宴の前に
ギルドの扉を押し開けた瞬間、視界が真っ白な紙吹雪に覆われた。
「パンッ! パンッ!」
乾いたクラッカーの音に続いて、地鳴りのような歓声が響く。
「お疲れさま!」「よくやったな、アリスティ!」
あまりの熱狂的な歓迎に、三人はその場に立ち往生してしまった。
「おいおい、なんで黙ってんだよ! お前ら、国の緊急依頼を達成してきた英雄なんだろ!」
一人の冒険者が肩を叩いてくる。
「あ、ああ……まさかこんなに祝われるとは思わなくてな……」
奏多がたじろぎ、アリスも目を丸くしている。「びっくりしましたよ……」
「だよな」と、レトルも圧倒された様子で頷いた。
「お前ら、朝から来るのかと思ってみんなして待ってたんだぞ! なのに全然来ねえんだもんよ」
「しょうがねえだろ、疲れてたんだから。それに、グランドマスター(ガイ)には報告済みだしな」
奏多が苦笑いしながら弁明する。
「はあ、まあいいか! ほら、こっち来て乾杯しようぜ!」
手招きする冒険者たちに誘われ、奏多が歩き出そうとしたその時だった。
「あんたたち……」
ギルドの奥、カウンターの方から、地を這うような低い声が響いた。
途端、盛り上がっていた冒険者たちが「あ、やべ……」と顔を見合わせ、さっと道を開ける。
そこには、額に青筋を立ててプルプルと震え、こちらを猛烈に睨みつける受付嬢の姿があった。
「あ、あのー。受付嬢さん……。そういえば、俺たちに何か用事があるって……」
奏多がおそるおそる尋ねる。
「ああ、そうだよ! だからずっと待ってたんだ。昨夜にはこっちに着いてるって報告が入ってたからね。報告義務のことはウォンドのギルドでも言われただろ?」
「ウォンドで? あ、たしかそんなことも……」
奏多は記憶を掘り起こした。ガイが別れ際に言っていたのだ。「帰ったらアクエリアのギルドにも個別に報告しろ。通達があるかもしれんからな。すぐにだぞ?」と。
「あ、ああ……」
奏多の目が泳ぎ始める。
「ふう……ふう……。いいから、はやくこっちに来い!!!」
彼女の怒声がギルド内に響き渡り、三人はすごすごとカウンターへ連行された。
「……で、これが今回の討伐の事実で間違いないわね?」
報告書と、奏多たちが絞り出した証言を突き合わせ、受付嬢が確認する。
「はい……」
三人はカウンターの前で、小さくなって正座させられていた。
「うん、概ね合ってるわね。で、ここからが本題なんだけど……」
受付嬢が急に真面目な顔になり、声を潜めた。
「陛下が、今回の件で褒美を直接与えたいとおっしゃっているみたいなの」
「褒美!?」
アリスとレトルの目が、パッと輝く。
対照的に、奏多は露骨に怪訝な顔をした。
「直接だと?」
「そう。流石にこの規模の魔物討伐なんて前例がないからね。特例よ」
「……それ、絶対に行かなきゃダメか?」
嫌そうに尋ねる奏多に、受付嬢は呆れたように眉を上げた。
「絶対……よ! なんでそんなに行きたくなさそうなのよ。陛下から直接褒美を賜れるなんて、この上ない光栄じゃない」
「いや、あんまり目立ちたくないんだよなあ」
奏多の本心は違った。もし自分の正体を知っている王に会えば、またあの時のように戦争になりかねない。そう懸念していたのだ。
(別に会っても大丈夫だぞ)
いきなり、頭の中にオウの声が響いた。
(オウか? 聞いてたのか?)
(うむ。イリスのやつ、こないだのことを人間たちの記憶からごっそり抜いておる。だから一般の兵士たちは、主があそこにいたことなど何も知らぬであろう)
(記憶を抜いた?)
(何か思惑があるのだろうが、好都合だ。しかし、完全に知らない者ばかりではない。アインシア王も、もしかしたら覚えているかもしれん。そこだけ気をつければ大丈夫であろうな)
「……そうか。仕方ないな」
奏多は腹を括った。
「わかった。行くよ」
「最初からそう承諾してくれればよかったんだよ。じゃあ、仕事の話は終わり! あいつらと乾杯してきなさい。お疲れさま」
受付嬢がようやく表情を緩めた。
「ああ。ありがとな」
奏多が解放されて席に向かうと、そこにはすでに馴染みの光景があった。
「あ! 遅いです、奏多! もう宴は始まってますよ!」
いつの間にかちゃっかり席に着いていたアリスが、酒瓶を片手に上機嫌で言ってくる。
「奏多ー! 今日はたくさん飲んでもいいよな? な!?」
レトルも尻尾を振らんばかりの勢いだ。
「……ああ。よし、乾杯しよう」
ジョッキがぶつかり合う音と共に、英雄たちの帰還を祝う本当の宴が始まった。




