魔神将
「まるで超巨大な岩山だな」
太一が周囲を見渡しながら呟く。
「船着場なんてないわよね……」
萌も呆れたように同意した。
勇者一行は船からレグド大陸に上陸しながら、そんな会話を交わしていた。
目の前に広がるレグド大陸は、真っ黒な岩石がひしめき合っているような地面をしており、肌寒く、普通の生物が生きていくにはあまりにも厳しい環境だった。
「近くに魔物の気配はしませんね」と愛多が周囲を窺う。
「アインシアみたいな綺麗なマナもほとんどないし、最悪ね」
萌が不満げに言うと、先頭を行く広臣が低く呟いた。
「二人とも気を抜くな。魔神は知能を持つと聞く」
「どんな奴でも俺がぶった斬るから安心しろって!」
太一が胸を叩く。
その後方で、船に残るカインが声を張り上げた。
「では、私たちは船で待機していますので、何かあればすぐに戻ってきてください。ご武運を!」
退路を確保するため、広臣たち以外の兵士は船で待機することになっていたのだ。
「ありがとうございます。イリス様の加護があらんことを」
愛多が丁寧にお辞儀をし、一行は未知の大陸へと歩みを進めた。
一番前を歩くのは広臣だった。
その背中に、太一がひょこひょこと歩み寄って話しかける。
「なあ広臣、俺たちが今から行く場所ってわかってるのか?」
広臣は太一の方を見ようともせず、淡々と答えた。
「僕の新しいスキル『天啓』によると、この方向をまっすぐ進めと言われているんだ」
「へえ、便利なスキルだよな」
太一は感心したように言ったが、ふと思いついたように言葉を続けた。
「でも、もう『理想再現』のスキルは使えないんだろ?」
その言葉に、広臣の体がピクッと過剰に反応した。
彼はピタリと歩みを止めると、もの凄い形相で太一を振り返り、声を荒らげた。
「僕の『理想再現』は進化したんだ! 馬鹿にするな!」
「お、おう、すまん……」
いきなりの剣幕に、さすがの太一も驚いて気圧されながら謝った。
「甲斐くん……」
愛多が心配そうに呼びかけると、広臣はハッと我に返った。
「ご……ごめん」
顔を伏せて謝ると、彼は何かに追われるように再び歩き始めた。
萌はその背中を見送ると、小声で愛多に耳打ちした。
「ねえ。なんであんな風になっちゃってんの?」
「……わからない」
愛多は首を振ったが、萌はその不安げな表情を見逃さなかった。
実のところ、愛多は女神イリスから意味深な言葉を告げられていた。
それは広臣がアリスティアから王都に逃げ帰り、まだ療養していた時のことだ。愛多は自室のベッドで、広臣の異変について一人考えていた。
(あの島から逃げ帰ってきてから、甲斐くんの様子がおかしい……。しかも、あのユニークスキルを使えなくなり、何かに怯える日々を送っている。なにか私にできることはないかな……)
思わず独り言で呟いたその時だった。
『そんなに広臣ちゃんが気になるかしら?』
いきなりどこからともなく、頭の中に美しい声が響いた。
愛多はハッとして周囲を見渡す。「イリス様!」
『もう、愛多ちゃんたら心配性なんだから。安心していいわ。広臣ちゃんにはしっかり魔王を倒す力を与えたから。もうすぐ以前の彼に戻るわ……いや、以前以上の……そう。別人のように強くなった彼に……ね』
「力を……? そ、それはどのような!」
愛多が問いかけるが、イリスは楽しげに笑うだけだった。
『それは後のお楽しみよ。それじゃあね、愛多ちゃん』
それきり声は聞こえなくなった。
(甲斐くん……。お願いだから、君は君らしくいてね……)
愛多は祈るようにそう呟いていた。
レグド大陸に上陸してから、半日ほど歩き続けた。
岩山は徐々に姿を消していったが、代わりに現れたのは、雑草すら生えていない広大な荒地だった。
「今日はこの辺りで休もう」
広臣の提案に、全員が疲れた体で了承した。
