空っぽの器、居場所を手に入れる
「奏多様! これもお食べください!」
「アリス様はこれがお好きでしたよね! 昔を思い出します!」
島を包むのは、数十年ぶりの活気と、空腹を刺激する芳醇な料理の匂い。
「……うまい。こんな人間らしい食事、いつぶりだろう」
奏多は感嘆の涙を流しながら、差し出される料理を次々と口に運んでいた。アリスもまた、エルフの女性たちに囲まれ、「もっと昔のことを聞きたいです」とはしゃいでいる。
石化から解放された喜びを分かち合う宴。
そこにはエンシェントエルフだけでなく、屈強なドワーフや、毛並みの良い獣人族、色鮮やかな翼を持つ鳥人族など、多様な種族が集まっていた。
「ふむ。これはなかなかに美味い酒よ」
小さな体で豪快に樽酒を煽るオウに、奏多が呆れた視線を送る。
「お前、その見た目で酒豪設定は違和感しかないぞ……」
「お味はどうですかな? 我らドワーフ秘伝の酒ですぞ!」
鼻の赤いドワーフの長、ボンドが自慢げに笑えば、
「フン、酒しか脳がない奴らは放っておけ。奏多様、わしら獣人族の肉料理はどうです?」
と、白い髭を蓄えた犬獣人の長、ゲルドが割り込んでくる。
「おい、酒の味もわからぬ犬風情が!」
「なんだと、このビール樽が!」
バチバチと火花を散らす二人を奏多がなだめていると、凛とした声が響いた。
「あんたたち、何十年も石になってたくせに、まだ喧嘩かい? みっともないねえ」
現れたのは、鳥人族の女長、アルマ。色鮮やかな着物を着こなす彼女は、ボンドとゲルドの首根っこを掴んで引きずっていく。
去り際に振り向いて深々と頭を下げるアルマ。
「奏多様、オウ様。此度は我らを救ってくださり、誠に感謝しております。このバカ共には後でお灸を据えておきますので」
「あ、ああ。姉御……いや、アルマさん。今日くらいはみんな楽しくやろう」
奏多が苦笑いしていると、背後から「奏多〜!」と呼ぶ声がした。
振り返った奏多は、思わず持っていた杯を落としそうになった。
「お、おおおおお……!!」
そこにいたのは、いつものボロボロの布切れではない。
透き通るような水色のドレスを纏い、薄くメイクを施し、頭にはピンクの花飾りをつけたアリスだった。
(……可憐だ。まるでお姫様みたいじゃないか)
見惚れる奏多。しかし、アリスは至近距離まで来ると、「うぎゃっ」と派手に転倒した。
「いてて……やっぱりヒールは歩きにくいですね……」
「ははは、台無しだな。ほら、立てるか?」
奏多が差し出した手を取り、アリスは照れくさそうに笑った。
「エルフのみんながおめかししてくれたんです。……その、似合ってますか?」
「ああ、似合ってる。綺麗だぞ、アリス」
「……っ!」
顔を真っ赤にするアリス。二人は焚き火の傍に座り直し、静かに話し始めた。
「みんなを救えて、本当によかったです。……でも、奏多はもう、どこかへ行ってしまうのですか?」
今にも泣きそうな瞳。
「俺には帰る場所なんてないしな。……アリスがよければ、ずっとここにいてもいいか?」
「はい……! ぜひ、いてください!」
パッと花が咲いたように笑うアリス。その笑顔を守るためなら、この島を楽園に変えてやるのも悪くないと、奏多は密かに心に決めるのだった。
【場面転換:アインシア王国近辺・ダンジョン】
「火の精霊よ、我力を求めるーーはあっ! バーニングエクスプロージョン!」
巨大な火柱が魔物を焼き尽くす。
「やっぱ詠唱ってダルい。マジ無理」
気だるげに杖を振るのは、大賢者・椎名 萌。
「俺はカッコよくて好きだけどな! よっ!」
剣聖・桐生 太一が、残った魔物を一閃する。
「あんたはバカだから、考えなくていい脳筋スキルで十分でしょ」
「二人とも、真面目に。僕たちにはやるべきことがあるんだ」
勇者・甲斐 広臣が二人を嗜める。
そこへ、王国の兵士が血相を変えて駆け込んできた。
「勇者様! 魔王の魔力反応を観測しました! 至急、王城へ!」
広臣の目が鋭く光る。「ついに来たか……」
太一は不敵に笑い、萌は面倒そうに髪を弄った。
【アインシア王国・中央教会】
同じ報告を受けた聖女・夢野 愛多は、ステンドグラスから差し込む光の中で、一人呟いた。
「魔王討伐……。私にそんなこと、できるのかな」
彼女の手元には、召喚の儀式で使い古された魔導書。
「私はそれよりも……空井くんが、どこかで生きていてくれたらって、そればかり考えちゃうよ……」
女神イリスの像を見上げる愛多の瞳は、不安と、届かぬ願いに揺れていた。




