魔神の国
新大陸レグド。その中心部にひっそりと佇む古びた城の一室。
窓から差し込む青白い月明かりが、部屋の中央に置かれた巨大な円卓を照らし出していた。そこに集うのは、圧倒的な禍々しさを放つ九人の魔神――魔神将たちである。
「大陸の北側の海で、倒された魔神がいたようです」
静寂を破り、ピシッと仕立ての良いスーツを着て、見事に整えられた白い髭を撫でながら、一人の男が口を開いた。
「はん! 名前すらねえ雑魚だろ。そんなの放っておけよ」
円卓に不躾に足を乗せ、背もたれに深く寄りかかりながら、金髪の若い風貌をした男が鼻で笑う。
「あんたバカなの? セバスチャンが言いたいことは別のところにあるのよ。要は、そいつを殺した奴が誰かってことよ」
呆れたようにため息をついたのは、紫の髪にゴシック調のドレスを纏った女であった。
セバスチャンと呼ばれた老紳士は、取り乱すことなく落ち着き払って答える。
「ええ。ミリア様のおっしゃる通りです。我々が眠っていた千年の間に、この世界の情勢は変わっているはず。いくら名持ちで無いとはいえ、魔神を殺すなど普通の人間には不可能なはずですからな」
「そんなら、俺が行ってそいつをぶっ殺してきてやるよ!」
金髪の男が、胸の前で拳を力強く打ち鳴らしながら好戦的な笑みを浮かべた。
「まあ待て、ライガよ。敵がどんな奴かもわからないのに突っ込んでいくのは、無策にもほどがあるよ」
そう言ってライガを嗜めたのは、緑の髪を綺麗に整え、眼鏡の奥の目を光らせた男だ。
「ああ? バロン……てめえから先にやってやろうか?」
ライガと呼ばれた男が激昂し、椅子を蹴立てて立ち上がる。彼の肉体からは、バチバチと不気味な音を立てて激しい電流が走り始めた。
「ほお、面白いね。じゃあ、千年ぶりに少し運動でもしようかな」
バロンと呼ばれた男もまた、不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。一触即発の空気が部屋に満ちる。
「あんたたち……。私はもう知らないわよ!」
ミリアと呼ばれた女が、心底めんどくさそうに首を振って言い捨てた。
「……やめろ」
突如として響いた冷徹な一言。その地を這うような低い声に、立ち上がっていたライガとバロンの動きがピタリと止まる。
「貴様らは、身内同士で喧嘩をするためにここに集まったのか?」
円卓の最奥、最も深い影の中に座っていた男が、二人を鋭い眼光で射抜いた。
「チッ……はあ……」
ライガは不満げに舌を打ち、ため息をつきながら席に座り直した。バロンも「やれやれ」といった様子で首を振り、静かに席に着く。
「……ありがとうございます、ベノム様」
セバスチャンが最奥の男に向かって深々と頭を下げた。
「構わん……」
ベノムと呼ばれた黒髪の男は、重々しく言葉を続ける。
「我々は千年の眠りについていた。その千年の間に世界がどう変わったか、今はまだわからん。だからこそ、我々の手でそれを確かめなければならんのだ。我らが王、カオス様のために」
「じゃあ、まずは私たちの副官でも送り込む?」
ミリアが退屈そうに指先を弄びながら提案する。
「うむ。ミリアよ、お前の副官に現世界の情勢を探らせろ」
「りょーかい。じゃあ、よろしくね」
ベノムの命を受けたミリアは、自身の後ろに音もなく控えていたフードを被った女へひらひらと手を振った。
「はっ」
短い返答と共に、フードの女の姿が掻き消えるように消滅した。
「次はライガ、そしてバロン。お前らは北側の防衛にあたれ。かつての勇者のような者が、再び現れるかもしれん」
「勇者か。おもしれえ! おら、いくぞ!」
ベノムの指示にライガは勢いよく立ち上がると、自身の後ろにいたフードの男を引き連れて、早々と部屋を出ていった。
「ライガと一緒ですか……。はあ……」
重いため息を吐きながらも、バロンもまた後ろのフードの女を伴い、ライガの後を追うように退室していった。
彼らの背中を見送りながら、セバスチャンが感心したように微笑む。
「相変わらず、魔神将様たちの扱いがお上手ですな」
「我らはカオス様のために存在している。それを実行させているだけだ」
ベノムは淡退と答え、ゆっくりと天井を見上げた。
その視線の先――禍々しい形をした黒い城の最上階。
そこには、彼ら魔神将を束ねる絶対的な王が眠っていた。
天を衝くような黒い繭。
ドクン……ドクン……。
不気味に、しかし力強く脈打つ繭の中で、王カオスは未だ目覚めることなく、深い眠りを貪り続けていた




