勇者上陸作戦
ダウラたちの乗る巨大船が魔神の脅威と対峙していた時と、まさに同じ時刻。
違う航路を通り、新大陸レグドを目指して突き進む勇者たちの船があった。
「ひっまだな〜っ!」
甲板の上で大振りに素振りをしながら、太一が退屈そうに声を上げる。やることが見つからず、勇者一行は揃って甲板に出てきていた。
「あんた、よくそんなことしてられるわね。もうすぐレグドに着くって話なんだから、少しは落ち着いてなさいよ」
呆れたように釘を刺す萌。だが太一は「いいじゃねえかよ」とケロッと言い返す。
「広臣はずっと黙ってるし、夢野もなんか祈ってばっかだしよ」
「あんたも静かにしてればいいじゃない!」
声を荒らげる萌の小言を遮るように、見張り台の上から兵士の大きな叫び声が響き渡った。
「勇者様ー! 大陸が見えてきましたー!」
その言葉に、それまで微動だにしなかった広臣がピクッと反応を示す。
「おお? やっとか〜。へへ、腕が鳴るぜ」と不敵に笑う太一。
「……少し肌寒いわね」
萌が身を震わせる傍らで、ずっと黙っていた愛多も「きましたね……」と静かに呟いた。
遥か遠方、視界の端から端までを埋め尽くすように、どす黒い岩山がその姿を現し始めていた。
――その時だった。
「うっ……!」
見張り台にいた兵士が、短い声を漏らしてその場に崩れ落ちた。
「あっ? どうした!?」
異変を察した近くの兵士たちが慌てで見張り台へと駆け上がっていく。しかし、直後に行き交ったのは狼狽したざわめきだった。
「し、死んでる……。敵襲か……!?」
甲板の異常な雰囲気に気づき、兵士たちをまとめていたロイヤルアインシアのカインが下層から血相を変えて上がってきた。
「どうした? 何があったんだ!」
「それが……いつの間にかこいつが倒れていて……」
兵士たちがカインに状況を説明している、まさにその最中だった。少し奥の持ち場にいた別の兵士が「うっ……」と呻き、またしても唐突に倒れ込んだ。
「敵だ! 戦闘態勢に入れ!」
カインが即座に鋭い号令を下す。兵士たちは各自の持ち場へ散り、船の外側に向けて一斉に警戒の目を光らせた。
「なんだなんだ?」と、不謹慎にも少し楽しそうに様子を窺う太一に、萌は「あんたねえ……」と深い溜息をつく。
その時、静寂を保っていた広臣がバッと勢いよく立ち上がった。
「甲斐くん……」
愛多がその横顔を見つめる。広臣は油断なく周囲を見渡すと、腰の鞘から愛刀をスラリと引き抜いた。それを順手に持ち替え、何もない空間へ向けて手を突き出す。
「ふん!」
短い呼気と共に、広臣がいきなり剣を鋭く一閃させた。
直後、「バタッ」と肉塊が床を叩くような音がして、広臣のすぐ真横に何かが落ちてきた。
「ま、魔物だー!!」
それを見た兵士たちが一斉に騒ぎ出す。
「さっきから兵士たちを殺している魔物の正体だ」
広臣が冷徹な声で小さく呟く。足元に転がっていたのは、黒いカラスのような不気味な魔物で、激しく身悶えした後にその場で絶命した。
広臣は即座に周囲の兵士たちへ向けて怒号を飛ばす。
「こいつらは普通の兵士たちの目じゃ捉えきれない! 僕たちが襲ってきた魔物を倒す! お前らは下に引っ込んでるんだ!」
「早く勇者様の言う通りにするんだ!」
カインもそれに合わせて大声で指示を出すと、兵士たちは指示に従い、慌てて船の下層へと退避していった。
甲板に残されたのは、甲斐一行とカインの5人のみ。
「へへ。楽しくなってきたな!」
太一は大剣を振り回し、視認すら困難な速度で飛び交う黒い魔物を次々と正確に切り落としていく。
「最初からめんどくさいだけよ!」
萌も負けじと、鋭い詠唱から魔法を放ち、空中を舞う黒い影を爆散させていく。
そんな中、広臣が背後の少女を振り返った。
「愛多! 君も早く下に降りるんだ!」
しかし、愛多は退かなかった。その瞳には確かな覚悟の光が宿っている。
「私も戦います!」
愛多は一歩前に出ると、力強く両手を突き出した。
「これが、イリス様からいただいた私の戦う力です!」
その瞬間、愛多の手のひらから眩い青白き光が放たれた。その光は幾筋もの細い雨のようになって宙へと降り注ぎ、四方八方へと飛び散っていく。光の雨に貫かれた黒い魔物たちは、悲鳴を上げる間もなくバタバタと甲板や荒海へと叩き落とされていった。
その圧倒的な光景を目の当たりにし、萌と太一はポカーンと口を開けて硬直する。
少しの間を置いて、萌が信じられないといった様子で声を絞り出した。
「愛多……あんた、いつの間にそんな力を……」
愛多は少し照れくさそうに、はにかんだような笑みを浮かべる。
「みんなに守られてばかりじゃ嫌だから」
「さすがです聖女様! 私も頑張らねば!」
カインが感極まったように気合を入れ直し、再び5人で襲い来る大量の魔物を迎え撃った。それからしばらくして、ようやく辺りに静寂が戻り、群がっていた黒い影は一匹残らず駆逐された。
「なんだよ。せっかく体が温まってきたのによ」
太一が物足りなさそうに大剣を肩に担ぐ。
「もういいわよ。まだ上陸すらしてないんだから」
萌が肩で息をしながら窘めると、広臣が静かに剣を鞘へと収めた。
「萌の言う通りだ。僕たちの本当の戦いは、まだ始まってすらいない」
そこへ、下層から上陸の準備を整えた他の兵士たちが甲板へと上がってきた。
「そろそろ上陸の準備が整います」
遠くに見える黒い岩山が、彼らを拒むように聳え立っている。
勇者たちのカオス討伐の旅は、今、始まったばかりだった。




