ドラゴニアの使者と魔神王
「奏多殿ーー!!!!」
耳元をつんざくような絶叫が脳内に直接響き渡り、奏多は飛び起きた。王都での騒がしい宴から帰還し、ようやくアクエリアの自宅で深い眠りについていた数日後の朝のことだ。
「な、なんだよ……こんな朝っぱらから。鼓膜が破れるかと思ったぞ……」
奏多が意識を集中させ、不機嫌そうに念話で返すと、相手――アリスティアの指導者であるクルスが焦燥しきった声で答えた。
「大変なことが起きたのじゃ……。奏多殿、今すぐ聞いてくれ。今朝、アルマのやつが島に来たんじゃ」
「アルマが?それはよかったじゃないか」
奏多が安堵の息を漏らすと、クルスの声はさらに沈み込んだ。
「それがのう……ただの帰郷ではないのじゃ。あやつは、天空国ドラゴニアの『使者』としてこの島に現れたのじゃ」
竜人族の国、天空国ドラゴニア。そこにはかつてアルマと深い仲にあり、そして島を裏切って消えた竜人・ドラコがいる。
「はあ? 何を言ってんだ。アルマがドラゴニアの使い? ふざけてるのか?」
「ふざけてなどおらん! あやつは本当に、ドラゴニアの使者として来たのじゃ!」
クルスは、今朝島で起きた出来事を詳しく話し始めた。
霧が立ち込める早朝のアリスティア。住民であるエンシェントエルフの一人が、朝の静かな浜辺を散歩していた。
「ひさしぶりだねえ」
上空から突然、聞き覚えのあるのんびりとした声が聞こえてきた。
「え?」
エルフが驚いて上を見上げると、そこには見覚えのある着物を翻し、大きな翼を広げて悠々と飛んでいる鳥人族の姿があった。
「ア、アルマさん!?」
エルフが叫ぶと、彼女はゆっくりと砂浜に降り立ち、どこか申し訳なさそうに微笑んだ。
「すまないね。急にいなくなったりして。……実はね、今はドラゴニアで暮らしているんだ。それで、この書状をクルスさんに渡してくれないかい?」
アルマは一枚の重厚な書状を差し出した。
「え? ドラゴニア? こ、これは一体……?」
パニックになるエルフを尻目に、アルマは「それじゃあね」と言い残すと、そのまま再び空へと高く舞い上がり、あっという間に飛び去ってしまったという。
「……というわけじゃ。そのエルフが血相を変えてわしのところへ書状を持ってきた」
「あのアルマがな……。で、その書状の中身は何だったんだ?」
奏多が問いかけると、クルスは一呼吸置いてから告げた。
「ドラゴニア側からアリスティアへ対し、正式な『国交樹立』の申し入れじゃ。しかも、その回答期限は二日後。アルマが再び島へ来るまでに決めてくれとのことじゃ」
「国交だって? 冗談じゃねえ。竜人族はかつてお前らを裏切った種族だろ。そんな奴らと今さら握手しろっていうのか」
奏多の怒り混じりの言葉に、クルスは重く頷いた。
「うむ。わしも同じ気持ちじゃ。じゃが……奏多殿、忘れないでくれ。今のこの島の真の王は、主とアリスじゃ。我らは主たちの決定に従う。……だから、戻ってきてくれ」
「……わかった。すぐに行く。アリスにも伝えて、すぐにそっちへ帰る。待っててくれ」
奏多は念話を切ると、すぐにアリスとレトルを叩き起こして事情を話した。
三人は急ぎ支度を整えると、ギルドの面々には「少し旅に出る」とだけ伝えてアクエリアを後にした。
かつてアリスティアに来た時は一週間ほどかかった旅路だったが、今回は緊急事態だ。オウが「我も手を貸そう」と甲板に現れた。オウが船体に直接莫大なマナを流し込み、海水を無理やり制御して推進力に変えるという力技により、船は海面を滑るような猛スピードで突き進んだ。結果、わずか一日でアリスティアへ帰還することになったのだ。
その船の中でオウが口を開いた。
「ドラゴニアがアリスティアと国交を結びたいと言ってくるとはな……」
「本当だよな。あのドラコとか言うやつ、偉そうにしてたし。あっちから戦争以外を仕掛けてくることなんてないと思ってたけど」
奏多が眉をひそめると、オウの瞳が南の空を見据えた。
「おそらく……『カオス』の復活のことかもしれんな」
「カオス? なんだ、その名前は」
「カオスは、女神イリスがこの世界に作り上げた『分体』の一つだ」
「分体? 先代魔王と同じってことか? 全員マナの暴走で長生きできないんじゃなかったっけ?」
奏多の疑問に、オウは静かに語り始めた。
「かつてイリスは何体もの分体を創ったが、長生きできたのは先代魔王エリスと、今も生きているユグドラシルの守人、ギリスだけだ」
「え!? もう一人いたんですか?」
アリスが驚いて食いつく。
「うむ。先代魔王エリスの兄で、ユグドラシルの守人ギリスは、世界樹を守るという特殊な使命を与えられておる。ゆえに、他の分体のようなマナの暴走を引き起こしにくいのだ」
「そうだったんだな。……てことは、こないだも俺たちを見てたのか、そいつは?」
「無論だ。我が森に行ったのも、実はそいつに会うためでもあったのだぞ」
「そうだったんですね……。で、そのカオスって人は、復活するってことは死んでないってことですか?」
アリスの問いに、オウの声は一段と低くなった。
「奴はイリスが創った分体の中でも『失敗作』として扱われていた。神力を持ちながら、その内包するマナは死んだマナ……つまり、魔物と同じマナを持っていたのだ。イリスは魔物と同格の分体を放っておくわけにはいかず、加護を与えた勇者を討伐に向かわせた」
オウは一度言葉を切り、波立つ海を見つめた。
「だが、魔神の王――『魔神王』となったカオスには敵わず、ついにはイリスがカオスのいた大陸ごと封印したのだ」
「魔神王……」
奏多の脳裏に、先日死闘を繰り広げたサイクロプスロードの姿が浮かぶ。
「その封印が、この間イリスが顕現したことによって緩んだのだ」
「そんな……」
アリスが絶句する。
「あのバカ女が出てこなければよかったものを。……カオスが出てきたら、我でも敵うかどうかといったところだな」
「はあ!? オウが勝てないのかよ!?」
「たぶんな。あいつはイリスが封印するのがやっとのやつだからな」
「そんなやつが復活するなんて……」
奏多は震える拳を握りしめた。
「ドラゴニアは竜神にそのことを聞いたのだろう。だからアリスティアと国交を結び、国力を強化しようとでも企んでいるのだ」
そんな深刻な話をしながら、船は一路アリスティアへと突き進む。
ちなみに、オウによる超高速航行の凄まじい揺れとGに耐えきれなかったレトルは、船の隅で「……もう……いっそ沈めてくれ……」とうわ言を言いながら、猛烈な船酔いで死んでいた。




