空っぽの器、理を得る
「さて、今日こそは石化の場所を案内しますね」
朝から奏多が焼いた魔物肉のステーキを、実に五枚も平らげたアリスは、口元の脂を拭いながらケロッとした顔で言った。
「……案内、よろしく頼むよ」
その細い体のどこにそんな食欲が潜んでいるのか。奏多は少々引き気味に頷き、彼女の後を追った。
砂浜近くの雑木林を抜け、しばらく歩くと、急に視界が開けた。
だが、そこにあるのは美しい自然ではなかった。
「ここから先が、全部石化している場所です」
アリスが指し示した先には、一面の「灰色」が広がっていた。
木も、草も、大地も。すべての色が抜け落ちたように白茶け、生き物の気配が一切しない。風すらもその場所を避けて通るような、時間が永久に凍りついた光景。
奏多は絶句した。ふと奥へ目を向けると、崩れかけた石の家屋があり、その前には「人の形をした石」が立ち尽くしている。
「え……人……?」
「ええ。あそこは、かつて私と同じエンシェントエルフたちが住んでいた地域なんです」
アリスの言葉は、どこか遠い場所を見ているようだった。
おばあちゃんから聞いた話では、石化はある日突然起こり、自分が石になったことすら気づかぬまま、一瞬で固まってしまうのだという。
「あれが、アリスの同胞たち……」
「まあ、幼かった私は他の人たちのことは覚えていないんですけどね!」
努めて明るく振る舞うアリス。だが、奏多はその声の震えを見逃さなかった。
「……彼らは、死んでいるのか?」
「いいえ、生きています。この島が存在している限りは。……でも、島がすべて石化したら、存在すら忘れられて消えてしまうみたいです」
「じゃ、じゃあ石化を解くこともできるんだよな!?」
「はい、この島の魔力濃度がかつてのように上がれば……らしいです」
魔力濃度。
奏多は、自分がこの世界の仕組みを何も知らないことを痛感した。自分がスキルで放った魔法も、実はその「理」を知らぬまま結果だけを引き出していたに過ぎない。
「俺はスキルで魔法を使ったけど……そもそも、どうやって魔力を生み出してるんだ?」
「え? 魔法は魔力を練って使うんですよ。スキルとは別じゃないですか」
アリスのあっけらかんとした答えに、奏多は引っかかりを覚えた。
「魔力はどうやって練るんだ?」
「周囲のマナを取り込むんです。それには精霊から借り受けるのが常識じゃないですか。……もっとも、この島にはもう精霊がほとんどいないから、難しいんですけどね」
精霊。この世の理そのものである事象の存在。
石化が進み、事象が止まれば精霊も消えていく。
アリスの話を聞き、しばらく考え込む奏多。
(マナ……精霊……呼ぶ……召喚……。スキルで、精霊を「呼ぶ」ことができれば……!)
そう思った瞬間、奏多の脳内に無機質な声が響き渡った。
《スキル【精霊召喚】を獲得。空きスロット4にセットします》
《スキル【精霊使役】を獲得。空きスロット5にセットします》
「二つ同時……!? いや、そんなことよりやっぱり来た!」
奏多の顔に確信の笑みが浮かぶ。
「一体なんなんですか〜! 奏多!」
自分を無視して考え込む奏多を覗き込んでいたアリスが、いきなりニヤケ出した奏多をみて不満げに頬を膨らませた。
「ごめん。……アリス、この島の魔力濃度、戻せるかもしれない」
「ええー? いくら奏多でもそんな、いきなり……。無理に決まってるじゃないですか」
鼻で笑うアリス。無理もない、彼女がずっと成し得なかったことなのだ。
だが、奏多は静かに唱えた。
「じゃあ、これなら信じるか? ――スキル発動、【精霊召喚】!」
その瞬間、世界の空気が一変した。
奏多を中心に猛烈な突風が渦巻き、雲一つなかった青空が瞬く間にどす黒い雷雲に覆われる。
「え!? なに!? 奏多、何してるんですか!?」
混乱するアリスを余所に、奏多は一点を凝視していた。
『――我を呼んだのはそなたか?』
上空から、天地を揺るがすような重低音が響く。
そこには、巨大な角を携え、空中にあぐらをかいて座る巨影があった。日本で見た風神雷神図のような、圧倒的な存在感。
「ああ。俺が呼んだ」
奏多は震える心を押し殺し、不敵に答えた。
『フン、貴様のような人間が我を呼ぶとはな。我はこの世の理を束ねる者。精霊王ぞ』
放たれる圧に、アリスは今にも泣きそうな顔で叫んだ。
「な、何やってるんですか奏多ぁ! なんで精霊王なんて来ちゃうんですか!」
「精霊王よ、俺はこの島の魔力濃度を上げたい。力を貸してくれ!」
『血迷ったことを。我が貴様のような小物の言うことを聞くはずなかろう。力を貸す義理などない』
取り付く島もない拒絶。だが、奏多は最初から分かっていた。
「だろうな。だが……これならどうだ? ――スキル、【精霊使役】!!」
『ぬっ!? それは――!?』
精霊王が驚愕の声を上げた直後、その体が強烈な光に包まれた。
荒れ狂う風、鳴り響く雷。爆発的な光が世界を白く染め上げ――。
……ふっと、風が止んだ。
天候は元の穏やかな青空に戻っている。
「あれ……? 消えた……?」
アリスが呆然と周囲を見渡した、その時。
「ここであるぞ、小娘よ」
足元から聞こえた声に、アリスが視線を落とす。
そこには、紫色の髪を切り揃えた、瞳の赤いおかっぱの少女が立っていた。
「え? ええええええ!? 誰ですか!?」
「精霊王だ」
奏多の簡潔な答えに、アリスの叫びが島中に響き渡る。
おかっぱの少女は、尊大な態度で奏多を見上げた。
「ふむ。奏多よ。不本意ながらその術には抗えぬようだ。……貴殿の従者となり、力を貸そうではないか」
この世界の理を統べる精霊の王が、少年の配下となった瞬間だった。