水も何もない不毛の土地だったが、そこは萌の魔法で補うことができた。
「ここでマナを使うの大丈夫?」
気遣う愛多に、萌は得意げに胸を張る。
「大丈夫! 大賢者の新しいスキル『マナ生成』があるから!」
さらに、食料は王国から大量に運び出してきていたため、困ることはなかった。
「どんだけ入るんだよ、このマジックバッグ」
太一が感心したようにバッグを覗き込む。
「なんか国宝級のものらしいわよ。ほぼ無限にものが入るらしいね」
萌が説明すると、太一は目を輝かせた。
「すげえな。俺も入れるかな?」
「入ってみたら? マジックバッグの中って様々なマナが存在していて、普通の人間は頭がおかしくなるらしいわよ」
萌がニヤニヤしながら脅すと、太一は顔を真っ青にして怒鳴った。
「はあ!? お前、先に言えよ!」
そんな二人のやり取りを見ながら、愛多は自然と笑みをこぼしていた。
「なんか久しぶりだね、この感じ。学校にいた時みたい」
その言葉に、太一と萌も「だな」「ええ」と温かい表情を浮かべる。
そんな和やかな雰囲気の中、広臣だけは燃え盛る焚き火をじっと見つめたまま、一言も発さずに黙り込んでいた。
(甲斐くん……)
愛多は心配そうに彼を見つめるしかなかった。
そして深夜。
「見張りは任せてくれ」という広臣の言葉に従い、三人テントに入って就寝した。
しばらくすると、「ガー」と太一の大きなイビキが響き渡る。寝苦しそうにした萌が、寝ながら杖で太一をベシベシと叩いていた。
愛多は二人を起こさないよう、ゆっくりと這い出てテントの外へ出た。パチパチと音を立てる焚き火の方へ歩いていくと、影の中から声がした。
「寝れないのか?」
「うん……」
愛多は広臣の隣に腰掛けた。しばらくの間、二人は無言で炎を見つめ合っていたが、愛多が意を決したようにふと口を開いた。
「ねえ……甲斐くん」
「どうかしたか?」
「甲斐くんは、あの島での戦いのこと、本当に何も覚えてないの?」
広臣は少しの間を置いてから、「僕は……」と言いかけた。
その時だった。
パアン!!!!
凄まじい爆音と共に、視界を真っ白に染め上げるほどの閃光が二人を襲った。
「きゃあ!」
愛多の悲鳴が響く。突然、巨大な雷撃が広臣たちを直撃したのだ。
もうもうと立ち込める煙の中から、シュウウウウと熱線を放ちながら、剣を構えた広臣が毅然と立っていた。
「なんだ、なんだ!?」
テントから慌てて太一と萌が飛び出してくる。
広臣は周囲を警戒しながら、冷静に言い放った。「敵だ」
「おい! ライドウ! てめえの攻撃当たってねえじゃねえか!」
上空から、怒鳴り散らす男の声が降ってきた。全員がバッと上を向く。
そこには、円卓にいた金髪の若い風貌の男と、その隣に、手からバチバチと激しい電流を走らせている銀髪の男が浮かんでいた。
「うるせえよ! 俺だって本気でやってんだよ!」
ライドウと呼ばれた銀髪の男が不満げに言い返す。
「ったく、使えねえなあ」
金髪の男が吐き捨てると、ライドウは「じゃあお前がやれよ、ライガ」とそっぽを向いた。
「チッ。仕方ねえな」
ライガと呼ばれた男はそう言いながらも、嬉しそうに凶悪な構えを取った。
広臣が鋭い声で上空の二人を睨みつける。
「お前たちが魔神王か!」
その言葉に、宙の二人の空気が一瞬だけピリついた。
「ああ? てめえ、カオス様のことを言ってんのか? んなわけねえだろ! 俺は魔神将が一人、雷柱のライガだ! そしてこいつは部下のライドウ。覚えとけ!」
ライガが傲慢に名乗ると、ライドウが冷めた声でツッコミを入れた。
「いや、今から殺すんだから別に名乗らなくていいだろ」
「あ、それもそうだな」
ライガは不敵にゲラゲラと笑った。
広臣は敵を見据え、剣を強く構え直す。
「いくぞ! みんな!」
勇者一行の、レグド大陸での最初の死闘が幕を開けた




