竜神
「……よし、いくぞ?」
奏多は周囲の仲間の顔を一人ずつ確認し、覚悟を決めたように告げた。
「は、はい……」
アリスは緊張のあまり生唾を飲み込み、その場にいたレトルやオウも、息を呑んで奏多の挙動を注視している。
「スキル――ファストトラベル!!」
奏多が叫ぶと同時に、その足元から眩い光が溢れ出した。
「う、うおお……ッ!」
思わず声を上げる奏多。光は瞬く間に彼の全身を包み込み、次の瞬間――**バシュン!**という鋭い音と共に、奏多の姿がその場から掻き消えた。
「せ、成功か……?」
レトルが呆然と呟く。
刹那、奏多が消えたのと全く同じ場所に、再び激しい光が収束した。光が霧散した中心に立っていたのは、先ほどと変わらぬ姿の奏多だ。
奏多は顔を上げると、満面の笑みでアリスたちに向かって親指を立てた。
「せ……成功だあああああ!!」
アリスとレトルが歓喜の声を上げて飛び上がる。
「空間転移をスキルで再現するとはな。お主の発想には驚かされるぞ」
オウが感心したように喉を鳴らす。
そう、奏多たちが行っていたのは、ここアリスティアとアクエリアにあるパーティハウスを一瞬で繋ぐための、新スキルの実験だったのだ。
「これで移動時間を大幅に短縮できるな」
「これならもう、世界中どこでも一瞬じゃないか!」
興奮気味に食いつくレトルだったが、奏多は苦笑いしながら首を振った。
「いや、このスキルはそんな万能じゃないんだ。一度訪れて、何日間か留まった場所じゃないと移動先に設定できないみたいだ」
「えー、そうなのか……」
レトルが露骨に肩を落とす。
「でも人数の制限はなさそうだし、パーティを組んでいれば全員で移動できるぞ」
「それだけでも十分すぎるほど驚異的であるぞ。我のような精霊であれば、肉体を持たぬゆえ空間を渡るなど容易いが、人間や異人のように物質でできた存在が転移するなど、本来はあり得ぬことなのだからな」
オウの言葉に、アリスは改めて奏多の力の凄まじさを実感し、「本当に、すごいことなんですね……」と感嘆の溜息を漏らした。
「そうか? どうせイリスとかなら普通に出来るんだろ?」
奏多の問いに、オウは鼻を鳴らした。
「あやつは住んでいる階層がそもそも違うからな。そこから扉を開けて移動しているに過ぎん。物質界での純粋な『転移』ができるのは、おそらく我と主くらいであろうな」
「やはり面白いやつだな。お前の主は」
突如として、その場にそぐわない凛とした声が響いた。
「なっ……!?」
バッと即座に戦闘態勢に入る三人。だが、それをオウが手で制した。
「……落ち着け。大丈夫だ」
奏多たちが気づいた時には、いつの間にか一人の女性が立っていた。燃えるような赤髪をなびかせた、長身で立ち姿の美しい女性だ。
「……お前は誰だ?」
警戒を解かずに問う奏多に、彼女は不敵に笑った。
「俺様は竜神だ。一度、念話で会話をしたことはあるだろう?」
「竜神だと……? あの時の……!」
奏多の脳裏に、かつて火山島で聞いた尊大な声が蘇る。
「そういえば、ドラコさんがそんなことを言ってましたね……」
アリスも驚きを隠せない様子だ。
「何の用だ、竜神よ。話なら我が聞こう」
オウが前に出るが、竜神は興味なさげに肩をすくめた。
「別に話などない。ただの『品定め』に来たのだ。……魔神王に勝てるかどうかをな」
「やはり魔神王のことか。あんなものはイリスに任せておけばよかろう」
オウの突き放すような言葉に、竜神は冷笑を浮かべる。
「あの引きこもり女のことだ。まさか自分が用意した勇者だけで、すべてを終わらせられるとは思っていないだろうよ」
「俺たちに敗北した甲斐たちは、前よりも強くなっているはずだ。それに女神の加護もあるんだろ? それでも勝算がないってのか?」
奏多が問い詰めると、竜神は鋭い視線を彼に向けた。
「ふん。勝算など知らん。だが、あの女もそこまで阿呆ではない。俺様や精霊王、そしてお前らを計算に入れぬはずがないからな」
「くだらんな。我らを動かしたいのなら、自分から頼みに来いとでも言っておけ」
オウが切り捨てると、竜神は「ははっ、違いない」と短く笑った。
「俺様も忙しいからな。あの女には当分会うつもりはない。……では、もう行くぞ」
彼女が地面を軽く蹴った――そう見えた瞬間には、既に目の前からその姿は消え去っていた。
「……何だったんだよ、一体」
レトルが呆然と呟く。
「……フン、気に入られてよかったな、奏多」
「あ? 誰にだ?」
「無論、竜神だ。あやつが直接姿を見せるなど滅多にないことだぞ。相当お主のことが気に入ったようだな」
オウの言葉に、奏多は深いため息をついた。
「はあ……もう、面倒ごとは勘弁してくれよ……」
新たな移動手段を得た喜びも束の間、神話級の存在からの「品定め」という、さらなる波乱の予感に奏多は頭を抱えるのだった。




