戦いの後
セバスチャンが消え去ってからしばらくの間、三人は言葉を失い、ただ黙ってその場に立ち尽くしていた。
地面に転がるリアーナの無惨な肉塊が、彼らの胸につっかえる嫌な気持ち悪さをさらに増幅させる。
「奏多……」
静寂を破り、アリスが不安そうに呟いた。
「大丈夫だ。それより、一度状況を整理しよう」
奏多の冷静な声に、レトルも「そ、そうだな」と同意する。
「じゃあ、場所を移動しましょうか」
アリスの提案通り、三人はリアーナの遺体を魔法で静かに燃やし、即座にこの大陸の端――自分たちが上陸した拠点の近くへと転移した。
奏多が新たに空きスロットに組み込んで得たスキル。――『短距離転移』。
それは、以前彼が使っていた『ファストトラベル』よりも圧倒的に使い勝手が良いものだった。奏多が魔力で感知できる場所であれば、障害物を無視して即座に転移することができ、さらに肌が触れ合っていれば何人でも同時に連れて行ける。このスキルがあったからこそ、バロンの風の刃に切り裂かれる寸前だった愛多を間一髪で救い出すことができたのだ。
バシュン、という空間の弾ける音と共に、三人は乗ってきた船の甲板へと帰還した。
「じゃあ、得た情報をまとめよう。まず、俺たちが倒したバロンってやつが、魔神将と呼ばれる四人のうちの一人だったな?」
奏多が口を開くと、アリスが「ええ。バロンって人と、その部下のリアーナさん」と頷く。
「んで、もう一人の魔神将『ライガ』ってやつを、あの勇者たちが倒したんだよな」
レトルが腕を組んで記憶をたどる。
「残っている魔神将は二人。ミリアという奴と、ベノム。それから、さっきのセバスチャンとかいう不気味な男だ」
奏多が指を折って数え、アリスがその先を言葉に強める。「その最上位に君臨しているのが、カオス……」
「他にも、あいつらほどじゃないにしても、この大陸には魔神がうじゃうじゃ住んでるんだよな」
レトルの言葉に、奏多は「ああ。俺たちがここに上陸する前に戦ったやつもそうだろうな」と返した。
実は、三人がこの未知の大陸レグドに上陸しようとしていたまさにその時、突如として現れた一人の魔神と戦闘になっていた。その魔神は全身が不気味な灰色で、「名は持っていない」と無機質に答える奇妙な存在だった。三人に圧倒され、敗北したその魔神は、チリとなって虚空へと消えていったが……。
「こんなに広い大陸だ。もっと強い奴が隠れていてもおかしくない。そもそも、カオスがどこにいるのかすら、まだ手がかりがないからな」
奏多がそう言うと、レトルは「どうする? 闇雲に探索するのも効率が悪いよな」と尋ねた。
「しばらくは、広臣たちを遠くから観察しておこう。あいつら、一度王都に戻るかもしれないしな。もし王都に戻るんなら、俺たちも下手に長居せずに帰ろう」
もともと広臣たちの身が心配でこの地に赴いたのだから、無理をしてまでこの危険な大陸を自分たちだけで探索する必要はない。それが奏多の現実的な考えだった。
一方その頃、萌と愛多は無事に船へと戻っていた。
全身ボロボロの状態で、気絶している広臣と太一を魔法で浮かせて帰ってきた二人の姿を見て、船に待機していたカインは驚愕した。カインは急いで男性陣を医務室へと運び込ませ、心身ともに疲れ切った愛多と萌には、温かい食事を用意してくれた。
「これから、どうする?」
スープを口に運びながら、萌がぽつりと聞いた。
「甲斐くん次第じゃないかな。……でも、甲斐くんはまだ、カオスを倒しに行くって言いそうだけど」
愛多が少し沈んだ声で言う。
「そうだよね〜。でも、肝心の当人が起きないんじゃ、何も進められないけどね」
萌がため息交じりにそう言った、その時だった。
「失礼します! 広臣様が目を覚まされました!」
兵士が血相を変えて医務室から飛び出してきた。
二人はバッと立ち上がると、食事をそのまま残して急いで医務室へと向かった。
バタン、と医務室の扉を開けると、そこにはいつもと違って、驚くほど大人しくベッドの横になっている広臣の姿があった。隣のベッドでは、太一がいまだに泥のように眠っている。
「目が覚めたのね」
萌が声をかけると、広臣は少し焦点の合わない目で二人を見た。
「ああ……。僕はどれくらい寝ていたんだ?」
「半日以上は眠ってましたよ。萌がここまで運んでくれたんです」
愛多の言葉に、広臣は自分の不甲斐なさを噛み締めるように、悔しそうに俯いた。
「そうか……。すまない」
「いいよ別に〜。さすがにあんな規格外の力、何回も使ったら疲れちゃうって」
萌が元気づけるように軽口を叩く。
しかし、広臣は二人の格好をまじまじと見て、何かに気づいたように焦った様子で上半身を跳ね上げさせた。
「!? 二人とも、どうしたんだその格好は! なんでそんなにボロボロなんだ!?」
「それが……」
二人はここまでの経緯を、順を追って広臣に説明した。
愛多はあえて「空井奏多」の名前は出さず、ただ「冒険者を名乗る人物」に危機を救われたことだけを話した。
萌も同様に、「アリスティ」と名乗る冒険者のレトル、そしてアリスという途轍もない力を持った人物に助けられたことを説明した。
「冒険者、か……。僕たちとは別に港を出ていた、あの船に乗っていた者たちだな」
広臣がぽつりと呟く。
「そうかも。まさか勇者のあたいたちが、冒険者に助けられるなんてね」
萌の何気ない一言に、広臣はプライドを刺激されたのか、きつく唇を噛んで再び俯いてしまった。
それを見て、愛多が静かに本質的な問いを投げかける。
「甲斐くん……。これからどうするの?」
広臣はゆっくりと顔を上げた。その目には、歪な光が宿っていた。
「僕たちには使命がある。カオスを倒すという、絶対の使命が。だから、回復し次第、また奥地へと向かおう」
それを聞いた萌は、少しニヤけながら「ほらね?」という表情を愛多に向けた。やはり広臣は引くつもりなど毛頭ないのだ。
愛多も萌の視線に小さく微笑み返したが、すぐに真面目な顔に戻り、広臣を真っ直ぐ見据えた。
「……甲斐くん。私たちで、本当にあのカオスを倒せるのでしょうか?」
その言葉に、広臣はハッとしたように目を見開いた。
確かに、愛多の言う通りだ。魔神将をたった二人倒すだけで、自分たちはこの有様だ。カオスという存在がその上にいる以上、今の実力で勝てる保証はどこにもない。
「確かに……今のままだと、倒せるかはわからない。配下を二人倒すだけで、こんな無様を晒しているからね……。でも、やらなきゃいけないんだ。そのために、僕は新しい力(神の秩序)も手に入れたんだから」
広臣の固い決意に、愛多はそれ以上何も言わなかった。
「わかりました。じゃあ、私と萌さんは途中で残してきたご飯を食べてきますね」
愛多はそう言うと、萌を促して医務室を後にした。
静まり返った部屋に、一人残された広臣。
彼は自身の拳を白くなるほど強く握り締め、誰もいない空間を睨みつけた。
「倒す……絶対に……。イリス様……」
心の中でその名を呟く広臣の瞳には、カオスへの激しい闘志と、そして、底の知れない底なしの闇が深く入り混じっていた。




