神の秩序
『次はどいつだ?』
麒麟の姿となったライガが、地響きのような声を響かせる。
「こんなの、勝てっこないわよ……!」
萌が絶望に声を震わせ、一歩後ずさりした。
「――僕がやる」
静かに、しかし冷徹な声と共に一歩前に踏み出したのは広臣だった。
「えっ、ちょっと広臣!? 無茶よ!」
慌てて止めようとする萌だったが、その肩を愛多が優しく掴んで制した。
「大丈夫だよ萌。甲斐くんを信じよう」
愛多のどこか確信に満ちた強い瞳に、萌は息を呑んで言葉を飲み込んだ。
『おお、次はお前か』
ライガは不敵に、どこか嬉しそうな声を漏らす。
広臣は一歩、また一歩と歩を進めながら、小さく呟いた。
「神速」
その瞬間、全員の視界から広臣の姿が完全に掻き消えた。
『消えた……!? いや、超高速で動き回ってんのか!』
ライガの鋭い眼球が周囲を追うが、焦る様子は微塵もない。超高密度の静電気の障壁がある限り、どんな攻撃も届かないという絶対の自信があるからだ。
パッ、とライガの頭部の真横、死角となる空間に広臣が唐突に姿を現した。
「カミノツルギ」
無感情に呟きながら、広臣は手にした剣を鋭く振り下ろす。
だが、ライガは太一の攻撃を受け止めた時と同じように、自慢の頑強な角を突き出してそれを正面から受け止めた。
『だから無駄だって言ってんだろ!』
ライガが勝ち誇ったように叫んだ、その時だった。
「――神の秩序」
広臣がさらに重ねて呟く。
その瞬間、スッ……と、恐ろしいほど何の抵抗もなく、広臣の剣の刃がライガの角へと深く沈み込んでいった。
ずるり、と切断されたライガの角の先端が、重力に従って地面へと落ちていく。
『なっ……てめえ……!! 何で斬れる!?』
想定外の事態に驚愕したライガは、一瞬で大きく後ろへ跳び、広臣との距離を取った。
不時着した広臣は、冷たい目でライガを見据えたまま言い放つ。
「静電気など、地上のルール(法則)に過ぎない。神にそんなものは通用しない」
『はあ!? なんだそりゃ! ルールだあ!?』
意味が理解できず、ライガが怒声を上げる。
「僕のスキル『神の秩序(The order of the Gods)』は、僕自身が決めたルールに世界の理を強制的にねじ曲げるスキルだ。このスキルの前では、世界の法則すらも僕に従う」
広臣が淡々と語ったその言葉に、後ろで聞いていた愛多は背筋が凍るような恐怖すら覚えていた。
(理を……ねじ曲げる……? そんな規格外すぎる力が……)
『てめえ! ほら吹いてんじゃねえぞ! 理をねじ曲げるなんて力が、あってたまるかよ!!』
激昂したライガが前足を激しく打ち鳴らす。
「紫電!!」
ライガが叫んだ瞬間、彼の巨体が激しい閃光と共にその場から掻き消えた。
「なんてスピードなの……!」
萌が驚愕の声を上げる。どこから襲ってくるのか、目で追うことすら不可能だった。
『紫電は俺の最強の技だ! お前らごときに捉えられるわけがねえんだよお!』
どこからともなくライガの声が反響する。広臣を中心に、円を描くように縦横無尽に走り荒れる凄まじい電流。バチバチ、という不気味な放電音が、耳を聾するほど次第に大きくなっていく。
『終わりだぁぁぁ!!』
限界を超えた最高速度で、ライガの巨体が見えない全方位の死角から広臣へと突き刺さるように突っ込んだ。
すっ……。
その刹那、一瞬だけ世界の音が消えた。
無音の空間の中、突如としてライガの巨体が実体化するように現れる。
ライガは広臣に触れることすらできず、そのまま勢いよく真横へと倒れ込んだ。
バアン! と激しい音を立てて硬い地面に叩きつけられるライガ。その麒麟の肉体に、スーッと一本の赤い線が浮かび上がった。
ズパアン!!!
次の瞬間、大量の鮮血が噴水のように吹き荒れ、ライガの巨体は真っ二つに割れた。空間の理をねじ曲げられたライガは、自身が斬られたことすら気づかないまま絶命したのだ。
降り注ぐ血の雨を見上げながら、広臣は静かに剣を鞘へと収めた。
「……終わったよ」
そう呟いた直後、極度の疲労からか、広臣の身体がふらりと傾き、そのまま地面へと倒れ込む。
「広臣!」
「甲斐くん!」
萌と愛多が悲鳴を上げて駆け寄る。しかし、倒れる直前に萌が瞬時に透明なマナのクッションを出現させていたため、広臣の身体が汚れた地面に激突することは免れた。
愛多が素早く広臣の容体を確認し、ホッと胸を撫でおろす。
「大丈夫。……ただ力を使いすぎて、眠ってしまったみたい」
「よかったぁ……。じゃあ、今のうちに男二人をテントの中に運んじゃおうか」
萌が提案し、二人は手を取り合って意識を失った広臣と太一を、崩壊を免れたテントの中へと慎重に運び入れていった。
こうして勇者たちは、新大陸の洗礼とも言える激闘の末、魔神将の一人である「雷柱のライガ」を討ち果たしたのだった。
――だが。
その激しい戦いの一部始終を、誰も気づかないほど遠く離れた岩陰から冷徹に見つめている者がいた。
そいつは、月明かりの下でかけている眼鏡のブリッジを片手で静かに押し上げると、不敵にニヤリと口角を上げた。




