとした目で何度も深く頷いた。
「ええ……もちろんよ。上には私から上手く話を通しておくわね、キュレムちゃん」
「わーい! ありがとー!」
そのやり取りを見ていた周囲の冒険者たちも、なぜか疑問を抱くことなく一斉に盛り上がり始める。
「さっすがキュレムちゃん! おいおい、これってあの『アリスティ』よりも早いペースでのS級昇格なんじゃないか!?」
歓声に混じったその名に、キュレムがピクリと反応した。
「アリスティ? 誰それ?」
「お、知らないのかい? アクエリアの生ける伝説さ。『狂犬のレトル』『無慈悲な奏多』『女神アリス』の3人で構成されている、この街が誇る最強のS級パーティさ!」
「へえ……」
キュレムは口元を歪め、笑みを深める。
「その人たちって……私より強い?」
再び、キュレムの目が禍々しい赤色に発光した。
その光に当てられた冒険者たちは、まるで魂を吸い上げられたかのように、うつろな表情で口々に答える。
「あ? ああ……。キュレムちゃんの方が……絶対に強いよ……」
「そう? 早く会ってみたいなあ。そのアリスティって人たちに」
ふふ、と可愛らしく笑うキュレム。その時、彼女の頭の中に直接響くような、不快な高音の電子音がキィィィンと鳴り響いた。
それは、彼女の主人からの「合図」だった。
「あ、ちょっと私、用事を思い出したから帰るね〜」
キュレムはそう言い残すと、弾むような足取りでそのままギルドの扉を出て行った。
ギルドを出たキュレムは、大通りから外れ、薄暗く人目のつかない路地裏へと滑り込むように入っていった。
「随分と楽しそうにしているじゃない、キュレム」
頭上から、からかうような、しかしどこか冷徹さを孕んだ鈴の鳴るような声が降ってくる。
その言葉を聞いた瞬間、キュレムの目がパッと輝いた。
「ミリア様っ!」
上空から、漆黒の大きな羽を優雅に羽ばたかせながら、魔神将ミリアがゆっくりと地面へ降り立ってくる。
「洗脳は順調かしら?」
腕を組んで尋ねるミリアに、キュレムはまるで褒められたい子供のように嬉々として報告した。
「はいっ! この町にいる人間は、ほぼ私の洗脳下になってます!」
「そう。順調ならよかったわ。でも……あんまり目立つようなことはしないでね? 私の能力があっても、この国の『女神』に見つかる可能性はゼロじゃないんだから」
ミリアが釘を刺すと、キュレムは「はいっ!」と勢いよく頭を下げた。
「もう数日したら、ここを出て王都に行く予定です!」
「それがいいわ。私も少しこの国の観光を楽しんでから行くから、また後で面白い報告をして頂戴ね」
ミリアはそう言い残すと、再び黒い羽を広げ、音もなく空の彼方へと飛び去っていった。キュレムはその美しい背中を、うっとりとした恍惚の表情で見つめ続けていた。
そこから数日後。
異例のスピードでS級へと昇格し、そのまま王都からの「特殊依頼」を受諾したキュレムは、ついに世界の中枢である王都アインシアへと足を踏み入れていた。
王都の中央ギルドは、一地方の街であるアクエリアとは規模も熱量も何もかもが違っていた。中枢ということもあり、中には世界にその名を轟かせる有名冒険者や、血の気の多い実力者たちがひしめき合っている。
キュレムが中に入ると、明らかにアクエリアの男たちより数段上の魔力を纏った者たちの視線が一斉に突き刺さったが、彼女は全く動じることなく受付嬢へと挨拶を済ませる。
するとすぐに、受付奥の重厚な扉が開き、地響きのような足音と共に筋骨隆々の老人が姿を現した。
「よく来たな、アクエリアの新しいS級冒険者よ。私がこの冒険者ギルドのグランドマスター、ガイだ」
老人は、衣服の上からでも分かるほどの鋼のような筋肉を誇示し、鋭い眼光でキュレムを見下ろした。
対するキュレムは、その姿を見るなり両手を合わせて目を輝かせた。
「おじさん、すっごい筋肉! かっこいい!」
その予想外すぎる第一声に、ギルド内の荒くれ者たちの視線が一気にキュレムへと集中し、あたりが静まり返る。
「ねえ? 私、何か変なこと言った?」
キュレムがわざとらしく不思議そうに首を傾げると、ガイは豪快にハッハッハと笑い飛ばした。
「いや、何も変なことは言っていない。気にするな」
ガイは一歩下がり、奥の部屋を指し示す。
「では、来て早々で悪いが、今回の『特殊依頼』について説明させていただこう。中へ入りなさい」
「はーい!」
ガイの背中を追って歩きながら、キュレムの口元が醜く歪む。
(この人が、この国のギルドで一番偉い人か……。ふふ、ちょろそうね)
無邪気な少女の皮を被った魔神の尖兵は、王都の心臓部を内側から腐らせるべく、静かに、しかし確実に牙を剥こうとしていた。




