天啓
「悪いダウラ。宴はまた今度でもいいか?」
王城を出た途端にそう切り出した奏多に、ダウラは「はあ? なんでだよ」と不満げな声を上げた。「お前さっきからおかしいぞ」
その言葉に、アリスが心配そうに奏多を見つめる。奏多は一瞬、アリスと視線を合わせ、小さく息を吐いた。
「……わかったよ。ただ、長居はできないからな」
その言葉にダウラは一変して破顔した。「よしっ! じゃあ俺たちのギルドに来い!」
一行は貴族街を抜け、活気ある平民街へと足を運ぶ。そこは王城周辺の静謐な高級住宅街とは違い、人々の生活の匂いと活気に満ちていた。
「ここが俺たちの本拠地だ」
ダウラが指差したのは、一際大きな「アインシア冒険者ギルド」の看板を掲げた建物。扉を開ければ、昼間から酒を酌み交わし、怒鳴り合う冒険者たちの喧騒が渦巻いていた。
「アクエリアのギルドと変わんねえな」
レトルが親しみを感じたように笑う。
「じゃあ改めて――お疲れ様ー!!」
アリスの掛け声で宴が始まった。
互いの戦いの話、積もる話に花が咲き、酒が進む。しかし、アウラが酔い始めると状況は一変した。
「ほら、奏多ももっと飲みなさいよぉ!」
「ちょっと、アウラさん……!」
凄まじい酒ハラ……もとい、「おもてなし」が始まり、早く帰ると言っていた奏多も、酔ったアウラの勢いに逆らえず、結局浴びるように飲まされる羽目になった。
宴は結局、翌朝まで続いた。
「王都に泊まっていけばいいのに」
名残惜しそうなダウラ。
「そうよぉ! まだ飲みましょう!」と絡むアウラを、ロウラが「やめろよアウラ」と必死に止めている。
「俺たちももう少し観光したかったけど、次の荷馬車が3日後になるらしくてな」
レトルが欠伸をしながら答え、アリスが微笑む。
「またこちらで依頼がある時は飲みましょう。楽しかったです!」
日付は変わってしまったが、充実感と共に奏多たちは荷馬車に乗り込んだ。こうして、波乱の王都訪問は幕を閉じた。
王都を離れて少し経った頃。
アリスとレトルは酔いと疲れで爆睡していたが、奏多だけは昨日の愛多のことが頭から離れず、目を冴えさせていた。
(委員長……正気を取り戻していてよかった)
ぼんやりとそんなことを考えていた時。
「あの、すいません! 少し止まってもらえますか!?」
外で凛とした声が響いた。
「あ? なんだ姉ちゃ……これは失礼しましたっ!!」
御者の驚愕した声と共に、急ブレーキがかかる。奏多が外を覗くと、そこには息を切らした白いローブ姿の人物が立っていた。
フードを外したその顔を見て、奏多の心臓が跳ねる。
「い、委員長……」
「やっぱり空井くんだ……」
愛多は泣きそうな、しかし本当に嬉しそうな顔で笑った。
奏多は隣で寝ている二人を確認し、静かに馬車を降りた。
再会した二人は、この世界に来てからのことを短く話し合った。やはり愛多にはあの凄惨な戦争の記憶はなく、「負けて逃げてきた」という改竄された記憶しかないようだった。
奏多も、アクエリア近くの島に流れ着いて、そこに住んでいたアリスたちに救われたと、少し嘘を交えて近況を話した。
「それでな、アリスのやつずっと飯食ってんだよ。朝も食ったばかりなのにさ」
笑いながら話す奏多を、愛多はじっと見つめた。
「空井くん……その、アリスさんのこと、好きなんですね……」
「……え」
不意を突かれ、奏多は言葉を詰まらせた。
「あ、いえ! いいんです! 空井くんはアリスさんと長い間を生き抜いてきたのですから……」
「あ、ああ……」
どこか気まずい空気が流れる。愛多は俯き、小声で何かを呟いた。
「……私にも……チャンスはありますか?」
「ん? なんか言ったか?」
その時、車内から「奏多ー……どこに行ったんですかぁ?」と、アリスの眠そうな声が聞こえてきた。
「アリスが起きちまった。悪い、委員長。もう行くわ」
奏多は申し訳なそうに手を合わせ、馬車へ戻ろうとする。
「あ……」
何かを言いかけた愛多だったが、最後には満面の笑みを浮かべた。
「空井くん! またね!」
「ああ、またな」
荷馬車が再び動き出す。
「誰かと会ってたんですか?」
目をこするアリスに、奏多は少しだけ遠くを見ながら答えた。
「ああ。昔の知り合いだよ」
遠ざかる荷馬車を、愛多はずっと見つめていた。その頬を、一筋の涙が伝う。
「大好きな奏多くんには会えたかしら?」
不意に、虚空から鈴の鳴るような声が響いた。
「はい。イリス様。ありがとうございました」
「いいのよ、愛多ちゃんのためだもの。それじゃあ、予告通り『天啓』を授けるわね」
空気が一変し、イリスの声に神々しさが宿る。
「アインシア王国の南に位置する忘れられた大陸『レグド』。近いうちにそこで『魔神王』が復活するわ。それを勇者くんたちに封印してほしいの」
「忘れられた大陸レグド……魔神王?」
「ええ。私が産み落とした分体、魔神王カオス。奴の復活と共に、失われた大陸が姿を現すわ。勇者くんには新たな加護を授けたし、お願いね」
「……わかりました。王様にはそう伝えます」
愛多は決意を込めて頷いた。
こうして、ひと時の平穏の裏で、アインシア王国は新たなる脅威の誕生を知ることとなる。
物語は、失われた大陸レグドへと動き出そうとしていた。




