不気味な勇者
「よお!奏多!今日はずいぶん早いじゃないか!」
朝のアクエリアのギルド。潮の香りと共に、酒瓶を片手にした陽気な冒険者が奏多たちを見つけて声をかけてきた。
「お前らはいつも朝から飲んでるけどな」
奏多が呆れ顔でツッコミを入れながら歩いていると、ふとギルドの掲示板の周りに異常なほどの人だかりができていることに気づいた。
「なんですかね、あれは」
アリスが不思議そうに首を傾げると、先ほどの冒険者がニヤリと笑った。
「なんだ? お前らあの噂を聞いて来たんじゃないのか?」
「噂? 何のことだ?」
「あそこの人だかりだよ。なんでも国が『新大陸』行きの募集をかけてるんだよ」
新大陸。その言葉を聞いた瞬間、奏多の脳裏にあの悍ましいマナを放つ『レグド大陸』の姿が浮かんだ。
「こないだ大きな地震があっただろ? その時に南の方に巨大な大陸が出現したらしい。国はその大陸の探索者たちを募集してるんだ」
「国は何か大きな発見をした者に、それ相応の謝礼を支払うと言ってるわ。ランクは問わないみたいだし、すごい大盤振る舞いよね」
いきなり会話に割り込んできた受付嬢が、興奮気味に補足する。
「探索ねえ……」とレトルが呟く。
「あなたたちもどうせ行くんでしょ?」という受付嬢の問いに、奏多は一拍置いてから答えた。
「うーん、少し考えさせてくれ」
その返答に、受付嬢は驚愕の表情を浮かべた。
「驚いたわ。あなたたちなら真っ先に行くって言いそうだと思ったけど」
「はは、ちょっとな。……少し他の依頼を見てくるよ。じゃあな」
そう言って、奏多は足早にその場を後にした。
もし何も知らなければ、今の自分たちなら真っ先に飛びついていただろう。だが、オウから「魔神王」の話を聞いている今、アインシア王国の調査団という不自由な立場で首を突っ込むのはリスクが高すぎた。
結局、めぼしい依頼も見当たらず、三人はギルドを後にした。
「やっぱ行かないのか?」
外に出るなり、レトルが食い気味に聞いてくる。
「アリスティとして行くなら、動きにくいに決まってるからな。それに、これ以上面倒なことに巻き込まれたくない」
「気にはなりますけどね……」とアリスが複雑な表情を見せる。
「オウに聞いた話じゃ、あそこにはロード級の魔物がうじゃうじゃいるらしい。さらには魔神へと進化した奴らが普通に暮らしているとも言ってたぞ。レトル、本当に行きたいか?」
「そ、それはさすがにやばいな……」
奏多に詰め寄られたレトルは、ブルブルと震えて首を横に振った。
「レグドの影響なのか、あまりいい依頼もありませんでしたし……今日はどうしましょうか?」
「うーん、そうだな。港で美味いもんでも食べにいくか」
「賛成です!」
奏多の提案に、アリスとレトルの目が一気に輝いた。
港に着くと、そこはいつも以上の活気に溢れていた。停泊している船の数も、行き交う人々の数も異常に多い。
「何でしょう、この人の多さは」
アリスが目を丸くする中、港の様子を観察していた奏多が「あれじゃないか?」と一点を指さした。
そこには、装備を整えた大量の冒険者たちが、我先にと船に乗り込んでいく姿があった。
「なるほど、レグドに向かう奴らだな」
大きな荷物を担いだ冒険者たちの熱気に押されるように歩いていると、アリスが別の方向を指して叫んだ。
「ん? あ、あれ見てください!」
そこには、冒険者たちの喧騒から離れた場所に停泊する、一際巨大で堅牢な、まるで戦艦のような作りをした船があった。
「カインか、あいつ……」
船のタラップ付近では、ロイヤルアインシアのリーダー・カインが、厳しい表情で兵士たちに指示を飛ばしていた。
「あいつもレグドに行くのか」
そう呟いた奏多が、ふと船の甲板に目をやった時――その視線が凍りついた。
「甲斐……!」
そこには、勇者パーティの面々が揃っていた。
剣聖・桐生太一、大賢者・椎名萌、聖女・夢野愛多。そして、中心に立つのは甲斐広臣。
「あれって、勇者の人たち……」
アリスも驚きに声を漏らす。
「あの大剣野郎、元気そうじゃないか」とレトルが鼻を鳴らすが、奏多とアリスは別の違和感に気づいていた。
「……あの甲斐って人。なんか前と全然、マナの質が違うんですけど」
アリスの声が震えている。
「ああ……」
奏多もそれを強く感じていた。初めて会った時とも、暴走した時とも違う。どこか冷たく、それでいて圧倒的な重圧を放つ、異質なマナ。
「神力……なのか?」
「似てますけど……何というか、もっと不気味な……」
その時だった。
甲板から下を見下ろしていた甲斐が、吸い寄せられるように、真っ直ぐこちらを向いた。
「っ!?」
奏多たちは咄嗟に物陰に身を隠す。
「なんだ甲斐のやつ……あの距離で、隠蔽している俺たちに気づいたのか……?」
「分かりません。ただ、あの目は確実にこちらを捉えてました」
「なんだよあれ。前に見た時より怖くなってんじゃねえか……」
レトルが震え声で呟く。
少しして、恐る恐る物陰から様子を伺うと、既に勇者たちの姿はなく、王国の戦艦は錨を上げて出発する寸前だった。
遠ざかっていく巨大な船影を見つめながら、奏多は拳を握りしめた。
「あの女神……甲斐に何しやがったんだ……」
それは、ただのパワーアップなどではない。もっと冒涜的で、取り返しのつかない何かを埋め込まれたような、嫌な予感だけが奏多の胸に沈殿していた。




