暴風の中の悪魔
新大陸レグドへと向かう巨大な輸送船の内部には、多種多様な人間がひしめき合っていた。
一攫千金を夢見る新米冒険者、経験豊富なベテラン、あるいは冒険者ですらなかった野心家たち。彼らの目的は一様ではないが、その視線がある一角に集まっている。そこには、この船に乗る者たちの中でも別格の存在である、S級冒険者パーティの姿があった。
「あれー? おかしいな。あいつら来てないのかよ」
辺りを確認しながら不満げに声を漏らすのは、燃えるような赤髪を持つ男だ。
「最近は活動をセーブしているっていう噂を聞いたから、今回は出遅れたのかしらね」
彼の言葉に、ブロンドの髪をなびかせた女性が応じる。
「アリスちゃん……」
その傍らでは、巨大な盾斧を携えた大柄な男が、その体躯に似合わず泣き出しそうな顔で呟いていた。
周囲の冒険者たちは、彼らの正体に気づきざわめき始める。
「おい、あれはS級冒険者の『バーニングハート』じゃないか?」
「あのサイクロプスロードを討伐したっていう、『炎槍』のダウラだろ……」
周囲の畏怖を余所に、パーティのリーダーであるダウラは「しゃあねえな。どうせあいつらのことだ。他の船で行ってるかもしれねえからな」と吐き捨てた。
ウォンドでの一件以来、彼らが執着している奏多たちのパーティ「アリスティ」の姿が見当たらないことが、彼らには物足りないようであった。
「残念。アリスちゃんを愛でたいわ」と魔術師のアウラが嘆息し、盾役のロウラもまた、残念そうに肩を落とす。彼らは三兄弟で構成された、名実ともにトップクラスの冒険者であった。
「そういえば、さっき甲板のほうでジリアンなら見たぜ」
ダウラが思い出したように言うと、アウラが「あの気持ち悪い男もいるのね」と嫌悪感をあらわにする。
そこへ、一人の冒険者が親しげに話しかけてきた。
「お前ら、バーニングハートだろ?」
「なんだ? お前」
「しがない冒険者のひとりさ。そんなことより、聞いたか? なんでも俺たちが向かっている新大陸は、遥か昔に存在していた大陸らしいぜ」
男の話によれば、その地は神話に登場する幻の超大陸「レグド」。かつて女神イリスによって封印されたとされる場所であった。
「その話なら知っているわ。でも、神話ではレグドにはロード級の魔物が進化した『魔神』が住んでいるっていう話でしょ?」
アウラの指摘に対し、ダウラは「本当にそんな大陸があるなら、今頃俺たちは生きてねえよ」と笑い飛ばす。
しかし、男は笑みを絶やさぬまま続けた。
「だがな、王国は新大陸のことを公式に『レグド』と呼んでいるらしい。これが偶然だとは思えねえよなあ?」
その言葉は、ダウラの冒険者としての本能に火をつけた。「はん! 面白そうじゃねえか! 俄然やる気が出るぜ」と、彼は不敵に笑った。
アクエリアの港を出発してから、およそ一週間に及ぶ旅路。
勇者である甲斐広臣たちが乗る豪華な戦艦とは異なり、予算の限られたこの船は速度も遅い。そのため、あえて波の荒い危険な航路を選んで進んでいた。
航海五日目の昼。空は暗雲に覆われ、激しい雨風が船体を叩きつける。変わらぬ荒涼とした景色に、旅慣れた冒険者たちの顔にも疲労の色が濃くにじみ始めていた。
「はあ……さすがにもう疲れてきたな」
「あと二日でしょ。と言いたいところだけど、さすがにね……」
「……はあ……」
一室に押し込められた雑魚寝の生活は、S級冒険者である彼ら三兄弟の気力をも削ぎつつあった。
その時である。静寂を破り、甲板から切迫した叫び声が響いた。
「おい! なんだあいつは!」
暇を持て余していた冒険者たちが、何事かと一斉に甲板へと走り出す。ダウラたちも、嫌な予感に突き動かされるようにその場へ向かった。
甲板に出ると、人々が呆然と空を見上げていた。
荒れ狂う暴風雨の中、そこには不自然な光景があった。一人の人間のような姿をした者が、風に煽られることもなく、平然と空中に浮遊していたのだ。
「なんだ、あいつは……」
ダウラが呟くと、隣の冒険者が「あいつ、さっきからあそこに浮かんでいるんだ」と怯えた声で答える。
ダウラがアウラに意見を求めようと横を向いた瞬間、彼は息を呑んだ。あのアウラが、恐怖に身を震わせていたのだ。
アウラは空中の敵から視線を外すことなく、低い声で隣のロウラに命じた。
「……ロウラ、あいつが一瞬でも動いたら、私たちの前に出て盾を構えて」
刹那、空中の影が微かにピクリと動いた。
「ロウラァ!!!」
ダウラとアウラの絶叫が重なる。
「フン!!!」
ロウラが即座に前に飛び出し、背負っていた巨大な盾斧を全力で構えた。
事態は一瞬であった。ダウラの目には、吹き荒れる雨風さえもが静止したかのように思えた。
「ピッ……」
微かな、しかし鋭い断裂音が響いたかと思うと、周囲の冒険者たちが物言わぬ骸のように一斉に倒れ伏した。
「ガハッ……!!」
次の瞬間、ロウラが大量の血を吐き出しながら後方へと吹き飛ばされる。
「ロウラ!!」
駆け寄った二人の目に飛び込んできたのは、無惨な光景であった。ロウラが構えていた頑強な盾斧は、真ん中から横一線にひしゃげ、その衝撃はロウラの肉体までをも深く抉り取っていた。
「退いて!」
アウラはダウラを突き飛ばすと、すぐさまロウラに回復魔法を施し始める。
「ロウラ! おい、ロウラ!」
必死に呼びかけるダウラの耳に、ロウラの途切れ途切れの声が届く。
「ダ……ウラ……アウ……ラ……逃げろ……」
「馬鹿野郎! お前を置いて逃げるわけがねえだろ!」
ダウラは叫び、アウラに向かって指示を飛ばした。
「アウラ! ロウラを連れて下に行け! そこで治療に専念するんだ!」
「はあ? あんたはどうするつもりだい!」
「俺は……あいつを倒す!」
ダウラは空中に留まる「何か」を見据えた。
「絶対生きて戻るんだよ!死ななければ私が治すから!」
アウラたちが船室へと退避するのを見届けたダウラは、口端を吊り上げ、微かに笑った。
「おかしいな。こんな状況なのに、笑えてくるぜ……」
「お前がいてよかったぜ、炎槍」
不意に背後から声がした。
振り返れば、そこには先ほどの謎の攻撃を生き延びた一人の男が立っていた。
「ジリアン!」
「久しぶりだな。あいつは俺ひとりじゃ無理そうだから、ちょうどよかったぜ。今回は退路もねえし、やるしかねえよなあ」
ジリアンの言葉を聞き、ダウラはフッと笑うと槍を構え直した。
「そうだな。どのみち俺たち二人がやられたら、この船は全滅だ。……気合い入れろやぁ!!!」
咆哮とともに、ダウラは嵐の空へと飛び上がった。船上の生命すべてを懸けた、絶望的な防衛戦が今、始まった。
こういう展開が大好きです




