奇跡の女神
「き、奇跡だ……」
その場にいた医者たちは、自分たちの常識を遥かに超越した光景に震えていた。
奏多とアリスの二人は神力を惜しみなく注ぎ込み、広い大部屋に横たわっていた、助かるはずのなかった重症患者たちを瞬く間に全員救い出したのだ。
「な、なんなんですかあの魔法は!?」「女神ですか? あなたは女神様ですよね!?」
詰め寄る医者や看護師、そして一命を取り留めた冒険者たち。
「あ、いや、えーと……」と頭を掻きながら戸惑う奏多。アリスも同様に「え? いや、どうしよう……」と、注がれる熱視線と賞賛の嵐に困り果てていた。
「おい、どうすんだよこれ。神力のこと、どうやって説明すんだよ」
レトルが小声で奏多の脇腹を突きながら囁く。しばらくの間、必死に言い訳を考えていた奏多だったが、突如として何かが閃いたように「あっ!」と声を上げた。
そして隣にいるアリスの顔をじっと見つめると、「ごめん」とだけ小声で呟いた。
「え?」
アリスが首を傾げた次の瞬間、奏多は朗々とした、それでいて重々しい声を響かせた。
「皆、聞いてくれ! 俺たちはS級冒険者の『アリスティ』だ。だが、それは世を忍ぶ表の姿。本当の姿は、女神イリス様の末裔である一族なんだ!」
「はあ!?」
アリスとレトルが同時に間抜けな声を上げたが、奏多は止まらない。
「先ほどの力は、我が一族に代々伝わる女神様の慈悲深い力だ! そして……ここにいるアリスこそ、女神イリス様の生まれ変わりなのだ!!」
「えっ……。えええええええええええ!!!」
アリスの絶叫が病室に響き渡る。
しかし、その圧倒的な治療の奇跡を目の当たりにした医者や職員たちは、奏多の出任せを信じるには十分すぎるほど興奮していた。
「やはり女神様だったんだ!」「おお、女神アリス様!」
騒ぎ始める人々は、次々とアリスに群がり始める。その混乱の隙を突き、奏多はアリスに向かって再度「ごめん」と囁くと、「行くぞ、レトル!」と叫んで脱兎のごとく部屋を抜け出そうとする。
「はあ!? いいのかよ奏多!」と叫びつつも、レトルは奏多の後を追って部屋を出た。二人は取り残されたアリスを背に、逃げるように大部屋を後にした。
廊下に出ると、奥の通路から壁を伝いながらフラフラと歩いてくる男の姿があった。
「兄弟!」
レトルの呼びかけに応える余裕もないほど、その男――ダウラは満身創痍であった。
「ダウラ! お前、大丈夫なのか!」
奏多が駆け寄り、今にも倒れそうな彼の体を支える。
「……お前……ら。なんで……ここ……に……?」
「港で偶然運ばれてくるお前らを見つけたんだ」
奏多の言葉に、ダウラは弱々しく頷いた。
「そう……か……。悪い……そこ……を……どいてくれ……」
「あ、ああ」
咄嗟にダウラに肩を貸す奏多とレトル。
「医者に……聞いたんだ……。ロウラが……ここに運ばれたって……」
「ダウラ……ロウラはもう無事だ。だからお前は安静にしてろ」
奏多の必死の説得も、今のダウラの耳には届かない。
「気を……使わなくていいぞ……。医者が……言ってた……。ロウラは……もう……」
言葉を切り、悲痛な覚悟を瞳に宿したダウラは、震える手で大部屋の扉に手をかけた。
ガチャ、と扉が開いた。
だが、そこに広がっていたのはダウラが予想していた「静寂」ではなかった。
「女神様! 女神アリス様!」「我らに慈悲を!」
困惑しきったアリスを囲んで、医者や職員、さらには意識を取り戻した冒険者たちが膝をつき、頭を下げまくっている異常な光景。
「……な……なんだ……こりゃ……」
呆然とするダウラ。しかし、その喧騒の中に一際大きな体の男を見つけた。
「ロウ……ラ……?」
呟き、ダウラはフラフラと歩み寄る。ロウラは兄の存在に気づかぬまま、「アリスちゃん! 女神様!」と叫び、周りと同じようにアリスを崇めていた。
ダウラはロウラの背後までたどり着くと、残された全力を振り絞って叫んだ。
「おい! ロウラ! 元気じゃねえか!!」
不意に声をかけられたロウラが、ビクッとして振り返る。
「ダウラ……か?」
「よがっだ……無事で……兄ちゃん……!!」
我慢していたものが決壊したように、ダウラは大号泣しながら崩れ落ちた。ロウラは最初こそ驚いたものの、すぐにいつもの優しい顔を浮かべ、ダウラを力強く抱きしめた。
「ありがとうな……ダウラ……」
静かに呟くロウラの逞しい腕の中で、ダウラは子供のように泣き続けた。
そんな二人の再会を後ろから見守っていた奏多とレトルの顔には、自然と温かい笑みが溢れていた




