空っぽの器、幸せを掴み取る
「むう……。小娘よ……。もう撫でるのをやめるのだ……」
精霊王は眉をぴくぴくと動かして抗議するが、アリスは止まらない。
「だめです! こんなに可愛い女の子、母性がくすぐられないわけがないです!」
「む、むぅ……」
かつての威厳はどこへやら、アリスに撫で回されるおかっぱ頭の精霊王を、奏多は和んだ顔で眺めていた。だが、すぐに首を横にブルブルと振って正気に戻る。
「アリスさん、それくらいにしてあげなさい……」
「だって〜!」
涙目で名残惜しそうに引き剥がされるアリス。奏多はコホンと一つ咳払いをして、居住まいを正した。
「よし……本題に入るまえに一つだけ。精霊王、お前に名前はないのか?」
「ふむ。我に名はない。精霊にそのようなものは必要ないからな」
「だったら、『オウちゃん』はどうですか!?」
アリスの勢いある提案に、奏多は(どこかの国の名字みたいだな……)と思いつつも、本人が良ければいいかと見守る。
「名など何でもよいが、奏多が認めるならそれに従おう」
「俺は構わないよ。じゃあ、『オウ』で決まりだな」
「じゃあオウちゃんですね〜!」
再び抱きつくアリスに、オウは「む、むう……」と頬を赤らめる。なんだかんだで、満更でもなさそうな様子に奏多は口角を上げた。
「よし。それで本題なんだが、オウ。頼みがある。この島のマナの密度を増やしてほしいんだ」
「ふん、そんなことか。造作もないことよ」
オウがすっと片手を上げた。その瞬間、空気の質が劇的に変わった。
見えない波のような、生命力の塊が島中を駆け抜けたのを奏多とアリスは肌で感じた。二人は顔を見合わせ、無言のまま石化エリアへと駆け出した。
開けた場所に出た瞬間、二人は言葉を失った。
先ほどまで一面の灰色だった死の世界が、鮮やかな「色」で満ちていた。
枯れ木には瑞々しい葉が茂って風に揺れ、大地からは力強い生命の鼓動が伝わってくる。
「……っ」
奏多が隣を見ると、アリスの頬をツーと涙が伝っていた。
「……ありがとうございます……」
その小さく震える呟きと、あまりに綺麗な横顔に、奏多は心臓が跳ねるのを感じて慌てて顔を背けた。
どれくらい、その奇跡の光景に見惚れていただろうか。
「あの……」
不意に横から聞こえた声に、二人はビクッとして振り向いた。
そこには、先ほどまで石像だったはずの、エンシェントエルフの女性が立っていた。
「アリス様……ですよね? お美しく成長されていても、すぐにわかりました。私達を救ってくださったのですね……!」
泣き崩れる女性に、アリスは冷静に、だが優しく答えた。
「いいえ、私は何もしておりません。そこにいる奏多が皆様を救ってくれたのです。感謝は彼に」
「いやいや、俺だけの力じゃないよ。アリスが一人でこの島を守り続けていたから、俺は力を貸せたんだ。アリスのおかげだよ」
奏多がそう言うと、女性は二人に対して深々とお辞儀をした。
「お二人とも、本当にありがとうございます。……すぐに皆を呼んできますね!」
女性が集落の方へ走っていくのを見送ったあと、アリスがぽつりと口を開いた。
「私、おばあちゃんが死んでからずっと一人でした。いつか自分も石になるんじゃないかって、恐怖で押しつぶされそうな日もありました。正直、もう無理だと諦めていたんです。自分の運命に、絶望していました」
アリスは一歩、奏多に近づく。
「でも、あの日、あの浜辺で奏多を見つけた。……今は、運命に感謝しています。ありがとう、奏多っ!」
くしゃくしゃの、太陽のような笑顔。
奏多は胸がいっぱいになりながら、彼女の目を真っ直ぐに見返した。
「救ってもらったのは、俺のほうだ。あそこでアリスに出会わなかったら、俺は今頃……。アリス、ありがとう」
見つめ合う二人。島に流れる風が、二人の距離をそっと縮めるような錯覚を覚えた、その時。
「おい」
低く、冷めた声が割り込んだ。二人は飛び退くように後ろを振り返る。そこには、腕組みをしたオウが立っていた。
「貴殿らがどのような関係でも我には関わりないが、イチャつくのはもう少し後にしてくれないか?」
「「えっ」」
ハッとして集落の方を見ると、石化から解けたばかりの多くの住人たちが、温かい(あるいはニヤニヤとした)視線でこちらを見守っていた。
「……っ!!」
みるみるうちに顔が真っ赤になる二人。
「ふむ、若いな」
尊大にうなずくおかっぱの精霊王を余所に、奏多とアリスは顔を伏せてその場から逃げ出したい衝動に駆られていた。
【奏多のステータス更新】
• スキル:
• スロット4:【精霊召喚(精霊王オウ)】
• スロット5:【精霊使役(精霊王オウ)】




