雷神
「おい! ライガとか言ったか? お前も降りてこいよ」
太一が大剣を肩に担ぎ直し、上空のライガを不敵に指差した。
しかし、ライガは太一の挑発を完全に無視していた。ただ、ライドウが消滅した地面をじっと見つめ、小さく呟く。
「ライドウ……。お前……」
「あ? まさかお前、泣いてんのか?」
太一がからかうように言う。その瞬間、ライガの肩が小さく震え始めた。
「うっ、ううううう……うっ、うっ……ぷっ……ククククク……」
引き攣ったような笑い声が漏れ出す。
「ククククク……! あーはっはっはっは!!! 舐めてかかって死ぬとか!! サイコーすぎ!!!」
ライガは天を仰ぎ、腹を抱えて大爆笑し始めた。仲間の死をこれ以上ないほど嘲笑うその異様な光景に、広臣たちは不気味なほどの戸惑いを覚える。
一通り笑い転げた後、「あー。よく笑った」と涙を拭うような仕草をしながら、ライガがスーッと地面へと降りてきた。
「てめえ、仲間が死んだのに強がってんのか?」
太一が睨みつける。
「あ? 強がる? 俺が?」
ライガが太一を正面から射抜くように見据えた。その瞳に宿る圧倒的な狂気と威圧感に、太一は一瞬、本能的な恐怖で身体を強張らせる。
だが、すぐにそれを振り払うように「お、お前も今の奴みてえにぶった斬ってやるよ」と言い返した。
「さすがにあのスキルで斬られたら、俺でも死ぬな」
ライガはあっさりと太一の技の脅威を認めた。
太一はニッと口角を上げ、鼻を鳴らす。「フン! やけに素直だな。じゃあ大人しくそこで突っ立ってろや」
そう言って、勝利を確信したようにライガへと近づいていく。
その時、何かに気づいた広臣の顔色が変わった。
「太一! ちょっと待て!」
「大丈夫だ!」
太一は広臣の制止を聞き入れず、歩みを止めない。ライガの目の前に立ち塞がると、「じゃあな」と冷たく言い放ち、再びあの黒く光る大剣を最高頭上へと振りかぶった。
「いくぜ? 次元斬りぃ!!」
空間を断ち切る絶技が振り下ろされる。
――ガチイィン!!!
鼓膜を突き刺すような、あまりにも鋭く硬い金属音が荒野に響き渡った。
「な、なんでだ……!?」
太一が驚愕の声を上げる。空間ごとすべてを切り裂くはずの太一の大剣を、ライガは事も無げに己の片手で完全に受け止めていたのだ。
「まさか俺が『原化』を使うことになるとはなあ」
ライガが不敵に呟いた直後、彼の肉体がボコボコと不気味な音を立てて蠢き、急激に変化を始めた。
人間の形を保っていた肉体が引き裂かれ、瞬く間に強靭な四足歩行の動物の形へと変貌していく。頭部には太陽のように輝く金色の立髪が燃え盛り、頭頂からは禍々しく天を突く角が鋭く伸びる。身体中から溢れ出る電流は太さを増し、その莫大なエネルギーに呼応するようにレグドの空が一変した。渦巻く黒雲から、激しい落雷がそこかしこに鳴り響く。
その変貌の衝撃波だけで、太一の巨体が後方へと激しく吹き飛ばされた。
「ぐはっ!」
地面を転がる太一を、萌が咄嗟に放ったクッションの魔法が受け止める。
「すまねえ! ……しかし、なんだあいつは!?」
太一が泥を吐きながら立ち上がると、その視線の先を見た広臣が静かに、しかし重々しくその名を口にした。
「……麒麟だ」
「麒麟?」
太一が聞き返す。
「伝説上の生き物だ。あの姿は、まるでそれそのものだ」
嵐の中心で、ライガはブルブルと巨大な頭を振り、鋭い牙を覗かせた。
『これが俺様の魔物としての本来の姿だ。拝めたことを光栄に思えよ』
「姿が変わったくらいで調子に乗るなよ!」
太一は叫びながら再び地を蹴り、ライガの巨体へ向かって真っ向から切り掛かった。
ズバン! バチバチバチ……!
しかし、放たれた渾身の一撃は、ライガの頑強な角によって無慈悲に弾き返される。
「なんで止められるんだよ、俺の次元斬りが……!」
『あれは静電気……』
後方で戦況を見つめていた愛多が、その正体に気づいて呟いた。
「静電気? あれが!?」
萌が驚いて聞き返すと、広臣が鋭い観察眼でそれを補足する。
「おそらく、太一の剣と自身の角や皮膚の間に超高密度の静電気を発生させ、磁場の反発力で攻撃を外側へ受け流しているんだ。触れさせないことで、何でも斬る太一のスキルを無効化している……」
「そんなの……」
萌の顔が絶望に染まる。
「くっそ! がああっ!」
太一は諦めず、何度も弾かれながらも執念で大剣を叩き込み続ける。しかし、ライガは退屈そうにその巨躯を揺らした。
『いつまでやってんだあ? なあ!』
ライガが鬱陶しそうにその角を大きく一振りする。
その瞬間、太一の頭上から、極大の落雷が容赦なく降り注いだ。
「グギャアアアアアアアア!!!!」
鼓膜が裂けんばかりの悲鳴を上げ、太一の身体が激しく雷光に焼かれる。やがて光が収まると、太一は全身から黒い煙を上げながら、力なく地面へと崩れ落ち、動かなくなった。
『よーし! 次、かかってこいや!』
ライガが咆哮する。
目の前で太一がなす術なく倒された姿を見て、萌の目から涙が溢れ、それが即座に激しい怒りへと変わった。
「許さねえ……! よくも太一を……!」
萌は憎しみを込めて杖をライガへと突き出す。
「水の精霊よ、我求める力を渡せ――ハイドロボム!!」
萌の最高火力の詠唱とともに、ライガの足元から超高圧の水流が爆発した。凄まじい水蒸気と熱風が荒野を吹き荒れる。飛んでくる無数の岩片や暴風は、萌が同時に展開した強固な防御壁で防ぐ。
「すごい……萌の魔法……!」
愛多が息を呑む。
「水の極級魔法よ。流石に、今のを喰らって無傷じゃいられないでしょ……!」
萌が息を荒らげながら、煙の向こうを睨みつけた。
しかし次の瞬間、ピカッ! とあたり一面が眩しく発光した。
それと同時に、爆発の残り香である水蒸気と煙が一瞬にして霧散する。
バチバチバチ……!
不気味な放電の音を響かせながら煙の奥から歩み出てきたのは、傷一つ、焦げ跡一つついていない、完全無傷のライガだった。
「嘘……」
萌は杖を握る手を震わせ、思わず絶望の声を漏らした。
『はあ……こんなもんか? さっきの男の方がよっぽど強かったぜ?』
麒麟の姿をしたライガが、冷酷な目で3人を見下ろす。
ライガの圧倒的な、神をも恐れぬ強さを前に、萌も愛多も完全に言葉を失い、深い絶望に囚われていた。
――だが、たった一人だけ、その瞳の奥にどす黒い闘志を燃やし続けている者がいた。
勇者、甲斐広臣だけは、まだ諦めていなかった。




