同盟
約束の日、奏多たちはアリスティアを一望できる見晴らしのいい丘に立っていた。
穏やかな風が吹く中、空を見上げていた奏多が低く呟く。
「……来たか」
次の瞬間、景色が夜と見紛うほどに暗転した。
見上げれば、島全体を覆い尽くさんばかりの巨大な影――ドラゴニアの浮遊艦隊がそこに停泊していた。
「なんだ? もっと防壁でも建てて震えて待ってるかと思ったが、随分と余裕じゃねえか」
上空から、傲慢だが聞き覚えのある声が降ってくる。
「ドラコ……」
ボンドとゲルドが苦々しくその名を呼ぶ。
黒い羽を翻し、一人の竜人が悠然と地上に降り立った。ドラコだ。その後ろには、数人の竜人兵、そして一言も発さず俯いたままのアルマが付き従っていた。
「アルマさん!」
アリスが嬉しそうに声を上げるが、アルマは一瞬だけアリスを一瞥し、すぐに目を逸らして沈黙を守る。
不自然な様子に奏多が眉をひそめると、ドラコが鼻で笑った。
「ああ、無駄だぜ。アルマは今喋れねえ。俺たちを裏切るような真似をしたからな。制約魔法で余計な真似はできなくしてある」
「貴様ぁッ!」
新長のナルが激昂するが、ドラコは涼しい顔で受け流す。
「おお怖いぜ。昔はあんなに懐いてたのによ。……いいか、アルマがドラゴニアを裏切るために近づいてきたのは分かってたんだ。だから『反旗を翻すことを禁ずる』という呪いをかけておいた。だが、この島に来た時に何かしらのメッセージを残したようだからな。その罰だ」
ボンド、ゲルド、ナルの三人が殺気立ち、武器に手をかける。
だが、それを手で制したのはクルスだった。
奏多が一歩前に出る。
「……ありがとうクルス。――おい、ドラコ。俺たちは戦争をするために出迎えたわけじゃない。ほら、約束の返答だ」
奏多は小さくまとめられた書状を、無造作にドラコへ投げた。
パシン! と鋭い音を立て、ドラコの尻尾が書状を叩きつけるように受け取る。
ドラコは書状を開き、大きく×印の書かれた表面を見て「ああ? なんだこりゃ」と顔を顰めたが、裏面の記述を目にした途端、沈黙した。
読み終えると、ドラコの手の中で書状が青白い炎に包まれ、灰へと変わる。
「てめえら……」
ドラコが低く唸ると、周囲の温度がチリチリと上昇し、空気が爆発寸前の緊張感に包まれた。
「……戦争でも始める気か?」
奏多が静かに問い返す。
「あ?」
ドラコが奏多を睨みつける。だが、その瞳はやがて驚愕に染まった。
奏多は全身に神力を纏わせ、ドラコを真っ向から見据えていたのだ。その圧倒的なプレッシャーに、ドラコの後ろの兵士たちが思わず後ずさりする。
「……この短期間で。驚いたなあ」
ドラコが呟くと同時に、周囲の熱気が引いていく。
「お前、もう竜神様……いや、女神すら超えてんじゃねえのか?」
ドラコはふっと息を吐き、隣のアルマに視線を向けた。
「お前の言う通りだったな。人間がカオスに負けた時、こいつらがいないと勝てねえってのは」
ドラコがアルマに手を向け、「ディスペル」と短く唱える。
「……ぷはあッ! 苦しかったぁ!」
解放された途端、アルマがいつもの調子で叫んだ。
「わかってくれたかい? わっちの王は、あんたの想像なんて軽く超えていくんだよ」
「ふん、しゃあねえ。今回はドラゴニアが、あんたらが突きつけた『条件』を丸ごと飲んでやるよ。必要な時はいつでも呼べ。……あと、アルマ。お前はアリスティアに帰れ」
ドラコはぶっきらぼうにそう告げると、少しだけ目を細めた。
「短い間だったが、昔を思い出して楽しかったぜ」
「ドラコ……わっちも楽しかったよ。昔話ができてさ」
アルマは寂しげに、だが満足そうに笑うと、奏多たちの元へと歩き出した。
「姉さん!」
ナルが駆け寄り、アルマに抱きつく。
「ナル! 悪いねえ、あんたに重荷を背負わせちまって」
アルマはナルの頭を優しく撫でた。
そして、アルマは奏多に向き直り、深々と頭を下げた。
「勝手なことをしてすいません。わっちは、ドラコの真意を知りたかったのさ。どうして裏切ったのかを。あいつは人一倍正義感が強いから……許すつもりはないけれど、あいつなりのやり方を否定はできないって、思い知らされたよ」
「おい! 余計なこと言うんじゃねえ!」
ドラコが照れ隠しに怒鳴り、翼を広げた。
「奏多! 俺たちは今日から同盟だ。過去のいざこざはもう終わり。カオスの件で何かあれば呼べ。……それと、竜神様が今度会いに行くってよ!」
そう言い残し、ドラコたちは巨艦と共に空の彼方へと去っていった。
再びアリスティアに明るい陽光が戻る。
「ふー……なんとかなってよかったぜ」
「お前は何もしておらんじゃろ!」
ゲルドの安堵の声に、ボンドが即座にツッコミを入れる。
「あんたらどっちも何もしてないだろうが!」
アルマが笑い飛ばすと、三人は顔を見合わせて声を上げて笑った。
その様子を眺めていたクルスが、奏多の隣に歩み寄る。
「本当にうまくいくとはな。奏多殿のおかげじゃ……感謝してもしきれん」
「いや、あんたが教えてくれたんだろ? 自分の意見を通す一番のやり方は、力を誇示することだってな。……ありがとな、クルス」
「よかったですね、奏多」
アリスが微笑む。ふと思い出したように彼女が尋ねた。
「あ、あれ? アルマさんが戻ってきたなら、ナルさんはどうなるんですか?」
「ああ、わっちはもう長はやらないよ。ナルに全て任せる!」
アルマの爆弾発言に、ナルが「はぁ!? ええええええ!?」と絶叫した。
「姉さん、それはないですよ!」
「わっちはもう、昔の未練がなくなったからね。これからは『新しい恋』にでも突き進もうと思ってさ!」
そう言うや否や、アルマが奏多の腕にガシッと抱きついた。
「は? はあああああ!?」
困惑する奏多に追い打ちをかけるように、アリスが顔を真っ赤にして反対側の腕に抱きつく。
「や、や、やめてくださいアルマさん! 奏多は私の……私のパーティリーダーなんですから!」
「くすくす……青春じゃのう」
「わしらも昔はあんな感じだったかのう」
笑い転げる老人たちと、目を回すナル。
「いい加減にしろおおおおおおお!!」
奏多の叫びが、平和を取り戻したアリスティアの空に響き渡った。




