落ちる神風
『なんだこいつは!? おかしい! 私の作戦は完璧だったはずだ。どこにもこいつらの仲間はいなかった! それに私の攻撃を斬るだと? あの剣聖の男のようにスキルではなかった! なんだあれは! 魔王? そんなもの聞いたことがない! 魔神か? 魔神だな! そうだ!』
バロンは激しく思考を巡らせていた。想定外の乱入者、そして自身の絶対的な風の刃を容易く掻き消した力に、そのプライドは激しく揺さぶられていた。
だが、彼は無理やり笑みを浮かべる。
「……ふっ。ふふふふふふふふふ……ふふふ……。ハーハッハッハッハッハッハッハ! 貴様……新たに生まれた魔神だな?」
少しズレた眼鏡を片手で直しながら、必死に冷静を装って喋るバロン。
しかし、奏多は心底鬱陶しそうに眉をひそめた。
「は? 何言ってんだお前? 俺は普通に人間だ」
「そうか。そうだな。人間だよな……。なわけあるかぁ!?」
あまりの言い分に、バロンは思わず激しいノリツッコミまで披露してしまう。
そんなやり取りをよそに、愛多は未だに信じられないといった様子で、涙目のまま奏多を見上げていた。
「空井くん……なんで、ここにいるんですか?」
「うーん……」
奏多は少し考えるような素振りを見せた後、苦笑しながら答えた。
「いろいろあって、な?」
「いろいろって……」
愛多は呆気にとられたが、すぐにハッと重要なことに気づいて顔を真っ青にした。
「空井くん! 萌たちが!」
「大丈夫だ。俺の仲間が向かってる」
奏多が静かに笑いかけると、愛多はその言葉に心から安堵したのか、張り詰めていた糸が切れたようにその場へへたり込んでしまった。「よかった……」
二人の様子を見ていたバロンの額にピキピキと青筋が浮かぶ。
「貴様ら……。この私を無視して何をイチャイチャとしているんだ……。マグレは二度とない!」
バロンは激昂し、先ほどよりも巨大な風の玉を再び手の平の上に作り出した。
「そして私は二度とミスをしない! 念には念をだっ!」
彼が叫ぶと、その頭上へ無数の風の玉が次々と出現し、夜空を埋め尽くしていく。
それを見た奏多は、表情一つ変えずに背後を振り返った。
「委員長、下がってろ」
「死ねえ!」
バロンの怒号とともに、無数の風の刃が一斉に奏多目がけて打ち込まれた。
対する奏多は、ただ静かに言葉を紡ぐ。
「魔力操作(極級)」
その瞬間、奏多の目の前まで迫っていたバロンの風の玉が、まるで最初から存在しなかったかのように、フッとすべて霧散して消え去った。
「……は? はあああ!?」
唖然として目を見開くバロン。
奏多は退屈そうに言い放つ。
「ただのマナなら、出力を弱めてただの風にすればいいだけだろ」
愛多はそんな奏多の背中を後ろから見つめ、驚きを隠せなかった。
(こ、こんなに強いの……? 空井くんは……)
学校にいた頃の彼からは想像もつかない圧倒的な強さに、ただただ圧倒される。
「し、仕方ない……。私の本気でお相手してあげましょう」
バロンは冷や汗を流しながらも、忌々しげに告げた。
「ふんっ!」
彼が短く気合を入れると、その身体がボコボコと不気味な音を立てて変化を始めた。
それを見た愛多が、声を張り上げる。
「空井くん、あれは!」
「知ってるのか?」
「他の魔神があのように変化することを『原化』って言っていたんです。変化してから飛躍的に力が上がるみたいです!」
「状態変化で強くなるってわけか」
奏多は冷静にその様子を観察する。
バロンの身体はみるみるうちに巨大化していった。両腕は綺麗な白い羽へと変わり、顔面からは巨大な黄色のクチバシが鋭く伸びる。身体全体が茶色い体毛に覆われ、その足には岩をも砕くような鋭く尖った爪が生え揃った。
「でかい鳥だな。ガルーダってやつか?」
奏多が呟く。
「気をつけてください、空井くん。さっきの何倍にも強くなってるはずです!」
愛多の悲痛な警告を背に受けながら、奏多は黄金の刀を握り直した。そして、安心させるように愛多へ優しく笑いかける。
「大丈夫だ」
『この姿になった私は無敵だ! 貴様など一瞬でミンチにしてくれる!』
巨大な鳥の姿となったバロンが激しく咆哮する。彼の全身には猛烈な風が吹き荒れ、彼が滞空するその真下には、無数の小さな竜巻がバチバチと地面を削りながら発生していた。
『この姿の私は『神風』を纏っている。普通のマナではないぞ。いくぞ!』
バロンは叫ぶと同時に、無数の小さな竜巻を引き連れて、猛烈な速度で奏多へと突進してきた。
その圧倒的な質量と風の暴力が迫る中、奏多はそれに合わせるように、あえて一度、黄金の刀をカチャリと鞘に収めた。
――それは、本当に一瞬のことだった。
愛多の目には、迫り来るバロンの巨体に合わせて、奏多が鞘に収めた刀の柄に少し手をかけ、微かに身じろぎしたようにしか見えなかった。
しかし次の瞬間、バロンの巨体は奏多に触れることすらできず、そのまま彼の横を通り過ぎるようにして、激しく地面へと落下していった。
ズゥゥゥン……と重苦しい音が荒野に響く。
「え……?」
何が起きたのか分からず、愛多が呆然とする。
すると、奏多は静かに振り返り、刀を完全に収めながら言った。
「終わったぞ」
愛多が慌ててバロンの方を確認する。地面に倒れ伏した巨大な鳥の身体は、すでにピクリとも動かず、その魂の灯火は完全に消え失せていた。たしかに、魔神将バロンは一瞬にして絶命していた。
こうして、勇者たちを追い詰めたもう一人の魔神将もまた、現れた「魔王」の手によって静かに葬り去られたのだった。




